都市伝説探偵 イチ ~言霊町あやかし通り~

菱沼あゆ

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暁の静 漆黒の乃ノ子 ~大正時代編~

カフェの女給さん

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「あっれ~、しずさん、まだ居たの~」

 着物にエプロンという女給姿で給仕に向かった静に向かい、彼はそんな風に言って笑った。

 小さなカフェの窓際。
 日当たりのいい丸テーブルに、手にしていた本数冊を重そうに投げて座る彼は、書生風の格好をいつもしているが。

 ほんとうに書生なのかは、訊いたことがないので知らない。

 探偵を名乗っている彼の兄が、ほんとうは何者なのか、よくわからないのと同じだ。

 彼、一潤一にのまえ じゅんいちは椅子に腰掛けると、メニューを見ながら、

「まだ兄貴にこき使われてんの?」
と言って笑う。

「この間は人の顔をした犬。
 今回は謎の屋台。

 イチさんって探偵さんなんでしょ?

 そんなもの調べて儲かるの?」
 
 かねてより疑問に思っていたことを静は潤一に訊いてみた。

「さあねえ。
 怪しげな記事ばっかり扱ってる雑誌にでも売ってるんじゃないの?

 あの兄貴のことは僕もよくわかんないからね。

 ……それに、たまに、ふと思うんだよね。
 僕に兄貴って居たっけなって」

「……怖い話、しないでくださいよ」
と静が言うと、ははは、と潤一は笑い、

「オムライスと珈琲ね」
と言ってきた。

 はい、と言って、静はマスターのところに戻る。

 近年、女性が接待をするのが主な怪しげなカフェも増えてきたが。

 この店は、夜は酒も出すが、昼間は至《いた》って健全な店だった。

「静さん、これ運んだら、もう帰った方がいいよ」
とマスターが言ってくる。

 ああ、もう夕暮れどきか、と静は一部ステンドグラスのはまった窓から外を見る。

 夕暮れの街を見ると、なんだか壱さんを思い出すな、と思いながら、静は潤一のところに料理と珈琲を運び、
「では、私はこれで失礼しますね」
と挨拶をした。

「あれっ?
 もうお屋敷に帰るの?

 送っていこうか?」
と潤一は言ってくれたが。

「いえ、じいやが来ますから」
と静は断る。

 すでに外には、じいやの姿と静の家の車があった。

 フランスから輸入したその車を物珍しげに近所の子どもたちが見ている。

 静は奥でエプロンを外してくると、
「では、失礼致します」
とみなに頭を下げて出ていった。

 じいやが、
「お疲れでございましたでしょう」
と言って、すぐにやってきたが、静は、

「女学校のあと、ちょっと働くだけだもの。
 疲れる暇もないわ」
とつまらなく思いながら言った。

 車の振動に揺られながら、夕暮れの街を見る。

『……それに、たまに、ふと思うんだよね。
 僕に兄貴って居たっけなって』

 そんな潤一の言葉を思い出していた。

 そういえば、潤一さん、次男なのに潤一なんだよな。

 潤二になりそうなものだけど。

 まあ、特に意味はないのかな。

 壱さんも、イチだしね、と思って、静は笑った。


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