左左左右右左左  ~いらないモノ、売ります~

菱沼あゆ

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見知らぬ客

恋のはじまる消しゴム

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「なにか買いなよって、あのー。
 また、この消しゴムしかないみたいなんですけど」

 ヒョウの前のカウンターには、あの白い消しゴムがふたたび、あらわれていた。

「この消しゴムが誰かに買われたがってるんだろうねえ」

「……おいくらですか?」

 なにか買わねば帰れないようだ、と思った菜乃はそうきいてみた。

「はじめてだから負けてあげよう」

 じゃあ、3銭で、とヒョウは指を三本立てて突き出してくる。

「むしろ、ありません」

 一円に負けてもらって(?)菜乃は消しゴムを買って帰った。



 その白い消しゴムを手に、菜乃が新校舎に戻ると、廊下の向こうからやって来たスミ子がめざとくそれを見つけて言う。

「菜乃ー、なにそれ」
「『恋のはじまる消しゴム』だって」

「やだ、菜乃でもそんなの興味あるの?」

 あはは、と笑うスミ子に菜乃は言った。

「あげよっか? これ」

「うそっ。
 いいのっ?」

「いや、付き合いで買っただけだし。
 そういえば、この間、借りた教科書の絵、うっかり塗ってごめん」

「……あれ、あんただったの。
 鉛筆で塗ってたやつ。

 すごい陰影ついてた」

 ニヒルな偉人になってたよ、とスミ子は言う。


 放課後、菜乃はまた、購買部に行ってみた。

 今度は普通にそこにある。

 今、誰かが来たら、一緒に見られるのかな、と思ったとき、ヒョウがこちらに気づいて言った。

「おかえり」

 いらっしゃいじゃないんだな、と思ったとき、

「それで?
 恋ははじまったのか?」
とヒョウがきいてきた。

「あー、あれ、友だちにあげたんですけど。
 なんか好きな人の前で、必死に転がしてましたね、消しゴム」

 あの努力があれば、消しゴムなくても、なにかははじまるのでは? と思ったんですけどね、と言ったが、

「まあ、なにかのきっかけが必要なのさ」
とヒョウは言う。

 そのとき、廊下の向こうから背の高い男がやってきた。

 白いシャツにネクタイ。
 うちの制服と同じものに見えた。

 ヒョウはそちらに向かって小さく手を上げ言う。

「お、会長。
 来たのか。

 まだなんの知らせも入ってないぞ」

「……そうですか。
 ありがとうございます」
と神妙な顔で言う男は、すらりと背が高く、鼻筋が通った黒髪のイケメンで。

 みんなが見たら、騒ぎそうだなあ、と菜乃は、ぼんやり思っていた。

「はい、ありがとうございます」
と頭を下げた彼は、チラとこちらを見たが、なにも言わずに今来た廊下の方に戻っていってしまった。

 そちらを見ながら菜乃は問う。

「今のお客さん、誰なんですか?」

「今のは、『会長』。
 この学校の生徒会長だって言ってたぞ」

 お前知らないのか、とヒョウに言われる。

「ところで、またなにか買うか?」
と言われて、カウンターの上を見ると、そこには、綺麗にたたまれた紫色の風呂敷があった。

 一個売れたら、一個あらわれるのかな、と思いながら、菜乃はきいてみた。

「これはなにがはじまる風呂敷なんです?」

「いや、なにもはじまらないが」
とヒョウは言う。

「これは、これを首に巻いたら、空を飛べる――

 と思って、その辺の椅子とかから飛んでみたくなる風呂敷だ」

「あ、けっこうです~」
と菜乃はすぐさま、ことわった。



 夕方。
 旧校舎に忘れていた美術の宿題をとりに行ったヨシハルは地下から誰かが上がってくるのを見た。

 あっ、会長だっ。

「会長ー」
とヨシハルは走り寄る。

 会長は、ぎくりとした顔をし、後ろを振り返り見ていた。

「地下に、なにかあるんですか?」

「あると言えばあるような。
 ないと言えばないような」

「なんか難しげなこと言わないでくださいよー。
 それより書記の古川さんが……」

 尊敬する会長に会えたのが嬉しくて。

 ヨシハルは宿題をとりに来たことも忘れ、一緒に旧校舎を出てしまった。

 会長は外に出てからも、まだ旧校舎を振り返っていた。


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