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先生、事件ですっ!
推理のご褒美
しおりを挟む夏巳たちは山道をしばらく走った。
深い緑の木々に覆われた広い山道を。
車が居ない。
車が居ない。
……居ない。
本当に居ないぞ、どうしたことだ。
「何故、誰も津和野に向かわないんでしょう、お休みなのに。
一応、結構な観光地ですよね、津和野」
「他の道から行ってるんじゃないか?」
と桂は言う。
僻地だなんだと普段言ってはいるが、なんだかんだで萩への道はかなりの交通量なのだが、この道は本当に人が居ない。
「そうですよね。
きっとみんな他の道から津和野に向かってるんですよね」
そうおのれを納得させながら、夏巳は道沿いの茶色い油瓦の屋根の家々を見る。
この辺りは雪深いので、雪に耐えられる油瓦が多いのだ。
人の気配がないが、家は結構ある。
きっと中には人が居るのだろうが、外には誰も出ていなかった。
長閑な景色をぼんやり眺めながら、
殺人事件を起こそうにも誰も居ないな、と夏巳は思った。
いや、我々が起こすわけではないのだが……。
「生きた人間が居ませんね」
と夏巳は思わず呟いたが、
「死んだ人間が居ればいい」
と桂は言う。
そのとき、道の側に唐突に墓が一基現れた。
「墓ならありますよ」
死んだ人間が居ればいい、という桂の言葉に思わずそう言ったが、桂は、
「もっと、いきのいい死体じゃないと駄目だろう」
と前を見たまま言ってくる。
なんだ、いきのいい死体って……。
「そういえば、先生。
株式会社怪盗Xをほったらかしにしてきてしまいましたが、よかったんですかね?」
今頃、港で待ってるんじゃないですか?
と言うと、
「いや、もう諦めて家に帰ったろ」
と桂は言う。
「怪盗Xの家、何処なんですか……」
「着くまで暇だろ。
推理してみろ」
そう笑う桂に夏巳は、
おおっ、どうしたんですかっ。
探偵っぽいじゃないですかっ!
と思ってしまう。
「ヒントはそこのボックスに入っている」
と桂は助手席の前のグローブボックスを指差す。
開けてみると、車検証などの上に青い名刺のようなものがあった。
なんか怪盗Xの怪しい招待状よりどきどきするな、と思って見ると、それは美容院のショップカードだった。
『ange』
あ~、知ってるこの店。
学校行く途中にあるから、と夏巳は思う。
「先生、此処で髪切ってるんですか?」
「いや、来てくれと言われてカードをもらったんだが行ってない。
まだ此処に来てから、美容院を訪ねるほど時間経ってないしな」
……そういえばそうでしたね。
すっかり馴染んでいるので、ずっといらっしゃる気がしていましたよ、
と思いながら、まず、美容院の電話番号と住所を確認してみたが、怪盗Xのものとは違っていた。
あ、そうだ。
ナビに打ち込んでみたら何処かわかるんじゃないかな、と思ったのだが。
ナビは呪われた約束の地、津和野に向かっていたので、夏巳はスマホに怪盗Xの住所と電話番号を入れてみた。
「あっ、これ、先生の事務所近くのお弁当屋さんのじゃないですか」
道理で語呂がいいと思った、と夏巳は思う。
このお弁当屋さんは学校からも近い。
そして、この通りにはさっきのangeという美容院もある。
「学校、お弁当屋さん、先生の事務所、angeのある通りは、夜でも明るいし、歩道が広いので、ウォーキングする人や犬の散歩をする人が多いところですよね。
……そうか、わかりましたよ」
と夏巳は笑った。
「だから、新聞じゃなくて、週刊誌の切り抜きだったんですね」
「正解だ」
とまだ答えも言ってないのに、桂は言った。
夏巳がどういう道筋で推理したのかが、今の言葉でわかったからだろう。
「よし。
ご褒美と付き合ってくれた礼に道の駅でソフトクリームを買ってやろう」
と言う。
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