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「ふっかつのじゅもん」

夢に出た町

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 暗黒の乃ノ子はイチにはなにも言わずに、バスに乗って、アニキに聞いた番地に行ってみた。
 
 思ったより、長時間バスに揺られる。

 外に広がる町並みを見ながら、乃ノ子は、

 言霊町ってこんなに広かったっけ?
と思っていた。

 日の出という地名のバス停で降り、少し歩くと、夢に出てきたのとまったく同じ場所があった。

 立ち並ぶ古いビル。
 少し朽ちた赤い提灯が下がった通り。

 狭い路地が幾つもある。

 すさんだ感じのするこの場所をすべて買い取り、綺麗に整地して、巨大ショッピングモールにでもするつもりだったのだろう。

 乃ノ子が問題のビルを探していると、路地から、ぴゅっと猫が飛び出してきた。

 此処であったが百年目っ、とばかりに乃ノ子は猫に手を伸ばす。

 ニャッとつかまった猫だったが、嫌がりもせず、乃ノ子の腕の中で、普通にゴロゴロ言っていた。

 人懐こい猫らしい。

 元々は飼い猫だったのかもしれない。

 では、やはりあのとき逃げたのは、『なんだかわからないモノ』に触られそうになったからだったのか――。

 猫を抱いたまま、少し歩くと、夢の中で猫が倒したポリバケツを見つけた。

 ポリバケツの蓋を開けてみながら、乃ノ子は周囲を見回す。

 猫に気を取られて気づかなかったが、あのビルを通り過ぎていたようだ。

 ポリバケツが移動していないのなら、ビルは、これより手前だったはずだからだ。

 上を見てビルの形状を確認しながら少し戻った乃ノ子は、問題のビルを見つけた。

 猫を抱いたまま、隅に土埃つちぼこりが溜まり、なんだかわからない黒い虫がひっくり返って死んでいたりする階段を上がっていった。

 うう。
 荒い画像のときはよくわからなかったけど。

 リアルに汚い……と思いながら。



 最上階に行くと、すでに扉は開いていた。

 夢と同じに、ワンフロアにひとつの大きな部屋の扉だ。

 その部屋の窓は太陽に面しているらしく、夕陽が開いた扉のところから廊下に強く差し込んでいた。

 なにかの気配を感じたように、猫は乃ノ子の腕から飛び出し、先に部屋の中へと入っていく。

 すると、中で衣服がこすれるような音がした。

 人がいる……。

 乃ノ子が、そっと部屋の中を覗くと、黒いスーツの男がしゃがんで猫をかまっていた。

 強い日差しを背にしているので、全体的に黒い影のようにしか見えないが。

 乃ノ子がその人物を見間違えるはずはない。

 こちらを見て、立ち上がった彼は、
「やはり気づいていたか、乃ノ子」
と言う。

 イチだった。

 彼の後ろのデスクには、あのときの縄があるようだ。

 デスクに近づいた乃ノ子は縄を見下ろし言った。

「だから、あのとき、此処に縄を置いて帰らせたんですね。
 現実のこの場所でも、縄が此処に存在しているか確認するために。

 あの夢の中のゲームは、この町を舞台にしているんですね。

 でも、町の中をリアルに再現しすぎたせいか、ゲームの中の町と現実の町がリンクしてしまった。

 だから、ゲームの登場人物以外に、実際の町に来た人や猫まで、うっかり登場してしまったんですね。

 触れないけど」

「そのようだな」
と言うイチの腕の中に、猫はすっぽり収まっている。

「ところで、なんで俺に内緒で此処に来た」

「止められそうだったからです」

「そりゃ止めるだろ。
 あの連中とかきたらどうする」
と言うイチと猫と一緒に部屋を出て、階段を下りる。

「いや~、アニキたちなら、もうお弁当屋さんの前で会っちゃいましたけどね。

 結構、気のいい人ですよね、アニキ」
と乃ノ子が言うと、イチは、

「そうだな。
 だから、蓮川の方が悪かったんだろうよ。

 まあもう、りただろうが」
と苦笑していた。

 猫を抱いてない方の手でスマホを取り出し、イチが言う。

日原にちはらと中田、どっちを呼ぼうか」

「えーと、おかしな話をはじめて都市伝説を増やさない方……」

 苦笑いしながら、乃ノ子は言った。

 廃墟の町を出かけて振り返る。

 一体、誰がこの町をゲームの舞台としたのだろう。

 そして、何故、私の夢にそのゲームが出てきたのだろう。

 そう思いながら。



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