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効率がいいからと言ったのです。
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デビュタントを終えたアンナは密かに国王に呼ばれ、執政室で紅茶を飲んでいた。
「それで、あのような発言をしたヴィシャール殿下に何もおっしゃられなかった意図をお聞かせくださいますか。…陛下」
アンナとともに座るフリオ・デヴォアルテ公爵は、指を組み合わせ前かがみになりながら国王を詰めた。
「別に意図も何もない」
上座に鎮座する国王は、僅かな隙さえも感じさせない貫録で重たく言葉を吐く。
「次期国王というのは決まっていることではないが、貴族院ではほぼ確定だろう。わしにほかの子などいないのだからな。ヴィシャールはこれまでに優秀すぎる成績を出している。そんな子の考えることに反対の意などあるわけがない。おぬしもそうではないのか?」
「陛下。完璧な人間などいないのです。だからこそ諫言があるのです。いくら成績がいいとはいえ、婚約者をないがしろにするその人間性は、外交において不利になりかねません」
「ふむ…それはヴィシャールに言っておこう。わしの言葉を今でも聞く気があるのであれば、態度も変わろう。…して、アンナ嬢よ。何か言いたいことはあるか」
自分の名前で呼ばれたとはいえ、口を挟む権利を持っているとは思わなかったアンナは息をのんだ。それをふっと吐いて、国王を見据える。
「陛下は初代国王のことをご存じでしょうか」
「ああ。もちろんだ」
「彼は身分差をつくる理由として、効率がいいからと言ったのです。数百年続いた王侯貴族の世界は甘美で魅惑あふれるものでしょう。ヴィシャール殿下の言葉はそれを手放すと捉えられかねない発言だったと思うのです。そう捉えられてもいい、変革こそが目的だというのならわたくしは全面的に協力しましょう。それが彼との最後の約束ですから」
「ああ、そうだ。この国は発展を遂げた。十分なほどに。王侯貴族が贅沢の限りを尽くす時代はもはや終わりでよかろう。王太子はヴィシャールで最後としたいのだ」
「いいでしょう。ヴィシャール殿下の助けとなるよう、手を尽くします。…ですが、王太后様には早めに伝えられることをお勧めいたしますわ」
「…。そうしよう」
自分の娘をないがしろにされた怒りを燃やしていたフリオは、アンナの毅然とした姿に頭が冷めていく心地がした。
しばらくもせず国王の御前を辞して、足早に二人は帰路へ就いた。馬車の中でアンナはふとフリオに問う。
「お父様。ポアルドという家門をご存じですか?」
「ああ、あの女狐のか…知っている。つい先日、男爵を叙された元商家だよ。ほぼ内密に進められたからな…今日がお披露目の日でもあったんだ」
「そうだったのですか」
「まったく、あの王は何を考えているのか。アンナをないがしろにしおって…バカ息子もだ! あんな娼婦のなりぞこないのような女を連れて公爵令嬢を馬鹿にするなど…」
握った拳でフリオは何度も自分の膝を叩く。自分の娘のことであるのに国王に諫言一つできず、娘の為に何もできない自分を嫌悪していた。
「まあまあ、お父様。わたくしは大丈夫ですから。婚約者が何事もなく結婚して離婚さえ宣言しなければわたくしが言うことは何もないですわ。あ…でも、最低限公爵家として扱っていただかないと困りますね。それも陛下に言わせてみれば無意味なことなのでしょうけれど…」
「そんなことはない。あの権力の亡者のような男が、国民の平等を進めるなど何か裏があるに違いないのだ。バカ息子の奇行を放っているのもかなり気になる。…それよりも、嫌だったらやめていいんだぞ。婚約を破棄できるほどの口実はあっちが用意してくれているんだからな。…大丈夫か?」
フリオの心配する声に、アンナは微笑を浮かべて首を横に振った。
「この婚約が何をもって成されたか、覚えていらっしゃいますか?」
「…」
忘れるわけがない。その時が最初で最後の、国王が女神に敬意を称した場であったから。
「この婚約は人間が奉じたものに対する恩恵。与えたものを返せとは言いません。わたくしは女神ですもの。ですがお父様の心配は嬉しいですわ。娘として精一杯頑張りますから、応援してくださいまし」
「ああ。出来ることはなんでもしよう。そうだ、明日は行商人でも呼んだらどうだ。一級品を持ってこさせよう」
「ふふ、いいですわね。楽しみですわ」
馬車は屋敷の前に停まり、フリオのエスコートでアンナは降りた。使用人たちに迎えられ、仕事が残っているフリオはアンナの額におやすみのキスをひとつする。屋敷のロビーで別れた二人はそれぞれの部屋へと歩いて行った。
「それで、あのような発言をしたヴィシャール殿下に何もおっしゃられなかった意図をお聞かせくださいますか。…陛下」
アンナとともに座るフリオ・デヴォアルテ公爵は、指を組み合わせ前かがみになりながら国王を詰めた。
「別に意図も何もない」
上座に鎮座する国王は、僅かな隙さえも感じさせない貫録で重たく言葉を吐く。
「次期国王というのは決まっていることではないが、貴族院ではほぼ確定だろう。わしにほかの子などいないのだからな。ヴィシャールはこれまでに優秀すぎる成績を出している。そんな子の考えることに反対の意などあるわけがない。おぬしもそうではないのか?」
「陛下。完璧な人間などいないのです。だからこそ諫言があるのです。いくら成績がいいとはいえ、婚約者をないがしろにするその人間性は、外交において不利になりかねません」
「ふむ…それはヴィシャールに言っておこう。わしの言葉を今でも聞く気があるのであれば、態度も変わろう。…して、アンナ嬢よ。何か言いたいことはあるか」
自分の名前で呼ばれたとはいえ、口を挟む権利を持っているとは思わなかったアンナは息をのんだ。それをふっと吐いて、国王を見据える。
「陛下は初代国王のことをご存じでしょうか」
「ああ。もちろんだ」
「彼は身分差をつくる理由として、効率がいいからと言ったのです。数百年続いた王侯貴族の世界は甘美で魅惑あふれるものでしょう。ヴィシャール殿下の言葉はそれを手放すと捉えられかねない発言だったと思うのです。そう捉えられてもいい、変革こそが目的だというのならわたくしは全面的に協力しましょう。それが彼との最後の約束ですから」
「ああ、そうだ。この国は発展を遂げた。十分なほどに。王侯貴族が贅沢の限りを尽くす時代はもはや終わりでよかろう。王太子はヴィシャールで最後としたいのだ」
「いいでしょう。ヴィシャール殿下の助けとなるよう、手を尽くします。…ですが、王太后様には早めに伝えられることをお勧めいたしますわ」
「…。そうしよう」
自分の娘をないがしろにされた怒りを燃やしていたフリオは、アンナの毅然とした姿に頭が冷めていく心地がした。
しばらくもせず国王の御前を辞して、足早に二人は帰路へ就いた。馬車の中でアンナはふとフリオに問う。
「お父様。ポアルドという家門をご存じですか?」
「ああ、あの女狐のか…知っている。つい先日、男爵を叙された元商家だよ。ほぼ内密に進められたからな…今日がお披露目の日でもあったんだ」
「そうだったのですか」
「まったく、あの王は何を考えているのか。アンナをないがしろにしおって…バカ息子もだ! あんな娼婦のなりぞこないのような女を連れて公爵令嬢を馬鹿にするなど…」
握った拳でフリオは何度も自分の膝を叩く。自分の娘のことであるのに国王に諫言一つできず、娘の為に何もできない自分を嫌悪していた。
「まあまあ、お父様。わたくしは大丈夫ですから。婚約者が何事もなく結婚して離婚さえ宣言しなければわたくしが言うことは何もないですわ。あ…でも、最低限公爵家として扱っていただかないと困りますね。それも陛下に言わせてみれば無意味なことなのでしょうけれど…」
「そんなことはない。あの権力の亡者のような男が、国民の平等を進めるなど何か裏があるに違いないのだ。バカ息子の奇行を放っているのもかなり気になる。…それよりも、嫌だったらやめていいんだぞ。婚約を破棄できるほどの口実はあっちが用意してくれているんだからな。…大丈夫か?」
フリオの心配する声に、アンナは微笑を浮かべて首を横に振った。
「この婚約が何をもって成されたか、覚えていらっしゃいますか?」
「…」
忘れるわけがない。その時が最初で最後の、国王が女神に敬意を称した場であったから。
「この婚約は人間が奉じたものに対する恩恵。与えたものを返せとは言いません。わたくしは女神ですもの。ですがお父様の心配は嬉しいですわ。娘として精一杯頑張りますから、応援してくださいまし」
「ああ。出来ることはなんでもしよう。そうだ、明日は行商人でも呼んだらどうだ。一級品を持ってこさせよう」
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