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閑話 兄の話
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一緒に育ってきた妹が幸せならそれでいいと思った。それが一番いいと思った。だからよそ者の王なる男に愛する妹を嫁がせたのだ。
手紙が届いたのは最初の一ヵ月だけだった。それからは何度送っても返事がなかった。送りすぎてしまったのかもしれない。約束は一ヵ月に一回だったから。だが確か、少なくとも一ヵ月に一回ではなかっただろうか。何かあったのではないか。
様子を見に行きたかった。行けなかったのは父親である長が病に伏したからである。もしものことがあれば引き継がなければならない。長い間勤め上げたその雄姿を称え、ふさわしい葬儀にしなければならない。
これを終わらせれば、もう一つこれを終わらせれば、オーレリアに会いに行こう。そのもう一つがどんどん増えていった。三か月ほどたったころ、山の外の国の使節がやってきた。ちょうど長が代替わりした時であった。
武力を貸して欲しい。パルテン王国が隣国パールライトに攻め込んでいる。武人なあなたたちの力を貸してはくれないか。もちろん、勝利の暁にはなんでも望みをかなえる。
どうやらいくつもあるこの山の村にすべて回って、すべて断られて最後にたどり着いたのがこの村だったらしい。もちろん、他の村の長同様、是と答えるつもりはなかった。だが、パルテン王国とは妹の嫁いだ国ではなかったか。戦争のさなかで手紙が届かなかったのか。妹は無事なのか。
長の補佐である男とも相談し、オーレリアの安全の保障と戦いが終われば速やかにパールライトなる国に連れてくることを条件に武力の提供に応じた。
それから一週間も経たずに戦争は終息した。
「オーレリアが…死んだ? なぜ?」
「パルテン国王曰く、戦死したと」
「戯言を。戦場にいたとでもいうのか!」
「はい…どうやら王の為に戦いたいと自ら戦場に立ったようです。遺体は公国にすでに運ばれております。どうぞ弔いを」
そんなはずがない。山の中に住む部族は男女にかかわらず、小さなころから身体を鍛える。それは戦うためではなく、険しい自然の中で生き残るための先人の知恵だ。今回こそ、武力の提供などに応じたが、元来我らは戦いを嫌う。オーレリアは食の為に獣を狩るのもためらうほどだった。そんな妹が戦場に? 愛とは、恋とはそれほどに人を変えるものなのか。
運ばれてきたオーレリアの棺は、一国の王の妃としては寂しく、そこらの平民のものと変わらないほどだった。棺が開けられ変わり果てた姿の妹を前に、涙を我慢することなどできなかった。こんなことなら外に嫁がせるのではなかった。たった数か月前の自分の判断をひどく後悔した。
「長殿。約束を守れず、誠に申し訳なく思っている。…すまなかった」
「…妹を殺した兵士は?」
「そのことだが、どうしてもわからないんだ」
「なんだと?」
山の反対側の国の、協力を要請しに来た使節だった男は顔を青ざめていた。
「妹さんはこの国でもパルテン王国でも目立つ。肌の色も、身体の大きさも全く違うからな。だから、そういう女性をみかけたら…いや、女性とわからなくてもそういう人を見かけたら攻撃せず、君の名前を出して保護をとわが軍には通達していた。もっとも、軍のほとんどは君の村の民だろう。戦場にいたなら、すぐにわかるはずだ」
「なら…」
「まずは深呼吸してくれ。…それから妹さんの首元を見てもらえるか」
これでもかと胸を膨らませて深呼吸をし、気持ちを落ち着けてから再度妹を見る。よくよく見れば、花が不自然なほどに首元に集まっていた。外の国の習慣化と思っていたが目の前の男の表情を見る限りそうではないらしい。丁寧にその花を取り除き、死化粧を施された首に触れる。指先から伝わる冷たさが、もうそこに魂がないことを物語っていた。
「これはっ…」
「ああ。わたくしどもの国では策条痕という。これは首を絞められて亡くなった証拠だ。さらにその角度から、妹さんはおそらく…自殺だ」
「そんなわけがない!」
男は淡々と事実を話した。妹は第六王妃であったこと、パルテン国では不遇に扱われたこと。すべてに絶望して自殺したこと。話だけなら信じられなかった。男は妹の手紙を持っていた。
「潜らせていたスパイがこの三か月間のものをひそかに集めていた。すべて焼却処分になるところだったらしい」
筆跡は紛れもなく妹のもので、それらはどんどん胸を締め付けていった。
「王は殺せるか」
「今は無理だ」
「いつまで待てばいい?」
「何とも言えない。だが、必ず機会はやってくる。それまで待っていてくれるか。今度こそ約束しよう。その時はパルテン王の身柄は君の自由にしていい。帝国の名に懸けて誓う。だからどうか…!」
村の仲間も疲弊し、パルテン王国に攻め入れるほどの力は残っていなかった。今戦っても犠牲が増えるだけ。戦いが嫌いだった妹がそんなことを望むはずもなかった。それでも殺してしまいたい衝動は収まらない。
何時間もの仲間の説得でようやく兄としての気持ちを押し殺し、長として仲間と妹とともに山へと帰った。復讐義を胸に誓って。
手紙が届いたのは最初の一ヵ月だけだった。それからは何度送っても返事がなかった。送りすぎてしまったのかもしれない。約束は一ヵ月に一回だったから。だが確か、少なくとも一ヵ月に一回ではなかっただろうか。何かあったのではないか。
様子を見に行きたかった。行けなかったのは父親である長が病に伏したからである。もしものことがあれば引き継がなければならない。長い間勤め上げたその雄姿を称え、ふさわしい葬儀にしなければならない。
これを終わらせれば、もう一つこれを終わらせれば、オーレリアに会いに行こう。そのもう一つがどんどん増えていった。三か月ほどたったころ、山の外の国の使節がやってきた。ちょうど長が代替わりした時であった。
武力を貸して欲しい。パルテン王国が隣国パールライトに攻め込んでいる。武人なあなたたちの力を貸してはくれないか。もちろん、勝利の暁にはなんでも望みをかなえる。
どうやらいくつもあるこの山の村にすべて回って、すべて断られて最後にたどり着いたのがこの村だったらしい。もちろん、他の村の長同様、是と答えるつもりはなかった。だが、パルテン王国とは妹の嫁いだ国ではなかったか。戦争のさなかで手紙が届かなかったのか。妹は無事なのか。
長の補佐である男とも相談し、オーレリアの安全の保障と戦いが終われば速やかにパールライトなる国に連れてくることを条件に武力の提供に応じた。
それから一週間も経たずに戦争は終息した。
「オーレリアが…死んだ? なぜ?」
「パルテン国王曰く、戦死したと」
「戯言を。戦場にいたとでもいうのか!」
「はい…どうやら王の為に戦いたいと自ら戦場に立ったようです。遺体は公国にすでに運ばれております。どうぞ弔いを」
そんなはずがない。山の中に住む部族は男女にかかわらず、小さなころから身体を鍛える。それは戦うためではなく、険しい自然の中で生き残るための先人の知恵だ。今回こそ、武力の提供などに応じたが、元来我らは戦いを嫌う。オーレリアは食の為に獣を狩るのもためらうほどだった。そんな妹が戦場に? 愛とは、恋とはそれほどに人を変えるものなのか。
運ばれてきたオーレリアの棺は、一国の王の妃としては寂しく、そこらの平民のものと変わらないほどだった。棺が開けられ変わり果てた姿の妹を前に、涙を我慢することなどできなかった。こんなことなら外に嫁がせるのではなかった。たった数か月前の自分の判断をひどく後悔した。
「長殿。約束を守れず、誠に申し訳なく思っている。…すまなかった」
「…妹を殺した兵士は?」
「そのことだが、どうしてもわからないんだ」
「なんだと?」
山の反対側の国の、協力を要請しに来た使節だった男は顔を青ざめていた。
「妹さんはこの国でもパルテン王国でも目立つ。肌の色も、身体の大きさも全く違うからな。だから、そういう女性をみかけたら…いや、女性とわからなくてもそういう人を見かけたら攻撃せず、君の名前を出して保護をとわが軍には通達していた。もっとも、軍のほとんどは君の村の民だろう。戦場にいたなら、すぐにわかるはずだ」
「なら…」
「まずは深呼吸してくれ。…それから妹さんの首元を見てもらえるか」
これでもかと胸を膨らませて深呼吸をし、気持ちを落ち着けてから再度妹を見る。よくよく見れば、花が不自然なほどに首元に集まっていた。外の国の習慣化と思っていたが目の前の男の表情を見る限りそうではないらしい。丁寧にその花を取り除き、死化粧を施された首に触れる。指先から伝わる冷たさが、もうそこに魂がないことを物語っていた。
「これはっ…」
「ああ。わたくしどもの国では策条痕という。これは首を絞められて亡くなった証拠だ。さらにその角度から、妹さんはおそらく…自殺だ」
「そんなわけがない!」
男は淡々と事実を話した。妹は第六王妃であったこと、パルテン国では不遇に扱われたこと。すべてに絶望して自殺したこと。話だけなら信じられなかった。男は妹の手紙を持っていた。
「潜らせていたスパイがこの三か月間のものをひそかに集めていた。すべて焼却処分になるところだったらしい」
筆跡は紛れもなく妹のもので、それらはどんどん胸を締め付けていった。
「王は殺せるか」
「今は無理だ」
「いつまで待てばいい?」
「何とも言えない。だが、必ず機会はやってくる。それまで待っていてくれるか。今度こそ約束しよう。その時はパルテン王の身柄は君の自由にしていい。帝国の名に懸けて誓う。だからどうか…!」
村の仲間も疲弊し、パルテン王国に攻め入れるほどの力は残っていなかった。今戦っても犠牲が増えるだけ。戦いが嫌いだった妹がそんなことを望むはずもなかった。それでも殺してしまいたい衝動は収まらない。
何時間もの仲間の説得でようやく兄としての気持ちを押し殺し、長として仲間と妹とともに山へと帰った。復讐義を胸に誓って。
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