婚約破棄? あなたごときにできると思って?

碓氷雅

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12.何か意見はあるか?

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 同じ頃、デクリート帝国皇宮では。

「マキシマム殿下!」

 また来た。おれの周りの従者はなぜこうも煩わしいのか。考えるだけ無駄だと分かっていても、腹違いの弟であるルークに恨みが募る。
 本来であれば、執政しなければならないのは皇帝である父親と皇太子のルークだったのに、その二人が大きくしでかしたせいで、こっちに回ってきてしまった。

「今度はなんだ」

「ストラテ王国がマレルガファル公爵領を占領し始めていると元老院からの伝達です」

「…宣戦布告か? 公文書は?」

「ありません。しかしながら、帝国軍は指揮官不在により、一部を残し兵役部隊は解散しております。対抗する術がございません!」

「マレルガファルめ…、使節団を組織しろ。俺は元老院に顔を出してくる」

「はっ」

「マキシマム殿下っ」

「今度はなんだ」

 ひとり去ったと思えばまたひとり。今度はルーク付きの従者だった。

「ルーク殿下が庭でもいいから散歩したいとおっしゃっております。いかがいたしましょうか?」

「今外に出て何かやられても困る。警護の為と言って部屋から出すな。バルコニーと扉の前に警備を二人ずつ、三交代で置け。基本的に要望は聞かなくていい。無視するか適当に答えておけ」

「はっ」

 狐耳の従者が去り、俺はようやっと一人の時間を手に入れた。と言っても、護衛の為にふたり騎士がついて回っている。

 やたらと大きな扉は、実際、皇帝の謁見室の扉よりも大きい。中には元老院の七人が円卓を囲い座っていた。俺の姿を見るなり、重い腰をあげて彼らは一様に礼儀を尽くす。その腹の中で何を考えているのかは、さておき。

「公爵領が占領されていると聞いた。対抗できる戦力はないのだろう? ストラテ王国は何か要求してきているのか?」

「いえ…今のところは何も」

「なら、ストラテ王国が望むのは…帝国の従属か?」

「…そう考えられましょうな。先のルーク殿下の婚約破棄は皇室にも痛手となりました。軍事力のない帝国になど、どこの国が協力しましょうか」

「ルーク殿下には…、場が悪すぎましたな。…さて、皇太子殿下。いかがなさいますか?」

「どうもこうもないだろう。それにこの決定権は父上にあるのではないのか?」

「いえ、それは違います。マキシマム殿下ではなくルーク殿下を皇太子と認めるにあたり、皇帝陛下にもいくつか申し上げました。その中に、『ルーク殿下の非により婚約破棄となった場合、執政から退いていただく』というものがございますれば…」

 俺の言葉に返しているのは末席の老人だ。この場にいる誰よりも身分の高い俺の両隣にはもちろん、元老院での高席が座っているが、口を開こうともしない。なるほど、俺の力量を図ろうというのか。…何様のつもりだ。

「そうか…。使節団の準備を今している。まずはストラテ王国の目的を探ることと、軍事の体勢を立て直すことが先決だ。ストラテ王国の方は俺が直接向かう。軍事は皇宮の衛兵を最小限にして占領地に向かわせる。抗戦の為ではなく帝国民の保護が目的だから向かわせる衛兵にはきちんと説明を。同時に僻地に領地を持つ貴族には防衛線を張るとともに占領地からの帝国民の受け入れを皇命として出す。…何か意見はあるか?」

「…」

 重苦しい沈黙が流れた。だてに帝王学を学んできてはいない。試すなら試せ。俺は自分を信じ、彼らを睨んだ。

 静寂を破ったのは左隣の元老院院頭だった。音を立てて席を立ち、俺に跪いて見せた。

「意見などありましょうか。我らは広大な帝国領を治められる皇帝陛下、並びに皇太子殿下を補佐させていただくためここにおりますれば、伝統に則り、やむ負えず殿下の裁量を図らせていただいたこと、お許しくださいませ」

 深々と頭を下げる院頭に続き、他の者も皆、床に跪いて頭を垂れた。

「…許す」

「ありがとう存じます。…殿下。ひとつ申し上げることがございます。よろしいでしょうか」

「よかろう。まずは席につけ」

「はっ」

 元老院の老人たちは豊富な経験と知識量を有し、その発言が政務などで大きな影響力を持つ。だが、貴族ではない。たとえ貴族の生まれだったとしても、元老院の一員になるとき家門とは縁を切り、特権もなくなる。その人生を皇帝とともに帝国の為に捧げることが彼らの存在意義となるのだ。

 帝国の歴史を見れば、皇帝がただの傀儡であったこともある。それはひとえに皇帝が狭量だったのだ。俺が皇帝になるのは成り行きとはいえ、張りぼてのマリオネットなんぞになってやるつもりはない。

「殿下。実はストラテ王国からの親書が届いております。ゆえに使節団の準備は不要です」

「なに? 親書だと? 通牒ではないのか」

「はい。『占領』された領地はございません。然れば、こちらは親書にございます」

 『占領』の話も俺を試すためのものだったというのか。あまりいい気はしないが、話を続けさせた。

「親書によれば、ストラテ王国は同盟を望んでおります」

「ほう?」

「まず、帝国の軍事力はそもそもございません。先帝の弟君であったリシュアー様がマレルガファル公爵家に養子として臣籍降下なさったとき、先帝は当時軍事の最高責任者だったマレルガファル公爵に全権を譲渡なさってしまったのです。皇室の御子が軽んじられないようにと配慮されたと聞いてはおりますが、この時皇室における軍事力はなくなることになりました」

「それをすべて現マレルガファル公爵がストラテ王国に持って行ったのだろう? そのストラテ王国が同盟を帝国に持ち掛ける必要がどこにある?」

「領地のこともございましょうが、一番は世界均衡でございましょう」

 帝国の領地はストラテ王国の十倍はある。各地に特産物や希少物があり、経済効果は計り知れない。

「なるほどな」

 広大な領地を持つ大陸最大の帝国に軍事的力がなくなったとすれば、各国がこぞって宣戦布告を叩きつけてくるだろう。今、何も起きていないことの方が不思議なくらいだ。

「同盟か…」

「はい。ストラテ王国の提示する条件はいたって合理的なものです。こちらに利点もございます。…ただ一点、何があろうと譲らないと主張なさっているものがございまして…」

「なんだ?」

「ストラテ王国大宰相の弟君、シルバー様とルーク殿下のご婚約です」
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