先生、それ事件じゃありません3

菱沼あゆ

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先生、事件ですっ!

推理のご褒美

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 夏巳たちは山道をしばらく走った。

 深い緑の木々に覆われた広い山道を。

 車が居ない。

 車が居ない。

 ……居ない。

 本当に居ないぞ、どうしたことだ。

「何故、誰も津和野に向かわないんでしょう、お休みなのに。
 一応、結構な観光地ですよね、津和野」

「他の道から行ってるんじゃないか?」
と桂は言う。

 僻地だなんだと普段言ってはいるが、なんだかんだで萩への道はかなりの交通量なのだが、この道は本当に人が居ない。

「そうですよね。
 きっとみんな他の道から津和野に向かってるんですよね」

 そうおのれを納得させながら、夏巳は道沿いの茶色い油瓦あぶらがわらの屋根の家々を見る。

 この辺りは雪深いので、雪に耐えられる油瓦が多いのだ。

 人の気配がないが、家は結構ある。

 きっと中には人が居るのだろうが、外には誰も出ていなかった。

 長閑な景色をぼんやり眺めながら、

 殺人事件を起こそうにも誰も居ないな、と夏巳は思った。

 いや、我々が起こすわけではないのだが……。

「生きた人間が居ませんね」
と夏巳は思わず呟いたが、

「死んだ人間が居ればいい」
と桂は言う。

 そのとき、道の側に唐突に墓が一基いっき現れた。

「墓ならありますよ」

 死んだ人間が居ればいい、という桂の言葉に思わずそう言ったが、桂は、

「もっと、いきのいい死体じゃないと駄目だろう」
と前を見たまま言ってくる。

 なんだ、いきのいい死体って……。

 

「そういえば、先生。
 株式会社怪盗Xをほったらかしにしてきてしまいましたが、よかったんですかね?」

 今頃、港で待ってるんじゃないですか?
と言うと、

「いや、もう諦めて家に帰ったろ」
と桂は言う。

「怪盗Xの家、何処なんですか……」

「着くまで暇だろ。
 推理してみろ」

 そう笑う桂に夏巳は、

 おおっ、どうしたんですかっ。
 探偵っぽいじゃないですかっ!
と思ってしまう。

「ヒントはそこのボックスに入っている」
と桂は助手席の前のグローブボックスを指差す。

 開けてみると、車検証などの上に青い名刺のようなものがあった。

 なんか怪盗Xの怪しい招待状よりどきどきするな、と思って見ると、それは美容院のショップカードだった。

 『ange』

 あ~、知ってるこの店。
 学校行く途中にあるから、と夏巳は思う。

「先生、此処で髪切ってるんですか?」

「いや、来てくれと言われてカードをもらったんだが行ってない。
 まだ此処に来てから、美容院を訪ねるほど時間経ってないしな」

 ……そういえばそうでしたね。
 すっかり馴染んでいるので、ずっといらっしゃる気がしていましたよ、
と思いながら、まず、美容院の電話番号と住所を確認してみたが、怪盗Xのものとは違っていた。

 あ、そうだ。
 ナビに打ち込んでみたら何処かわかるんじゃないかな、と思ったのだが。

 ナビは呪われた約束の地、津和野に向かっていたので、夏巳はスマホに怪盗Xの住所と電話番号を入れてみた。

「あっ、これ、先生の事務所近くのお弁当屋さんのじゃないですか」

 道理どうりで語呂がいいと思った、と夏巳は思う。

 このお弁当屋さんは学校からも近い。

 そして、この通りにはさっきのangeという美容院もある。

「学校、お弁当屋さん、先生の事務所、angeのある通りは、夜でも明るいし、歩道が広いので、ウォーキングする人や犬の散歩をする人が多いところですよね。

 ……そうか、わかりましたよ」
と夏巳は笑った。

「だから、新聞じゃなくて、週刊誌の切り抜きだったんですね」

「正解だ」
とまだ答えも言ってないのに、桂は言った。

 夏巳がどういう道筋で推理したのかが、今の言葉でわかったからだろう。

「よし。
 ご褒美と付き合ってくれた礼に道の駅でソフトクリームを買ってやろう」
と言う。


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