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原因がわかりました
それは運命ではなかったのではないですかね?
しおりを挟む葉名は准に連れられて、彼の行きつけのレストランに行った。
見るからに高そうな店だったが、個室だったので、気負うこと無く、美味しく食事をいただいけた。
「そうだ。
式なんだが。
もし、お前にこだわりがないのなら、ばあさんの植物園でやってもいいかな、と思ってるんだが」
食事も後半に差し掛かった頃、准がそんなことを言い出した。
むせかえる緑の中で、身内だけの結婚式か。
悪くない。
そう思ったとき、
「嫌か」
と訊かれ、
「嫌ではないです」
とつい、うっかり答えてしまった。
准が微笑む。
……照れるではないですか。
でもあの、別に今ので結婚を承諾したというわけではないんですよ。
そういう結婚式もいいなあ、と思っただけです、と心の中で誰にともなく、弁解しながら、あの夢を思い出していた。
緑滴る温室で、真っ白なウェディングドレスを着た自分が、准に不毛の指輪をはめられる夢――。
結婚か。
結婚したら、ずっとこの人と暮らすんだよな、と思いながら、葉名は改めて、准を観察してみた。
もともと幼なじみだったこともあり、やっぱり、話は合う。
ちょっと強引なのと、ちょっと顔が整い過ぎてて、極悪人に見えるのを除けば、特に悪いところもないようなんだが、私はなにが気に入らないのだろうかな、と自分で不思議に思う。
なんだかんだでやさしいしな、と思いながら。
この場に、涼子たちが居たら、
「あんた、あのワンマンな社長を、『ちょっと強引』とか言っちゃってる時点で、好きなのよっ」
とか言ってきそうだな、と思わなくもなかったが――。
でも、男の人で顔が整い過ぎていると、なにやら、胡散臭く思えるのはなんでだろうな、とふと思う。
女性だとそんなこともないのに。
俳優さんでも、イケメン過ぎる人は、だんだん悪役が多くなっていっている気がする。
女性側が、格好良すぎて、なんだか騙されそうっ、と身構えてしまうからだろうか。
そんなしょうもないことを考えていたら、准とは顔馴染みらしいオーナーシェフが挨拶に来たのだが。
自分たちに挨拶したあとで、こちらを二度見したシェフが声を上げる。
「あっ、葉名さんじゃないですか」
「あれっ? 金戸さん?」
たまに父と会うときに、利用していた父行きつけのホテルのレストランのシェフだった。
父は、離婚したとはいえ、娘と元嫁に会う権利はあるはずだ、と主張していた。
いや、娘はともかく、嫁はないと思うんだが、と思いながらも、なんとなく、二、三ヶ月に一度は共に食事しているのだ。
そのたび、葉名は、
「お父さん、面会に来ました」
と言っては、
「……監獄に入っているみたいだから、やめろ」
と巌窟王みたいな顔の父に言われていた。
まあ、巌窟王みたいな顔、というのは、子どもの頃、巌窟王を読んだときの、自分の中の勝手なイメージなのだが――。
それにしても、金戸さん、何故、此処に、と思ったら、昨年、独立して、この店を開いたのだと言う。
准が、
「そうか。
お前も金戸さんの料理を食べにあのホテルに行ってたのか。
じゃあ、何処かで会ってたかもしれないな。
運命だな」
と笑って言ってくるが、
「……すれ違っても、ピンと来なかった時点で、運命じゃないんじゃないですかね?」
と葉名は答える。
金戸が笑いながら、
「いやあ、葉名さん、お久しぶりです。
お母様はお元気ですか?」
と訊いてきた。
「はい。
――あ、いえ。
でも、もう元気になりました」
反射的に、はい、と言ったあとで、そういえば、入院していたな、と思い出したのだが、もう退院だし、ややこしいことは言うまい、と思ったのだ。
高血圧気味なのを放置していたら、悪化して、入院ということになったのだが。
室田先生がやたら入院を勧めてきたのは、こういうことだったのか、と今は、思わなくもない……。
金戸は、チラと准を見て、
「もしや、今日、此処に来られたのはお父様に?」
と笑って訊いてくる。
「え? お父さん?」
「来てらっしゃいますよ。
待ち合わせてらっしゃるわけではないんですか?」
いや、まったく待ち合わせてはいない、と思ったのだが。
「仕事帰りにちょっと呑みに寄られただけなので、おひとりですよ」
と金戸が教えてくれる。
「よし、行こう」
とそこで、行動の早い准がすぐさま立ち上がった。
ひーっ、待ってくださいーっ、と言ったときには、もう、准は金戸に連れられ、廊下で、父の居る場所を教えられていた。
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