ネタバレすると、俺が男主人公なことは確定。

杏2唯

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人生は体育祭と同じで予定通りには進まない

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「……俺、もうギブなんですけど」

 体育祭は始まったばかりだというのに、俺はもう完全にヘバっていた。

「ねぇやっぱあんたホントは女なんじゃないの? それか男女……いや、女男?」
「うるせーよ! 二階堂みたいにオトメまで俺を女扱いか!?」
「体力なさすぎなのよ。まだ三種目しかやってないじゃない。しかもまるで活躍してないし」
「あのなぁ! もう三種目連続でやってんだよ! お前一種目も出てないだろ!」

 一学年しかないからか、出なきゃいけない種目がありすぎる。
 その上団長ってせいで団員を率いて応援もしなきゃならない。全然してないけど。いやびっくりするくらいしてないけど。

 徒競走、アメ食い競争、うさぎ跳びレース……どんだけ体力消耗させんだよ一つにまとめて障害物競争にしろ!

 俺がテントの下で座り込んでる目の前で、まだ一滴の汗も垂らすことなく涼しい顔をしてるオトメだけど――俺は知っている。

 オトメは運動音痴だ。
 プライド高いからか本人は決してそんな素振りを見せないけど、俺はあの時見てしまった。
 そう、スポーツテストの時のオトメの記録票を……
 あまりに悲惨なものだったから見ないことにしたつもりだったけど、こんな疲れ切った俺に「大丈夫?」の一言もなかったオトメが悪い。

「……そういや、オトメ今から二人三脚だよな。佐伯と」
「そうだけど、何よ」
「俺は出ないから、ゆっくり休みながら二人の活躍見守ってるからな。いやー楽しみ。オトメと佐伯なんて無敵コンビだよなーっ!」
「あっ、当たり前じゃない」
「だよな! オトメって何でも出来るし足も速いんだろ? 佐伯も運動神経抜群だし、青組の奴らを驚かせてやってくれよ!」
「……そんなのシンヤに言われなくたって最初からそのつもりよ」

 そう言いつつ全くこっちに目線をよこさないオトメ。あれ、さっきまで汗一つかいてなかったのに何か汗かいてないか? しかも冷たい方の。

「あ、いたいたー! 早乙女さん、もうすぐ出番だから行こうっ!」

 そこへうさぎ跳びレースでダントツの一位だった佐伯がやって来る。俺はこんなにゼェハァなのに、佐伯は全然余裕そうだ。どうなってんだ。

「佐伯お疲れ。一位だったな。おめでとう」
「ありがとう麻丘くん。ふふ、連続で出てたからお疲れみたいだね。大丈夫?」
「大丈夫かそうじゃないかっていえば大丈夫じゃなかったけどたった今大丈夫になったっぽい」

 俺が望んでる通りの言葉をかけてくれる佐伯のお蔭でHPは取り戻せそうだ。これだよこれ! こういう労りの言葉って大事なんだよ! わかったかオトメ! とオトメの方を見るけどオトメは下を向いてこっちの会話なんてまるで耳に入っていないみたいだった。

「私早乙女さんとの二人三脚すっごく楽しみにしてたの! 足引っ張らないように気を付けるね!」
「あ、ああ、そうね」

 どう考えても足引っ張るのはオトメだって目に見えてるけどな。

「じゃあ行こっ! 麻丘くんも応援してね?」
「当たり前だろ! 二人とも頑張って来いよー!」

 佐伯がオトメの手を引いて、キャッキャッと嬉しそうににグラウンドへ向かって行く。
 オトメはと言うと――心ここにあらずといった様子だ。今回個人競技には絶対出ないよう徹底していたオトメだけど、佐伯からのごり押しで二人三脚への出場は免れなかったようだ。
 今から足の骨一本くらい折ろうとしてんじゃないかと、少し不安になる。
 
 テントの下の日陰で、今朝佐伯から受け取った団長服という名の特攻服を肩にかけ(暑くて羽織れない)、俺は二人三脚の行く末を見守ることにした。
 次々と選手達が走って行って、最後が佐伯とオトメの番だ。相手は――

「ちょっとトーグー、ヘマしてへきるまでコケるってことになったら許さないからね!?」
「わ、わかってるよ。河合さんこそちゃんとどっちの足からスタートかわかってるよね……?」
「そんなのへきるの気分だからどっちが正解とかないってさっきから言ってるでしょ!」
「…………」

 東宮と河合かよ!? なんでペア組んだんだ!? どう考えても最高にウマ合わないコンビだろ。スタート直前なのに相変わらず口喧嘩してるし。
――ん? 待てよ。もしかしてこれはもしかしなくても佐伯オトメペアチャンスなんじゃないか?
 絶対に東宮と河合がうまく走り切れると思わないし……相当ハチャメチャな走りしない限り勝てるだろ。

 オトメも腹をくくったのか、真剣な顔をして位置についている。その姿を見てるととても運動音痴には思えないし……つーか足長いなオトメ。その長さを活かすことが出来たならどんなによかっただろう。

「位置に着いて……よーいっ」

 バンッ! とスターターピストルが空に放たれた。オトメにとってはまるで自分が撃たれたも同然なその音と共に、勢いよくまるでバラエティ番組かのように横一列四人がコケる。おい、両者共一歩しか踏み出せないってどういう事態だよギャグか!

「大丈夫? 早乙女さんっ!」
「だ、だいじょうぶよ……」
「このボケカスガリ勉野郎ぅぅぅぅ!」
「ボクのせい!? 理不尽だよ!」

 佐伯は倒れたオトメを支えてゆっくり起き上がらせ、河合はコケた怒りで東宮に掴みかかる。
 オトメは顔を真っ赤にしながら必死に体勢を立て直し、佐伯の掛け声に合わせて足を踏み出してみるもののやはり苦戦している。天性の運動音痴なんだなと俺はそれを見て確信した。

 何度も躓いて、コケて、あの“早乙女忍”が地面に倒れる姿を、誰が想像しただろうか。そんな姿を見られるなんて、オトメにとってどれだけ屈辱的なことだろうか。
 そしてそんなオトメに文句の一つも言わずに、笑顔で何度も手を差し伸べる佐伯。早乙女と走れることを、決まった時からずっと楽しみにしていた佐伯。
 一歩も進まず永遠に喧嘩している敵チームの見知った顔二人はどうでもいいとして。

「……よし」

 俺は、赤組団長として、動くことを決意した。
 団長服に袖を通し、ハチマキを結び直す。
 そして、佐伯とオトメの元へ走った。

「あと少しだから、頑張れ! 佐伯、オトメ!」
「……シンヤ」
「麻丘くん!」

<おおっとーーっ! ここで赤組団長、アサシンが仲間のピンチを見て乱入だーーーっ!>

 実況入れんな! ってそんなことはどうでもいい。それに確かに俺は仲間のピンチを救いに来たんだ。
 俺はポケットからヒモを一本取り出して、それを佐伯とオトメに見せる。

「三人四脚するぞ!」
「……はぁ!? ば、馬鹿シンヤ何言ってんのよ!」
「うるせーな黙って大人しくしてろ。オトメが真ん中でいいよな? 佐伯」
「うんっ! 団長!」
「ちょっと、何勝手なこと」

 俺はオトメと自分の右足をヒモで結んで固定する。これで三人四脚の準備は整った。

<こ、これは何と! まさかの競技自体に乱入の三人四脚かー!? さっきまで連続で競技に出ていたのにどれだけ出たがりなのか!>

「余計なお世話だ! ……ったく相変わらず悪意しかない放送だな」

 文句をたれながら横を見ると、不安そうな顔をしたオトメと目が合った。その向こうには、やる気に満ち溢れ微笑んでいる佐伯がいて。

「大丈夫だオトメ! お前の両隣には俺と佐伯がいる。お前の唯一の友達の二人がな」
「なっ! ゆ、唯一って、もっといるわよ……多分」
「だから安心していい。コケそうになったら、俺と佐伯で支えるから、ビビんないで前だけ見てろ」
「そうだよ早乙女さん。……私一人じゃ力不足だったかもしれないけど、この三人なら無敵だよ!」
「……っ!」
「よし、じゃあまずは右足から――せーのォっ!」
 
 俺の合図と共に、三人同時に走り出す。
 俺が言うとおりにしてくれているのか、オトメは無我夢中に前だけを見て、俺と佐伯の掛け声に合わせてぎこちないながらもしっかりと足を前へと進めている。
 さっきコケまくってたとは思えない、安定感が俺達の中に生まれていた。

「ちょっと! 何でアサシンが乱入してんの!」
「麻丘くん、いつの間に……」
「これもうへきるとトーグー負け確定じゃん!」
「うーん、待って河合さん。これもしかしたら僕らこのままでも勝てるかもね……こんな勝ち方どうかと思うけど」
「どういうこと? 今すぐ説明しろボケカスクソクソガリ勉!」
「…………見てればわかると思うよ」

 目の前にゴールテープが見える。
 たったこれだけの距離走るだけなのに、まるでフルマラソンしててやっと見えたゴールかのように思える。

「頑張って早乙女さん! もう目の前だよ!」
「オトメ、そのままその調子!」

 そしてそのまま、俺達はゴールテープを切った。

<やっと赤組が先にゴーーール! いやー、これは面白い勝負でした!>

「よっしゃ! 勝ったぞ!」
「やったね麻丘くん! 早乙女さん!」
「…………」

<尚、これは二人三脚のため、赤組はルール違反による失格となります! ドンマイアサシン! 勝者は青組です!>

「なァァアアアァ!?」

 は!?  待て待てここまでの感動的な流れどうしてくれんだよ! 二人三脚も三人四脚も同じだし寧ろ三人四脚のが難しいんじゃ!?

「ゴ、ゴメン……俺余計なことしちゃったみたい」

 失格、って。颯爽と登場して救世主気取っといて、俺めちゃくちゃダサい。ダサすぎる。河合に殴られて眼鏡ズレてる東宮くらいダサい。
 穴があったら入りたいけど生憎そんな都合良く穴なんてある筈もなく、俺はその場にうなだれた。

「あんなことしたら失格になるに決まってるじゃない。バカシンヤ」
「なっ! あ、あのなぁ、俺はお前の為に――」

 こんな状況でも憎まれ口しか叩けないオトメに反論しようと顔を上げると、そのまま俺の顔面に、バサッとタオルが降って来た。投げ方が乱暴すぎるだろ。
 何かと思い手に取ると、そこには最近よく目にする、うさぎのキャラクターが描かれたタオルがあった。

「あたしのせいで余計な汗かかせちゃったみたいだから、今日一日それ貸してあげる」
「……オトメ」
「ちゃ、ちゃんと洗って返しなさいよ! あ、あと、えっと、その……二人とも、ありがとう。足引っ張って、悪かったわ」
「「!」」

 申し訳なさそうにお礼を言って、ちゃんと謝るオトメを見て、俺と佐伯は顔を見合わせてから笑った。

「ぜーんぜんっ! 私三人で走れてすっごく楽しかったよ」
「俺も。結果はまぁ、俺のせいでちょっとアレになっちゃったけど……これはこれでいい思い出だろ」

 喧嘩してただけで勝利した河合と東宮に関してはちょっと不服だけど、それはそれであいつららしい勝ち方な気もする。普通に勝負してたら何やっても勝てなそうだしなあの二人。


「よし! この調子で次の競技も……って次何だっけ?」
「次は確か借り物競争だった気が……私は出ないからお休みだぁ~早乙女さんは?」
「あたしはもう団体競技以外何もないけど」
「やっべ! 俺出場競技だ! 行って来る!」

 ゴールしたばかりだってのに、俺はすぐにまたスタートラインへと戻る羽目になった。
 オトメから借りた俺には似合わない可愛らしいタオルで汗を拭いながら、俺は二人三脚にも無駄に出場してしまったことにより休憩なしのまま今日五種目へと突入する。

「アサコ! 一緒に走れるなんて嬉しいよ!」
「……げ」

 自分の走る順番位置に着くと、隣にはさっきのキラキラな姿とは違い普通の体操着姿に戻っている二階堂の姿があった。それでもキラキラして見えるのは何でだろうと一瞬思ったけど、こいつがキラキラ見えるのはいつものことだ。
 でもよりによって相手が二階堂じゃなくてもいいだろ。普通に競技する倍以上疲れるに決まってる。
 借り物競争は四人同時スタートだ。俺は一緒に走るもう一人のチームメイトに全てを託すことにした。実際今の俺は体力もあんまり残ってないし、全く赤組に貢献出来る自信はない。てか俺今日まだ一回もチームのプラスになるようなこと出来てない気が――

「それにしてもさっきのアサコは素晴らしかったよ。仲間のピンチを救うヒーローのようだった」
「やめろ、思い出させるなって」
「どうして?」
「その結果俺のせいで失格だぞ? ヒーローになりきれないってかなんていうか……まぁそれが俺っていう人間なんだけどさ」
「結果なんて関係ないよ。あの時ああいう行動が出来るアサコを、僕は素敵だって思ったんだ」

 二階堂は真面目な顔してそう言った。いつも整ってる顔が心なしか更に整ってるように見える。そんな風にちゃんと褒めてもらえるなんて思ってもなかった俺は、恥ずかしいような、嬉しいような、よくわからない気持ちになった。

「お前がそうやって俺を褒めてくれんのは―ー悪い気はしない」

 何しろ今まで人に褒めらるとかなかったもんで。こんな自分より明らかに何もかも格上であろう人間に褒められて実際嬉しくないワケない。

「アサコが求めるなら、いくらでも褒めてあげるさ」
「遠慮します」

 即答したところで、俺達が走る順番になった。
 借り物競争は走るスピードより運だ。頼む、簡単なお題であってくれ……! さっさと終わらせてさっさと休みたいんだ俺は!

 スタートを告げる合図と共に、俺も二階堂もその他三人も一斉に走り出し――と思ったら二階堂はキャーキャー騒ぐ自分のファンであろう奴らに手を振りながら歩いていた。
 何なんだよあいつやる気あんのか!? それとも歩いても余裕ってことなのか!? どっちにしろムカつく!
 あんな奴に負けたくないと急に戦闘モードに入った俺はうおおおおおと声を上げながら必死に走り、お題が入っているボックスに乱暴に手を突っ込んで勢いよく紙を取り出す。

 女子、とか、男子、とか簡単なお題だったらイイナーなんて思ったけどそんなのこの学園では絶対に有り得ない。逆に実際書いてあっても困る。
 ふぅ、と軽く深呼吸しながら二つ折りにされた紙を開くと、そこに書いてったのは――

「猫耳をつけている人……猫耳!?」

“猫耳”という単語を聞いて、俺はすぐにピンときた。これは神引きだったかもしれない。だって俺は猫耳を今朝見たからだ。佐伯が俺用に用意してくれていた猫耳を!
 そうか、あの猫耳にもちゃんと意味があったんだな。ナイス佐伯、入学してから何回佐伯に救われたことか。
 俺はテントの下で待機している佐伯の元まで走る。他の選手もまだ誰も借り物を見つけられていないみたいだし、このまま順調に佐伯から猫耳を借りられれば――勝てる!

「佐伯っ!」
「麻丘くん! もしかして私の出番!?」
「その通りだ! お題が猫耳つけてる人っていうので、佐伯今日猫耳持って来てたよな!? それつけて、俺と一緒にゴールしてくれ!」

 自分で言いながら、この状況が最高なことにも気付く。だって、猫耳つけた佐伯が見られるなんて……しかもそんな佐伯猫耳verと一緒に走ることが出来るなんて!
 体育祭、来てよかった。やっとそう思うことが出来る。
 しかしそんな俺のテンションとは裏腹に、佐伯は困ったような顔をしていた。

「ゴメン、麻丘くん。あの猫耳さっき早乙女さんにつけてもらってて、私今持ってないの……」
「えっ……」

 つまり? 今猫耳持ってるのはオトメってことか? 

「早乙女さん、すっごく似合ってたのに恥ずかしがっちゃって、どこかに消えちゃった」
「まじかよ……」

 オトメは現在行方不明で、他に猫耳持ってる奴――いるワケないよな。
 だったらもうオトメを捜す以外手段は残って――あれ。

「オトメ!」
「っ!?」

 もうダメかと思ったその時、手に猫耳を持ったオトメがテント下に現れた。ひっそり戻るつもりだったのか、突然名前を呼ばれ肩をビクッと跳ねさせて驚いている。

「オトメ、そのままその猫耳つけて俺とゴールまで走ってくれ!」
「はぁ!? 何言ってるのよまたあたしに恥かかせたいの!?」
「そうじゃなくて、時間ないんだって! 早くつけろ!」
「ちょ、やっ、やめなさいよっ!」

 本来ならオトメから猫耳だけ回収し、佐伯につけてもらって佐伯とゴールすればいいだけのことなのに、焦りまくっている今の俺にはそんな簡単なことさえ思いつくことが出来なくて。
 嫌がるオトメを必死で説得していると、急に後ろから肩をポンッと叩かれる。

「何だよ今取り込み中――」
「やあアサコ、迎えに来たよ」

 振り向くとそこには王子様――じゃなくて変態野郎の二階堂が笑顔で立っていた。

「迎えに来たって……何してんだよお前お題は!?」
「だから、アサコを迎えに来たって言ってるだろ」

 二階堂は王子スマイルのまま、自分の手に持っているお題の紙をずいっと俺の目の前に掲げる。

“可愛い人”

 その紙には、確かにそう書かれていて、俺は本気で自分の目も、別の意味で二階堂の目も疑った。

「お前、頭大丈夫か……?」
「うん? いつだって正常だけど……もしかして暑さでやられちゃってると思って心配してくれたの?」
「いや大丈夫だ、お前の頭は年がら年中暑さでやられてるもんな」
「とにかく、僕がゴールするには可愛い可愛いアサコが必要なんだ! 早く一緒にゴールへ! 手を繋いで! さあ!」
「何でだよ! 大体俺も競技中なのに借りられる側になるっておかしいだろ!」
「細かいことは気にしなくても……もしかしてアサコはまだお題のものが見つかってないとか?」
「いや、見つかってるんだけどさ、猫耳つけた人ってお題なんだけど……」
「なんだ! じゃあこうすれば話は早いね!」

 俺の言葉を聞いて、二階堂はオトメの持っている猫耳を奪い取ると、自分の頭にそれをつける。
 その瞬間、ギャラリーから物凄い歓声が上がった。

「これで一緒にゴール出来るよ」
「……そうだな」

 もうどうにでもなってくれ。
 俺はそのまま、猫耳をつけた二階堂と共に団長同士でゴールした。結果は三位と四位。二階堂に至っては、お題と合っていないという理由で失格にされていた。いやそれ傷つくの俺なんですけど。


 そんなこんなで、案の定ハプニングだらけになった体育祭はその後も進んで行った。
 お昼ご飯は佐伯が作ってくれたお弁当を囲み、午後の団体競技では玉入れで玉を一発も外さす入れまくる佐伯、綱引きで馬鹿力を発揮し勝利に導いてくれた佐伯――ととにかく佐伯の活躍により、個人競技でつけられた青組との差を縮めるどころか追い越すことに成功。

 そして、現在赤組410点、青組380点。この状態で、最後の競技、組対抗リレーが今から始まる。
 各組ごと、足が速い奴らでチームを作り、アンカーを務めるのは、団長である俺だ。だから必然的に青組のアンカーは二階堂ということになる。

 スタンバイしなきゃいけないのに、何故かめちゃくちゃ緊張していた。
 このリレーは、結果を大きく左右するからだ。
 勝者に何点加算されるかは知らないけど、俺達赤組が勝てば、勝利が確定する。逆に青組はこれに負ければ負けが確定し、勝てば逆転も有り得る――
 俺達はどうしても逃げ切らなければならない。そんな大事な種目のアンカーが……俺。
 足は速くも遅くもない。普通だ。俺は通っている学校以外は何もかもが普通なんだ。つまらない人間なんだ。
 
「あー、ヤバ、吐きそうになってきた」
「麻丘くん!」

 緊張で気持ち悪くなってお腹をさすっていると、佐伯が駆け寄ってくる。
 佐伯はもちろんリレーに参加する選手で、俺の前の走者だ。

「佐伯、どうしたんだ? リレーもう始まるぞ」
「うん、でもその前に、麻丘くんを勇気づけに来たよ」
「……俺を?」
「私、絶対に青組の人より先に麻丘くんにバトン渡すから! どんなに大差つけられてたとしても、絶対私が追い越してみせるから!」
「佐伯……」
「だから麻丘くんは、さっき早乙女さんに言ってたみたいに――前だけ真っ直ぐ見て走って!」
「!」

 それじゃあ、時間だから行くね、と佐伯は俺とは反対側のスタート位置へ戻って行く。
 そうだ。俺、一人で戦ってるワケじゃないんだ。今朝からずっと、誰かに助けられて、助けて来たんだ。
 それにまだ俺は今日一度もカッコ良いところを見せられてない。

「よしっ! 最後決めてやる!」

 団長らしいとこ、見せてやる。
 ビビってる場合じゃない。頑張れ俺! 負けるな俺!

 急に気持ちがスッと落ち着いて、周りの景色もちゃんと見えるようになって来た。
 今日何回も聞いたピストルの音が鳴り、第一走者がスタートする。お互い足の速い奴を選抜しただけあって、差はほとんどない。

「アサコ、最後の勝負だね! 一緒にゴールするっていうのも美しい終わり方でいいと思うんだけど――」
「二階堂、お前、絶対手ぇ抜くなよ」
「……アサコ?」
「俺のこと好きだからって手加減とか絶対にするなって言ってんだ! 正々堂々勝負しろよ!」

 二階堂のことだから、自分が先を走っていたら俺を待ってしまいそうな気がした。だから先に釘を刺しておく。

「――わかったよ。正々堂々戦おう。結果がどうなろうとも」
「――よし」

 そんな会話をしていると、反対側にいる佐伯がバトンを受け取ったところだった。
 少し前を走っている青組の選手にすぐに追いつき、言葉通りそのまま追い越して、佐伯は差をつけたまま俺のところまで走って来る。

「団長!」
「任せろ!」

 パシッと綺麗に佐伯からバトンを受け取ると、俺はそのまま全力で走り出した。
 佐伯が青組の選手と差をつけてくれたお蔭で、二階堂が足が速くても俺がこのまま走ればそう簡単に追いつけないだろう。
 悪いな二階堂、勝ちは俺が――俺達がもらったァア!

「おわっ!」

 勝利を確信した瞬間だった。
 こんなに足を高速に動かしたことが今までなかったからだろうか。何もない地面に躓いて、俺は派手にズッコケた。
 顔面は砂だらけ。バトンは近くに転がってしまっている。俺は慌てて起き上がろうとしたけど、転んだ衝撃で足を少しひねったのかすぐに立ち上がることが出来なかった。

「アサッ……」

 そんな俺を呼ぶ、二階堂の声が一瞬聞こえた気がした。気がしただけで、実際に呼んだかどうかは定かではない。
 そのまま二階堂は俺を追い越して行く。俺もバトンを拾い上げ必死にまた走り出したけど――ゴールテープを先に切ったのは、二階堂だった。

 結果、リレーは青組の勝利に終わった。

 マズイ。これは非常にマズイ。
 足も何かマズイ気してきたけどそれよりもこの状況ガマズイ。

 佐伯があんなに頑張ってくれたのに、前だけ見て走った結果がこれかよ!
 絶対勝てたのに、俺のせいで負けた。団長が一番チームの足引っ張るって何事だよ。合わせる顔もない。

「麻丘くんっ! 大丈夫!?」
「さ、佐伯、ゴメン、俺」
「そんなこといいから! 結構派手にコケちゃってだけど、うわ、擦りむいて血出てる!」
「え!? うわ、血出てること自分で気付いてなかった……」
「保健委員の連中から消毒液と絆創膏もらってきたわよ」
「オトメ!」

 合わせる顔がないと思ってるのは、俺だけだったのか。
 俺の周りにどんどんチームメイトが集まって来てくれて、俺の傷の心配をしてくれた。
 誰一人、俺を責めることもなく。コケたことすら、笑い話にしてくれた。

「……アサコ、だいじょ――」
「ねー、ちょっとガッカリだったよね、二階堂くん」
「思った。つーかあんなコケてんのにチャンスといわんばかりに追い抜いてたもんな」
「しかも、あの二人仲良いんでしょ? それなのにねー」
「友達見捨てて、自分が勝ちたかったんじゃない?」
「…………」

 その反対に、二階堂がどう言われてたかなんて知らずに。
 俺はリレーに負けたけど、心は晴れやかだった。



「それでは、最終結果を発表します!」

 最初の開会式と同じ位置につき、校長が壇上に上がり、結果発表をする。いよいよ、運命の時間だ。俺はゴクリと生唾を飲み込んだ。

「最終結果は、こうなったわ!」

 校長の声と共に、点数が書かれている大きな看板にかぶせられていた大きな布が取り外される。
 頼む、勝利であってくれ――!

 点数を見て、グラウンドはざわめきに包まれた。

「ど、同点!?」

 410対410。
 リレーで加点される点数は、そうやら三十点だったらしい。でもこの場合ってどうなるんだ? 引き分け?

「まさかの同点……逆に奇跡よ! でも勝負にはきとんとシロクロつけなきゃいけないとワタシは思うの」

 性別のシロクロはあやふやにするのに? と思ったが黙っておいた。

「と、いうことで、最後は団長同士のじゃんけんで勝負よ! これに勝った方が勝ち!」
「――は? じゃんけん?」

 最後がじゃんけん!? 逆に今までの戦いは何だったんだと問いただしたくなる提案なのに、周りはもう俺を応援しだしている。入学式の時から思ってたけどお前らの受けいれ能力のスキルなんなの!?

「……よし、準備はいいか。二階堂」
「いつでもオーケー、だよ」
「行くぞ――最初はグー! じゃんけんっ!」

 ポンッ! 誰もが見守る中、俺が出したのはチョキ、二階堂が出したのは――パーだった。

「いよっしゃあああああ!」

 わああっとチームメイトからの歓声が聞こえる。

「よくやったアサシンー!」
「団長素敵ー!」

 喜ぶチームメイトの声を聞いて――団長も悪くないな、なんてちょっとだけ思っていると、佐伯とオトメが俺の元にやって来る。

「信じてたよ! 団長! ふふっ」
「運だけはいいみたいね、シンヤ」
「――何かもう俺今めちゃくちゃハッピーなんですけど!」

 あんなに憂鬱で仕方なかった今日、こんなに笑える瞬間が来るなんて。
 やっぱり村咲学園は、何が起きるかわからない。

「あれ、そういや二階堂は……?」
「そういえば見ないね。いつもなら絶対麻丘くんのとこに来るのに……」
「さすがに負けてヘコんでんじゃないの。負けたことなんてなさそうだし」
「俺ちょっと捜してくる!」
「ちょ、シンヤ!?」

 二階堂に言いたいことがあった俺は、さっきまで隣に立っていたのに姿を消した二階堂を捜しに一旦赤組の輪から抜ける。
 青組の中心で囲まれているのかと思ったのに、何故か二階堂は少し外れた場所で一人ポツンと立っていた。

「二階堂っ!」
「……ああ、アサコ。負けたよ。おめでとう」

 話しかけるといつもの二階堂で、特に悔しがっている様子もなく、俺に笑顔を向ける二階堂。

「あのさ」
「うん?」

「さっきは、約束守ってくれてありがとな」
「……え」

 リレーの時、俺がコケて、多分二階堂は俺を助けに来ようとしたんだと思う。
 その時、俺の名前を発したんだろ? あの時は勘違いかもと思ったけど、あれは多分――いや、絶対二階堂が俺を呼ぶ声だった。
 でも俺が走る前に言った言葉を思い出して、二階堂は自分の走りだけに集中してくれたんだ。正々堂々の勝負だったから。コケたのも俺の自業自得だったし。

 俺は先を走って行く二階堂の背中を見て、純粋にこう思ったんだ。

「悔しいけど、やっぱお前は最高にカッコ良い男だよ」
「…………!」
「まっ、運は俺の方が強かったけどなーっ!」

 言いたいことだけ二階堂に言って、俺はそのまま佐伯やオトメがいる赤組のところへ帰る。その途中に河合に絡まれ、東宮がそれを止めに来て……結局帰るまでにめちゃくちゃ時間かかったけど。


 体育祭を全て終えて、疲れ切った体で家に帰る。今日はさっぱりした晩飯が食いたい。豆腐とか食いたい。

「ただいまー」
「あら伸也、おかえりー。どう? 楽しかったの体育祭は」

 楽しいワケあるか! って、即答する予定だったんだけど。

「――まぁ、楽しかったよ」

 残念ながら、予定通りにはいかないのが人生だ。


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