あなたの罪はいくつかしら?

碓氷雅

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#8-②

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 離宮のアーシェンの部屋から望む王城下の街並みは、いつもと変わらない日常が流れていた。パン屋は朝早くから商売を始め、商人たちはにぎやかに取引を重ねる。子供たちは何が楽しいのか、いたるところを走り回っていた。

「お嬢。お客様です」
「…お通しして」

 双眼鏡をシーアに渡し、淹れなおされた紅茶を飲む。コンコンと扉がたたかれ、男が入ってきた。日に焼けすぎたくらいの黒い肌に、武神のような屈強な身体。そんな男は迷いなくアーシェンの前に跪いた。

「ヒパラテムと申します。この度はかような機会を与えてくださり、ありがとう存じます」
「見事な手腕でございました。見たところ、王都に変わりありません。…復讐は完遂できましたか」
「…」
「ふふ、正直でよろしいこと。何を望みますか」

 上げられた顔の双眸は、悲しいくらいに美しく、それでいて強く何かを願っていた。

「この国を滅ぼしたく思います。復讐は何も生まないと私の村で言われていますがその通りですね。あの男を殺すためなら長を辞してもいいとまで思ったのです。それだけではありません。あの男が治めていたこの国が憎くて堪りません。こうしてあなた様と話しているのは、あなた様なら、何かしらの代替え案を出してくれると期待しているからです。この国に住む人間には何の落ち度もありませんから」
「この国を、滅ぼしたいですか。なるほど。かなえましょう。しかしあなたの言う通り、この国の民に罪はありません。愚かなあの王の為にあなた方が罪を犯すこともむなしいだけです。…こうしましょう」

 アーシェンはかねてから考えていた筋書きをヒパラテムに話した。国を滅ぼしたい、その深層の願望はパルテン王の記憶であろうとアーシェンは思っていた。ならば、いなかったことにすればいい。パルテン国など最初からなかったことにすればいい。帝国ならば簡単なことだ。

「歴史から名前を?」
「ええ。ただし、先人の失敗というのは残さなければなりませんから寓話にしましょう。捕らわれた姫を救った、愛情深い兄のお話を」
「おまかせしましょう。たとえそれでも収まらないことがあれば、私が去ります」
「そう? ならばその時はオーレリアさんにたくさんお話をしてあげなければね? ざっと六十年分かしら?」
「…はは、手厳しい」

 帝国人の平均寿命は六十年。山の民、よくヒラリオンと呼ばれる部族の人たちはもっと長生きだという。その分だけの話を。ヒパラテムに死を選ばせる気などアーシェンにはなかった。

「ところで、もう少しここに滞在してくださいます?」
「ええ。まだ冬も遠いですので山に帰るのには時間はございますが…」
「帝国の軍が少し遅れておりまして。途中、何やらめんどくさい方に絡まれたようでその処理に追われているとか。パルテン王国の運営はわたくしがしますので警備をお願いしたいのです」
「…それだけですか?」

 ヒパラテムは意地の悪い笑みを浮かべて、眉を上げた。

「ふふ、侮れませんね。そこにいるシュートと演練を、手が空いた時でいいので付き合ってあげて欲しいのです」
「そんなことですか?」
「そんなこととは聞き捨てなりませんね」

 今まで沈黙を貫いていたシュートが言う。「傭兵部族と聞いたものですからどれほど強いのか、見てみたいだけですよ」

「傭兵部族ではありません。我々は戦いを好みませんので。ですが、強さを求めるのは美徳です。まあ、まずは従弟いとこと手合わせしてみますか?」
「…よろこんで」

 怒りをあらわにしながら笑顔を崩さないシュートはしかし、ここ最近で一番わくわくしているようだった。何夜も来ていた暗殺者よりも断然いいらしい。キョロっとこちらを見たシュートにアーシェンはにこりと微笑みを浮かべ、許可を出した。

 深々と頭を下げた二人は足早に部屋を出て行った。

 ボロボロになったシュートが帰ってきたのは陽が山に隠れようかとする頃だった。切り傷と砂汚れと血を得てきた彼は満足げに歯を見せた。

「お嬢! 勝ちました!」

 もはや戦いを覚えたての子供のようだった。

「…湯浴みに行ってらっしゃい」
「はい!」

 シーアの淹れた紅茶を片手に、アーシェンはひたすら政務をこなし続けた。
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