侯爵様と私 ~その後~

菱沼あゆ

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あやかしを探しています

……も~

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 みんなで楽しく呑んで、早くに寝たせいか、萌子は早朝、目が覚めた。

 家なら、もう一度寝るくらいの時間だ。

 だが、秋の気配のする風が心地よかったので、外に出てみる。

 すると、総司も隣のテントから出てきていた。

「課長も目が覚めたんですか?」
と萌子は小声で言った。

 みんなを起こさないためにだ。

 ああ、と言う総司と遠くの山を見る。

 うっすらとその山の上辺りが白くなり始めていて、夜が明けるのかな、という感じだった。

「わあ、私、初日の出も見に行ったことないので、こんなの見るの初めてですよー」
と萌子が言ったとき、

「もー」
と横から聞こえてきた。

 また牛が? と萌子は周囲を見回し、総司を見る。

「……も、

 も、萌子っ」

「えっ?
 は、はいっ」
と萌子は動揺する。

「萌子」

「はいっ」

「萌子と呼んでいいか?」

 もう呼んでますけど……。

 もう一度、
「はい」
と言いながら、萌子は苦笑いする。

 そっと総司が手を握ってきた。

 どうしようかな、と恥ずかしいので、迷いながらも、ちょっとだけ握り返してみた。

 目を合わせると、総司が照れたように笑う。

 ……いやいやいやっ。
 職場の顔とは別人なんですけどっ。

 っていうか、職場でもそんな顔してくださったら、もうちょっと緊張せずに働けるんですけどっ。

 いつも公私分けすぎなくらい分けてますもんね、課長っ、
と思いながら、正面を見た萌子は、

「……あ」
と声を上げた。

 朝日がこちらに迫ってくる、と思ったら、それは白い坊主頭だった。

 巨大な坊主頭が山の向こうからこちらに向かい、やって来るのが見えた。

 一歩がものすごく大きいので、あっという間にそれは、目の前までやって来る。

 総司と萌子を見たあと、彼はなにか言ったようだったが、聞こえなかった。

「ダ、ダイダラボッチ……」

「出かけてただけだったのか?」
と言う総司に萌子は言った。

「いや~。
 今、たまたま通りかかったら、また私たちが不器用そうにやってたので、やっぱり、こいつら見守ってようと思ったのかもしれないですね……」

 そうかもしれないな、と言う総司はちょっと嬉しそうだった。

 そんな総司と、萌子と、ダイダラボッチと……

 ウリ、は駆け回って見てないが、三人で昇ってくる朝日を見上げる。

 いや、ダイダラボッチは見下ろしている感じだが。

 総司はまず、朝日を眺めているダイダラボッチを見、それから、駆け回っているウリと生きたウリの友だちを見て。

 まだ寝静まっているみんなのテントを振り返る。

 それから小声で訊いてきた。

「……いつでも、なんでもしていいんだったな?」

「いや、いいとか言ってませんけどね」
と赤くなりながら萌子は言ったが、総司は萌子の手を引き、口づけてきた。

 だが、あっという間に日が昇ったようで、閉じたの瞼の向こうでも強く朝の光が感じられるようになる。

 複数のテントが開く音がして、萌子たちは慌てて離れた。

「あ、おはよー」
「おはよー、今日もいいキャンプ日和だねー」

 そんなことを言いながら、めぐや理たちが出てくる。

 みんな、なにも見ていなかった風な感じを装っているが、目が笑っていた。



「お、おはよう……っ。
 ええっとっ。

 あっ、そうだっ。
 今日はいよいよ、私が仕込んできたパンを焼きますよ~っ」
とごまかすように急いで萌子が言うと、総司が、

「大丈夫だ。
 昨日の残りのご飯があるから、駄目だったら、雑炊にしよう」
と横から言ってくる。

「いや、最初から駄目だったらと準備しとくのどうなんですかね~」
と力なく萌子が言うのを聞きながら、みんな笑って準備をはじめた。

 ダイダラボッチとお日様とウリに見守られながら、今日も騒がしい一日がはじまりそうだった。





                          完


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感想 1

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みんなの感想(1件)

johndo
2021.11.28 johndo

あ、ダイダラボッチ帰って来た!
よかった、よかった。

2021.11.28 菱沼あゆ

johndoさん、
そうなんです(^^;

ありがとうございますっ(⌒▽⌒)/

解除

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