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虹よりも…
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目が覚めると、無意識に自分の横に手を伸ばす。いつもならあるはずの感触がなく、宮部は嫌々目を開けた。
当然そこに恋人の姿はない。先に起きたかな。
のっそり上体を起こすと、下半身に特有の怠さを感じる。そのせいで、昨晩のあれこれを細部まで明瞭に思い出して、こっそり苦笑した。
(……さてと)
首を回して肩をコキコキならし、ベッドを降りて、部屋をあとにした。
川崎は、ベランダに面した大きな窓の前に立ち、バスローブ姿で外を眺めていた。つられて見れば、真夏の朝6時だと言うのに暗く、外はどんよりしている。一晩中、雨が降っていたらしい。
「おはよう……ございます」
「ん、おはよう」
足音に気づきこちらを見もせずに言う、恥ずかしがり屋な彼氏に、宮部は後ろから抱きついてやる。素肌に触れるバスローブの感触と、じんわりと伝わってくる川崎の体温が心地いい。しばらくそのままにしていると、腕の中の体温が最低でも二度は上がった気がした。
「……宮部さん」ぼそりと呼ぶ川崎は、宮部の太く逞しい腕をその細く長い指でつかんだ。
「ん…?」
消え入りそうな声で、もう、と彼は言う。なにが「もう、」なのか、宮部には見当がつかない。が、どうした? と形ばかりではあるが、聞いてみる。
「もう、怖い思い、させないでくださいね……? 二度とごめんです」
「ん……わかった」
「約束、ですよ?」顔を宮部の厚い胸板に寄せ、しかし、視線は合わせることなく言う。「破らないでくださいね?」
薄く微笑んだ気がする。それが川崎のどんな表情より美しく、可愛いものであると知っている宮部は、ほだされ、頷くほかない。「おう。もう約束は破らないし、連絡は入れる。怖い思いはさせないから。……約束だ」
約束の──約束。
おかしな事のように感じられるが、それでいい。
それがいい。それでまた、二人で笑い合えるだろうから。
照れてまた、外を見上げる川崎は「あ……」と外を指差す。その先には、クッキリ見えるグラデーション豊かな虹が。
「きれい、ですね」
そうだな、と心の中で呟く。でも、口にはしない。だって、今、腕の中により綺麗な彼がいるから。
「……いや、」
「え?」
「お前の方が──んっ」
虹よりもお前の方がきれいだ、という言葉は喉の奥に消えた。くるりと手早く回って唇を重ねた川崎は、手で押さえるというやり方を思いつかなかったのだろうか。
(いや、まあいいか。)
ゆっくり抱きなおして、キスを深くする。息が苦しくて、それは川崎も同じだろうけど、拒まないどころか応えてくるのだからそのまま続けろという意味だろう。そんな風に勝手に解釈しつつ、何度も角度を変えて、柔らかい唇、温かくねっとりと気持ちいい舌、溢れる唾液を堪能する。
熱い視線さえも絡ませてくる彼氏に、欲情させられて、朝だけどこのままベッドに連れ込むか、と考える。
すると、それを感じとったらしい川崎は、一旦離れ「いいですよ」と湿っぽい声で言った。彼も満更ではないことに嬉しさが湧き、もう一度、貪るように口付ける。
いつの間にか空の雲は切れ、そのあいだから暖かな朝日が、2人を祝福するかのように差し込んだ。影を作るもののない窓辺を、明るく照らしている。
Fin
当然そこに恋人の姿はない。先に起きたかな。
のっそり上体を起こすと、下半身に特有の怠さを感じる。そのせいで、昨晩のあれこれを細部まで明瞭に思い出して、こっそり苦笑した。
(……さてと)
首を回して肩をコキコキならし、ベッドを降りて、部屋をあとにした。
川崎は、ベランダに面した大きな窓の前に立ち、バスローブ姿で外を眺めていた。つられて見れば、真夏の朝6時だと言うのに暗く、外はどんよりしている。一晩中、雨が降っていたらしい。
「おはよう……ございます」
「ん、おはよう」
足音に気づきこちらを見もせずに言う、恥ずかしがり屋な彼氏に、宮部は後ろから抱きついてやる。素肌に触れるバスローブの感触と、じんわりと伝わってくる川崎の体温が心地いい。しばらくそのままにしていると、腕の中の体温が最低でも二度は上がった気がした。
「……宮部さん」ぼそりと呼ぶ川崎は、宮部の太く逞しい腕をその細く長い指でつかんだ。
「ん…?」
消え入りそうな声で、もう、と彼は言う。なにが「もう、」なのか、宮部には見当がつかない。が、どうした? と形ばかりではあるが、聞いてみる。
「もう、怖い思い、させないでくださいね……? 二度とごめんです」
「ん……わかった」
「約束、ですよ?」顔を宮部の厚い胸板に寄せ、しかし、視線は合わせることなく言う。「破らないでくださいね?」
薄く微笑んだ気がする。それが川崎のどんな表情より美しく、可愛いものであると知っている宮部は、ほだされ、頷くほかない。「おう。もう約束は破らないし、連絡は入れる。怖い思いはさせないから。……約束だ」
約束の──約束。
おかしな事のように感じられるが、それでいい。
それがいい。それでまた、二人で笑い合えるだろうから。
照れてまた、外を見上げる川崎は「あ……」と外を指差す。その先には、クッキリ見えるグラデーション豊かな虹が。
「きれい、ですね」
そうだな、と心の中で呟く。でも、口にはしない。だって、今、腕の中により綺麗な彼がいるから。
「……いや、」
「え?」
「お前の方が──んっ」
虹よりもお前の方がきれいだ、という言葉は喉の奥に消えた。くるりと手早く回って唇を重ねた川崎は、手で押さえるというやり方を思いつかなかったのだろうか。
(いや、まあいいか。)
ゆっくり抱きなおして、キスを深くする。息が苦しくて、それは川崎も同じだろうけど、拒まないどころか応えてくるのだからそのまま続けろという意味だろう。そんな風に勝手に解釈しつつ、何度も角度を変えて、柔らかい唇、温かくねっとりと気持ちいい舌、溢れる唾液を堪能する。
熱い視線さえも絡ませてくる彼氏に、欲情させられて、朝だけどこのままベッドに連れ込むか、と考える。
すると、それを感じとったらしい川崎は、一旦離れ「いいですよ」と湿っぽい声で言った。彼も満更ではないことに嬉しさが湧き、もう一度、貪るように口付ける。
いつの間にか空の雲は切れ、そのあいだから暖かな朝日が、2人を祝福するかのように差し込んだ。影を作るもののない窓辺を、明るく照らしている。
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変な癖。宮部さんが川崎さんの気持ちをちゃんとわかって謝ってるのもイイし、川崎さんのスネ方に笑いました。二人でベランダで見た虹は綺麗だとおもいますが、宮部さんと同じで川崎さんの方が綺麗だと思いました😆カワイイお話ありがとうございました😊
こんにちは。
感想ありがとうございます!
ずっと気づかず、返信できなかったことを悔いております。
お話を楽しんでいただけたようでうれしいです。余談ですがこのお話はもとは二次創作で作ったものでして、それを加筆修正し名前を変えました。どんなキャラクターだったのか、想像でもお楽しみいただけると思います。(^^)