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「ふっかつのじゅもん」

ふっかつのじゅもん

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「パスワード、解析しろよ。
 その平仮名の羅列、意味があるはずだから。

 いい状態ではじめられるんじゃないか?」

 心が折れて、今日はもうゲームをやる気にならず。

 乃ノ子は久しぶりに長湯をしたあとで、イチにLINEした。

 すると、そういう古いゲームのパスワードは解析できるはずだとイチは言う。

「いや、ズルは駄目です~。
 カセット成仏しないかもしれないし」

 そうぐずぐずと乃ノ子が言うと、

「もうあのゲーム、お焚き上げでもしてもらえ……」
と一度は突き放すように言ったイチだったが。

 今度、ゲームを手伝いに来てくれると言う。

「夢の中で手伝ってやってもいいんだが。
 そっちの夢には、なんか入りづらいからな。

 ……なんで、あっちのゲームの夢には簡単に入れたんだろうな」

 そうイチは、いろいろ思うところあるように呟いていた。




「姉貴っ。
 俺、明日からまた頑張るよっ」

 スポ少や部活で根性を鍛えられている弟は、寝る前にはすっかり気持ちを切り替えていて、爽やかにそう言ってきた。

 ……いや、受験勉強を頑張れ、と思いながら、根性なしな姉は、なにも切り替えられないまま、布団にもぐる。

 慎司、昨日、結構進んでたみたいなのにな。

 私より遅くに寝てたし。

 若いってすごいな、とたいして年も違わないのに、と乃ノ子は思う。

 自分はたぶん、後藤のくれたパスワードの位置を越えてしまったが。

 慎司の方には伯父の作った『ふっかつのじゅもん』がある。

 あれを解析したら、昨夜進んだところまでの呪文もあるかもしれないが。

 ま、自分が作ったキャラとは違うもんな、と乃ノ子は思った。

 そこまでの思い出込みのパラメータだろうし。

 思い入れのないキャラで進んでってゴールするのもな、と思いながら、乃ノ子は布団の中で丸くなった。

 あのゲームの夢に入る前に、違う夢を見た。

 パスワードが違っていたことが余程、こたえていたらしく、夢の中に平仮名がずらずらと出てくる夢だった。

 そして、最後にゆっくりと、こう表示されるのだ。
 

 呪文……


 呪文が……


 呪文が 違います


 だが、その文字はすぐに打ち直されるようにパコパコと消えていった。

 またすぐに画面に文字が現れる。

 今度は一気だった。



 じゅもんが ちがいます



 それは弟の画面で見た言葉だったが。

 何故か自分のゲームで見た『パスワードが ちがいます』ではなく、そちらが頭に焼きついているようだった。




 乃ノ子は今日も歩道橋をとろとろと下りて学校に向かう。

 正面に見えるお弁当屋さんの屋根に朝日が当たり、寝不足つづきの目に眩しかった。

「おはよー」
と爽やかに自動販売機の前から彩也子が手を振ってくるが。

 こうして、この彩也子が現れるということは、本人は寝腐ねくたれてるんだろうなあ、と乃ノ子は思っていた。

「そうだ、乃ノ子。

 大学でさ。
 都市伝説聞いてきたんだよ」

「へー、都市伝説……」

 ぼんやりとした口調で言う乃ノ子に、彩也子は笑って言ってくる。

「ゲームをやると廃人になるって都市伝説」

「それ、都市伝説じゃない……」
とすでにボロボロの乃ノ子は言った。

 そもそも、あなたも夜遅くまで、キツネのゲームやって、寝過ごしているのでは……?
と思いながら。



 じゅもんが ちがいます



 ふっかつのじゅもんが

     ちがいます――。



                    『「ふっかつのじゅもん」』完


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