そこらで勘弁してくださいっ ~お片づけと観葉植物で運気を上げたい、葉名と准の婚約生活~

菱沼あゆ

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そこらで勘弁してくださいっ

お前が俺の幸運の女神だ

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 どうやら、支度が早すぎたようだ……。

 准が誠二を追い払ったあとも、まだ式は始まらず、葉名は石膏状態のままだった。

 ずっと立っていると疲れるので、葉名は植物園の隅にある白いアイアンの椅子に腰掛け、ソテツを眺めていた。

 後ろから、
「それ、食べられないからな」
という准の声がする。

 准はソテツを見上げ、
「ソテツには毒がある、か。
 結婚生活にも毒があるんだろうな」
と言ってきた。

 いや、今、結婚しようという、まさに、このときに、なに縁起の悪いこと言ってんですか。

 そう思う葉名に、准は言う。

「この先、いろいろあるのはわかってる。
 めでたしめでたしで終わらないのもわかってる。

 ロミオとジュリエットが離婚するくらいだからな」

 すみません、と今も後ろで揉めている葉名の両親の声を聞きつつ、葉名は俯く。

「でも、それでも、俺はずっとお前と一緒に生きていきたい」

 そんな決意を秘めた准の言葉に、葉名は顔を上げた。

「准さんは――
 バナナみたいですね」

 すぐ近くに青々と茂ったバナナがある。

 は? バナナ? とついていけずに振り返った准は、
「お前がモンキーだからか」
と言ったあとで、ん? という顔をする。

「……今、准さんって言ったか?」

 だが、恥ずかしいので、そこは流して葉名は言った。

「バナナって、成長が早いので、下に生える木を直射日光から守ってくれるんですって」

 そういう役目を果たしてくれる木をシェードツリーというのだそうだ。

 バナナの下には、今も小さなコーヒーの木が生えている。

「私の旦那様だったり、会社の社長さんだったり。
 准さんは、みんなを守ってくれる存在なんだなって思って」

「そんな立派なもんじゃない」
とその小さなコーヒーの木を見ながら、准は言ってきた。

「お前たちが居るから、俺は夫だったり、社長だったりするわけだから」

 そんな准に葉名は言う。

「コーヒーの木の花言葉は、『いっしょに休みましょう』だそうですよ。

 長い人生、いろいろ疲れることもあるかもしれないですけど。
 そんなときは、いっしょに休みましょうね」
と微笑んだ葉名の手をいつの間にか、准が握っていた。

 二人で勇壮なバナナと小さなコーヒーの木を見つめる。

 まるで、准さんと私だな、と思いながら。

 二人の側のテーブルには、あのペペロミア・ジェイドがあった。

 運命のペペロミアにも結婚式を見てもらいたいと思い、運んできたのだ。

「葉名。
 俺は最初、お前が俺の運気を上げてくれると思っていた。

 でも、今は、例え、お前が不幸を振りまいても、俺はお前と一緒に居たい」

 照れて俯く葉名に准が言う。

「いや、いろいろ決意を述べるなど俺らしくもなかったな。
 即決即断、短く明確に、が、俺のモットーだ。

 葉名、結婚してくれ」

 それは准の決意表明だったのだが。

 聞いていたらしいみんながこちらを見ていた。

 今、プロポーズか?
 式は五分後だが―― と。

「さあ、そろそろ神父さんがお見えですよ」
と素敵な渋い藤色のロングドレスを着た瑠璃子が現れる。

 葉名を見て、言ってきた。

「葉名さん、貴女、将来、成功したら、ウンベラータが欲しいのですってね」

 そんなものは今すぐ買え、と言われるかと思ったら、
「此処にウンベラータがあります」
と瑠璃子は右手を指差す。

 芸術的な形に幹が湾曲した立派なウンベラータが水瓶を抱えた白い天使の像の側にあった。

「ウンベラータの花言葉は、『夫婦愛』。
 いずれ、貴女にあげましょう」

 えっ?
 いいんですかっ? とそのウンベラータを振り返ると、
「この植物園を――」
と瑠璃子は言う。

「ええっ? なんでっ?」
という誠二の叫びは、葉名の心の叫びでもあった。

「特別気に入ってくれている、准か誠二のどちらかにこの植物園を譲り渡そうと思っていました。

 でも、どちらに渡しても、喧嘩になるから。
 此処は、貴方たち、二人ともが心惹かれた葉名さんに――」

「やったぞ、葉名っ」
と瑠璃子が言い終わらないうちに、准は葉名を抱き上げる。

「やっぱり、お前は幸運の女神様だ」
と笑う准に、誠二が、

「待てよ、准っ。
 おばあちゃんは葉名さんにって言っただろうがっ」
と訴える。

「なにを言う。
 葉名のものは俺のものだ」
と言い出す准に葉名は、

 ……貴方はどちらのジャイアンですか、と思っていた。

「おばあちゃんは、ストレートに俺に譲ると揉めるから、葉名にって言ったんだろ」

 いや、そうですか?

 単に、どっちか選ぶのがめんどくさかったんじゃないですか? 揉めそうだから、と思う葉名の片手を誠二が、むんずとつかむ。

「じゃあ、葉名さん、今すぐ准と別れて、僕と結婚してっ。
 牧師さーんっ」

 いや、それ、神父さん……と思う葉名を引きずり、連れていこうとする。

「牧師さん、僕たち、今すぐ結婚しますからっ。
 式を挙げてくださいーっ」

 ひーっと思う葉名の手を反対側から誰かがつかんだ。

 准だ。

「なにを言うっ。
 葉名は俺と結婚して、俺に植物園をもたらすんだっ。

 葉名はそのために俺の前に現れた女神様なんだからなっ」

 いや、待ってください。
 貴方、さっき、私が不幸をもたらしても、結婚したいって言いませんでしたっけっ!?

「葉名っ」
「葉名さんっ」

「結婚してくれっ」
「結婚してくださいっ」
と二人は葉名の手をつかんで離さない。

 こいつら、欲まみれだーっ!

 新婦ひとりに、新郎二人。

 神父は白い薔薇のアーチの前で、それこそ、石膏像のように笑ったまま固まっている。

「だっ、誰か、助けてーっ」
と叫んでみたが、みんな面白がっているだけで、誰も助けてくれそうにもない。

 艶やかに薔薇咲き乱れる植物園で、准と誠二に両手をつかまれ、葉名は叫んだ。

「もう~っ。
 そこらで勘弁してください~っ!」



                           完



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