碓氷雅

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後悔先に立たず

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それからというもの、幾度かそんなことがあった。
拗ねてしまって、隠されて、謝って、返してもらって。この繰り返しだ。
川崎なりに思うとこがあってのことだろう。男同士。同棲を始めて、しばらくするといっても、それなりの不安はあるに違いない。川崎は意外にも一途であることを宮部は知っている。だから、宮部の大事なものを隠して愛情を確かめようとしている。
そうして今回も、すねさせてしまったのだ。怒って腕を組んでいる川崎を見、思わず、頬を緩めてしまった。今回ばかりは、完全に宮部がいけなかった。
かねての約束のデートを、盛大にすっぽかしてしまったのだ。その日に休みをもぎ取るため、会社に泊まり残業をやりまくった。年度末だったせいで、猫の手でも借りたいほどの繁忙時だった。恋人と楽しい時間を過ごすために頑張っていたのに、約束をすっぽかしてしまっては本末転倒もいいところだ。
「なにが、可笑しいんです?」やはり、その表情も冷たければ、声も冷たい。
さてどうしたものかと、考えあぐねるが、これしかないなと肩を落とすほかない。
「ごめん。……ほんと、悪かった」しっかりと川崎の目を見据え、たった二言を重々しく言う。本当は、すんなり許してくれることを少し期待していた。自分がいつもそしているから。だが川崎という人間的にそれはないし、恋人を甘やかすのは自分の役目だと自負している。
素直に飾らない言葉の謝罪に一瞬、はっとしたように目を見開いた川崎は、しかし、唇を尖らせたまま何も言うことはなかった。
川崎はきっと、約束を反故にしたことを怒っているのではないのだろう。その証拠に、宮部の腕時計は隠されることなく白く薄い川崎の手に握られている。では、何に怒っているのか。宮部には易く見当がついていたが、その言葉を川崎の口から直接聞きたかった。川崎が許してくれるまで待ち、見つめあうこと数分。
はあ、とこれ見よがしにため息をついた彼は、「じゃあ、こっちに来てよ」と視線を外し、言う。
黙って従えば、「ほら見て」と差し込む夕日でできた影を指差した。「こうして……影を、あなたの隣で重ねることができるんです。今回は特別に……許してあげます」
「え……あ、ありがとう」
「心配したんですからね? 遅れるのなら、まあ、そんなことはないだろうけど、万が一来られないなんて時は、ちゃんと連絡を寄越してください」
そしたら怖い思いをしないですむでしょ、と。川崎はその細い腕を宮部の背中に回し、顔を胸に埋めて呟く。心配した、と。何を、の部分にはいろいろあるだろうが、聞きたかった言葉を聞けて、宮部は胸が暖かくなっていくのを感じた。
心底愛しい、と言葉ではなく行動で示すかのように、宮部も、成人男性としては細すぎる体に腕を回し、抱き締めた。「心配、してくれてたんだな」
「当たり前じゃないですか。しますよ、心配くらい。……本当に怖かったんですからね? 責任、どうとってくれるんですか?」
聞いて、うん? と首をかしげた。詫びを求めるその言い方に違和感を覚えた。少し逡巡して、はっと思い至る。……もしかして。
「どうしようかな」意地悪にも、はぐらかしてみせる。
「……バカ」
消え入りそうなその声に、もう、意地悪するほどの余裕など吹っ飛んでいってしまった。
珍しくも、川崎が誘っているのだ。これに応えないわけがない。「俺の部屋でいい?」
真っ赤になっている耳に囁けば、川崎は一度だけ頷いた。
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