16 / 58
第二章 覗き女
ところてん売り
しおりを挟む連日蒸し暑い日が続いているせいだろうか。
ちょっと気の早いところてん売りが掛け声とともに程よく現れたので、隆次は二人におごってやることにした。
ところてん売りが、ところてんを突いて、にゅるんと皿に出すと咲夜が喜ぶ。
自分と那津は醤油と辛子で食べたが、咲夜の分には、高いが黒蜜をかけてもらった。
西の方では黒蜜をかけて食べるのが主流なのだと、ところてん売りは言っていた。
那津が咲夜の黒蜜をじっと見ていたので、実はこいつ、キリリとした風貌に似合わず甘党なのかもと思って、ちょっと笑う。
ところてんは箸一本で食べることになっているので、活きがいい感じに弾力のあるところてんを上手く箸にひっかけ、つるんと食べる。
咲夜の甘いところてんも美味しそうではあったが、やはり、醤油と辛子で食べた方が暑い中、すっきりする感じがした。
「ありがとう。
この礼はまた必ず」
帰る前、律儀な那津がそう言ってきた。
「お前には借りばかり増えてくな」
ところてんひとつで、貸した金と同じくらいの恩義を感じたらしい那津が生真面目にそう言ってきたので、また笑う。
寺に戻る那津を見送ったあと、店に入りながら、咲夜に言った。
「そろそろ戻った方がいいんじゃないか?」
「そうね。
長太郎も迎えに来てくれる頃だしね」
風と行き交う人々で土埃の舞う往来を振り返りながら咲夜が言う。
「まっすぐ帰れ。
あまり外をうろつくな」
お前は目立ちすぎる、と言うと、咲夜は少し寂しそうな顔をした。
「素人娘には見えない?
ま、仕方ないか。
長くあそこに居るとね。
自分の身は奇麗でいられても、おかしくなっちゃう」
そんな咲夜を見つめ、隆次は言った。
「……俺が身請けしてやろうか?」
残った金を全額出しても足らないだろうが、明野の事件を知る自分は桧山と左衛門を脅すこともできる。
その脅しは、渋川屋の若旦那には効かないだろうし。
今度こそ、左衛門たちに始末されるかもしれないが。
わかっているように咲夜が言う。
「高くつくわよ」
冗談めかすためか、咲夜は先輩遊女たちを真似、婀娜っぽく笑って見せたが、なにも似合ってなくて、ただ可愛らしいだけだった。
もうほんとうの妹のような気もしてきている咲夜のそんな愛らしい仕草に隆次は目を細める。
「金を全額出しても構わないのは本当だ。
今持ってる金は、俺には必要のない金だからな。
だから、あいつにも渡した」
「使ってしまいたかったの?」
「そうだな。
だが、適当なことに使うのも嫌だったから、ちょうどよかったんだ」
そう呟く隆次の胸に咲夜が縋ってくる。
自分を心配して、そうしてくれているのだろうが、咲夜自身が誰かに縋りたがっているようにも見えた。
隆次は幼子を慰めるように咲夜の後ろ頭にそっと触れてみる。
いつもはあどけない表情をしている咲夜がふと諦めたような顔を見せるときがあるのだが。
今もそうだった。
明野と同じその顔でそんな表情をするのは、やめて欲しい。
心底そう思い、なんとしても、今の状況から咲夜を救いたいと願う。
そんなしんみりしてしまった雰囲気を切り替えるために、隆次は戯れに咲夜に顔を近づけてみた。
口づけようとするように。
もうっ、と咲夜が笑って離れる前に、首筋にひんやりした小刀を当てられる。
固まった隆次は振り向かないまま言った。
「……冗談だ」
気配もなく背後に立っていた長太郎に、こいつ、本気でやりかねないからな、と思っていた。
誰にも愛されずに育った子は他人を傷つけることにも迷いがないという。
その者を傷つけたときに悲しむ人間の姿が想像できないからだというのだが。
だが、帰りの荷物を持ったり、風に少し乱れた咲夜の髪を無言で直したり。
無愛想だが、甲斐甲斐しく咲夜の世話焼いている長太郎の姿はちよっと微笑ましく。
まあ、長太郎に関してはそんなこともないか。
咲夜が居るもんな、と隆次は二人のやりとりを眺めながら笑みをこぼした。
0
あなたにおすすめの小説
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)
三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。
佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。
幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。
ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。
又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。
海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。
一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。
事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。
果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。
シロの鼻が真実を追い詰める!
別サイトで発表した作品のR15版です。
【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜
上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■
おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。
母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。
今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。
そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。
母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。
とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください!
※フィクションです。
※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。
皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです!
今後も精進してまいります!
無用庵隠居清左衛門
蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。
第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。
松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。
幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。
この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。
そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。
清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。
俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。
清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。
ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。
清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、
無視したのであった。
そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。
「おぬし、本当にそれで良いのだな」
「拙者、一向に構いません」
「分かった。好きにするがよい」
こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。
九州のイチモツ 立花宗茂
三井 寿
歴史・時代
豊臣秀吉が愛し、徳川家康が怖れた猛将“立花宗茂”。
義父“立花道雪”、父“高橋紹運”の凄まじい合戦と最期を目の当たりにし、男としての仁義を貫いた”立花宗茂“と“誾千代姫”との哀しい別れの物語です。
下剋上の戦国時代、九州では“大友・龍造寺・島津”三つ巴の戦いが続いている。
大友家を支えるのが、足が不自由にもかかわらず、輿に乗って戦い、37戦常勝無敗を誇った“九州一の勇将”立花道雪と高橋紹運である。立花道雪は1人娘の誾千代姫に家督を譲るが、勢力争いで凋落する大友宗麟を支える為に高橋紹運の跡継ぎ統虎(立花宗茂)を婿に迎えた。
女城主として育てられた誾千代姫と統虎は激しく反目しあうが、父立花道雪の死で2人は強く結ばれた。
だが、立花道雪の死を好機と捉えた島津家は、九州制覇を目指して出陣する。大友宗麟は豊臣秀吉に出陣を願ったが、島津軍は5万の大軍で筑前へ向かった。
その島津軍5万に挑んだのが、高橋紹運率いる岩屋城736名である。岩屋城に籠る高橋軍は14日間も島津軍を翻弄し、最期は全員が壮絶な討ち死にを遂げた。命を賭けた時間稼ぎにより、秀吉軍は筑前に到着し、立花宗茂と立花城を救った。
島津軍は撤退したが、立花宗茂は5万の島津軍を追撃し、筑前国領主としての意地を果たした。豊臣秀吉は立花宗茂の武勇を讃え、“九州之一物”と呼び、多くの大名の前で激賞した。その後、豊臣秀吉は九州征伐・天下統一へと突き進んでいく。
その後の朝鮮征伐、関ヶ原の合戦で“立花宗茂”は己の仁義と意地の為に戦うこととなる。
偽夫婦お家騒動始末記
紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】
故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。
紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。
隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。
江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。
そして、拾った陰間、紫音の正体は。
活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる