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学校VR ~七不思議~

100均のVR

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「おはよう、セグロの乃ノ子」

 歩道橋を下りたあと、横断歩道の信号が変わるのを待っていると、乃ノ子のスマホにイチからメッセージが入ってきた。

 ……ついに人間ですらなくなってきた、と思いながら、
「おはようございます」
と乃ノ子が返すと、

「今、魚屋の前にいるんだ。
 後藤さんと」
とイチから入ってくる。

 やはり、セグロイワシのセグロだったか、と思いながら、
「後藤さんと?」
と乃ノ子は打ち返した。

 恐らく、イチのご近所さんで、目つきの鋭いイケメン、インテリヤクザの後藤祐治ごとう ゆうじだろう。

 猫探しと都市伝説探しが仕事の怪しい探偵と、ヤクザか。

 ふたりで、なにやってんだろうな、と思っていると、

「いや、後藤さんがカルパッチョを作りたいと言うから、魚屋に来た」
と報告が入る。

 今から、後藤とマスターとこの間助けた後藤の舎弟の蓮川はすかわと四人で家呑みをするらしい。

「大人は気楽でいいですね」

 教科書のぎっちり詰まった重い鞄を手に登校中の乃ノ子は愚痴る。

 呑気な大学生、彩也子さやこは今日はもう忙しくしているのか。
 お弁当屋さんのところにはいなかった。

「いや、そう気楽でもない。
 酒が入っても気が抜けない。

 うっかり寝ると、後藤さんにられる」
とイチは言う。

 後藤がイチの寝首を掻きたくなるのは、ヤクザだからではなく。
 前世からの因縁と怨念と習慣が原因のようだった。

 じゃあ、そんなメンツでやらなきゃいいのに……と思いながら、乃ノ子は、

「頑張ってください」
と適当なスタンプを打って、スマホを切った。




 その日、乃ノ子が家に帰ると、リビングのソファに変な人が座っていた。

 目のところに白くてごつい物がついているせいで、近未来のロボットかなにかのように見える。

 が、下は中学の夏の制服だった。

「もしかして、慎司しんじ?」
と乃ノ子が弟の名を呼ぶと、慎司は振り返りもせずに、

「そこで、俺じゃない選択肢があるのが不思議だが……」
と言ってくる。

「なにやってんの?」

「見てわかんねえのかよ、VRだよ。
 今、俺はいやされてるんだ。

 360度、カラフルな魚たちに囲まれている」
と言いながら慎司はぐるりと首を回してみている。

 南の海に潜っている感じのVRを見ているのだと言う。

「へー。
 でも、そのままじゃ水の中に入ってる感じしないじゃん。

 風呂にかって見たら?」
と乃ノ子が言うと、

「……だったら、温泉のVRを見るよ」
と慎司は言ってきた。

 なんだかわからないけど、ごゆっくりーと思って行こうとすると、
「姉貴もやってみたら?」
と慎司は言ってくる。

「えー、それ、安いVRじゃないの?
 ちゃんと見えるの?」

「100均のだからな。
 ま、さすがに100円じゃないけど。

 VRって、こんな感じかあって、雰囲気味わうだけだけど、面白いよ」
と言って、乃ノ子をソファに座らせ、南の島にもぐらせてくれる。

 おおっ、と乃ノ子は思わず声を上げていた。

「画質はあれだけど、360度見渡せるっ」

「なっ、すごいだろ?」

「慎司っ、次、温泉温泉っ」

 温泉な、と言いながら、慎司は、
「調べてやるから、姉貴の貸せよ」
と言って、乃ノ子のスマホを勝手に取ると、指を押しつけ指紋認証で開けていた。

 乃ノ子が熱帯魚に囲まれている間に、温泉のVRを探してくれ、慎司のスマホと入れ替えてくれる。

「わー、温泉だー。
 まったりだねー。
 慎司、お風呂沸かして」

「調子に乗るなよ……。
 次、ホラーにしてやる」
と姉弟で100均のVRで遊び倒す。

 乃ノ子がお化けが出る夜の学校を歩いていたら、キンコーン、と音がして、イチからメッセージが入ってきた。

 そのメッセージで、ちょうどゾンビの顔が見えない。

「イチさん~っ」

 雰囲気、台無だいなし~っ、と乃ノ子は叫ぶ。

「おはよう。
 なにかいい都市伝説はあったか」
とイチからのメッセージには入っていた。

 乃ノ子はVRゴーグルを外してスマホを抜くと、
「おはようなのは、イチさんと後藤さんとマスターと蓮川はすかわさんだけですよっ」
と返事を打つ。

 この酔っ払いどもめ。
 今まで寝てやがったのか……と思いながら。


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