ネタバレすると、俺が男主人公なことは確定。

杏2唯

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ただの男子高校生VS生まれながらの王子様

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 それから体育祭までは怒涛の日々だった。
 学級委員会で体育祭準備の話し合い、他委員との当日進行のやり取り、準備に加え赤組団長としての話し合いや準備。

 最早学級委員の仕事なんて他でいう体育祭実行委員そのものだった。ていうか体育祭実行委員ってのを作ればよかったんじゃないの? そしたら俺達こんな放課後ヒィヒィ言いながらグラウンド駆け回ったりしなくて済んだよな? 学級委員って雑用こなすパシリのことだっけ?

 それもこれも、体育委員という存在を忘れていたこの学園のせいだ。
 こういうのは普通体育委員がやるんじゃないかとしののんに聞いた時に“体育委員っていう委員会を忘れてたんだよね~来年から作るから~”と言われ白目を剥きそうになった。何で来年なんだよ今すぐ作れよ。

 オトメと河合と何度もバックレる作戦を立てていたが、一生懸命体育祭の準備をする東宮の姿を見るとさすがの俺達も良心が痛んで、結局文句を言いながらも働きアリのように働いた。
 時々オトメのクラスの熱血担任が手伝ってくれ、ジュースを奢ってくれることがあって、俺はそれをみんなで飲んでる時間だけはちょっと青春してるなって思えて好きだった。

 団長の方の仕事はというと、当日着る服装を決めたりとか、応援の掛け声決めたりとかそういう感じで、団員は作っても作らなくてもいい。
 めんどくさいので団員の募集はしないし応援の掛け声は“フレーフレー赤組”にした。シンプルイズベスト。

 一番困ったのは当日着る団長服で、団長はわかりやすいように他より目立つ格好をしろって言われたものの今まで目立ったことがない俺は何を着ればいいかが全く思いつかなくて(二階堂はすげー格好しそうだけど)
 教室で頭を抱えていると、天からのお告げがーー

「麻丘くん、学級委員の方も大変そうだし、私が作って来てあげる!」
「え!? マジで!?」
「うん! おばあちゃんが裁縫得意でね、私も今練習してるの!」

 佐伯からの願ってもない提案。裁縫練習してるとか女子力バンバン感じるよ佐伯!
 こうして団長服への心配もなくなり、順調に準備は進んで行く。
 心のどこかでやっぱり団長をやることがめんどくさいのと、俺の中で黒歴史になる気がして最後まで乗り気にはなれなかった。

 そしてやって来た体育祭当日ーー天気は快晴。体調も万全。何でだよ。雨降れよ。風邪引けよ。

「じゃーん! 佐伯那智お手製アサシン団長服ー!」

 当日一番に俺を待っていたのは団長服を両手で広げて楽しそうに笑っている佐伯。
 よかった。これだけで今日はいい日になりそうな予感がする。これが佐伯じゃなくて二階堂だったら朝からブルーもいいとこだ俺赤組なのに。

「佐伯、ほんっとにありがとな! 助かったよ」

 今度放課後クレープでも奢ってあげよう。別に佐伯と放課後デートしたいからとかじゃないからな? お礼だからな? 

「全然! それより早く着てみて!」

 佐伯に渡された団長服を広げてみる。赤い布だったそれが、本来の姿を現した。

「……えっと、これっていわゆる特攻服ってヤツだよな?」
「そうだよ! かっこいいでしょ!」

 え、やっぱ佐伯って元ヤンとかなの!? 特攻服に萌えちゃう子なの!? 前絡まれた不良を簡単に倒せちゃったのも自分もやんちゃしてたからだったりするのか!?

 真っ赤な特攻服、背中には大きくやたらカッコ良い字体で“アサシン団長だにゃー”の文字。
 服と文面と字体の温度差がすごいんですけど。

「これは……?」
「それは猫の尻尾だよ! ちょっと可愛い要素も入れたくて」

 お尻あたりについてるモフモフしたものを触ると、佐伯が嬉しそうに説明してくれた。完全に佐伯の趣味以外の何でもないってことね、うん。

「耳も用意してるんだよ!」

 純粋無垢な笑顔で俺を羞恥の奈落へ突き落とす気か佐伯那智。
 俺みたいな地味な奴が真っ赤な特攻服着るだけでも笑いものなのに尻尾まで生えてんだぞ!? プラス耳まで付けろと!?
 いくら佐伯の頼みでもそれは聞くことが出来ない。
 でも目の前で猫耳を持って笑う佐伯の笑顔を曇らせてはならないと、俺の脳が警告している。

「耳まで用意してくれたのは嬉しいんだけど、ハチマキ巻かなきゃなんないだろ? だから耳はちょっと邪魔になっちゃうかなーなんて……」
「……そっかぁ。言われてみればそうだよね」

 そう言って残念そうに猫耳をしまう佐伯。神回避。よくやった俺。佐伯を傷付けることなくこの場を乗り越えたぞ。

「でも本当にありがとうな佐伯。俺の為に準備してくれて」
「全然! 毎日頑張ってる麻丘くんと早乙女さん見てて、私も何か役に立ちたいなと思ってたから、寧ろこちらこそありがとうだよ」
「佐伯……」
「今日は絶対優勝しようね! 団長!」
「ーーおう! 絶対だ!」

 笑い合いながら佐伯と拳を合わせる。
 やる気なんて皆無だったけど、頑張ってもいいかなーなんて思えて来た。
 どんな理由であれ、みんなが俺を団長に選んでくれたんだし。もしかしたら最初で最後の団長かもしれないし。

「ま、楽しまなきゃ損ってことか」

 そろそろ時間だ。
 俺は佐伯が作ってくれた赤い特攻服を身に纏い、本日の戦場となるグラウンドへと向かった。

****

「アサコ! 遂にこの日が来たね! 今日は敵同士だけど心の中ではいつも君の味方だってことを忘れないでくれ!」

 体育祭開始直前、二階堂がやって来た。何か喋ってるけど見た目のインパクトが強すぎて言葉が全く耳に入って来ない。

「お前、その格好ーー!?」
「ああ、本物の王子みたいだろう?」

 二階堂の団長服は、青色のきらびやかな王子様のような衣装だった。
 その姿はまさにどこかの国からやって来た王子様そのもので、下だけ学園のジャージっていう明らかにアンバランスなところもまったく気にさせないのは完璧なビジュアルを持った二階堂亮という人間だからこそなんだろう。
 案の定、王子二階堂の登場で周りから黄色い声が聞こえてくる。これは二階堂のファンじゃなくても見惚れてしまう気が……って何敵のこと絶賛してんだよ俺!

 ふざけんな! もっと変な格好しろよ! お前なら着ぐるみだって着こなせるくせに、ガチでキメに来てんじゃねーよ!

「一番のポイントはマントなんだ! これをアサコに見せたくて!」

 そう言いながら二階堂が後ろを向くと、王子衣装と同じ青色のマントがひらりと揺れた。
 そこにはデカデカと“アサコ命”と刻まれている。

「なっ! 馬鹿だろお前! 青組全く関係ねーだろ私情を挟むな恥ずかしいことすんな俺を巻き込むな!」
「アサコ、喜んでるのはわかったからそんな一気に気持ち伝えられてもわからないよ。ゆっくり一つずつ、ね?」
「喜んでるんじゃなくて全部クレームだよ! 今すぐマント外せ!」
「マント外したって、ここにも同じこと書いてるけどね」

 二階堂が自分のハチマキを指差すとそこにはマントに刻まれてる文字と同じ言葉がーー

 団長がこんなんで、青組の奴らが不憫でならない。

「アサコも素敵な格好をしているね。何と言うかーーすごく刺激的だよ!」
「刺激的って何だよ」
「情熱的ともいうね」
「色だけだろ」

 ダメだ。こいつの相手してたら今から開始ってのに無駄な体力を消耗してしまう。今から嫌ってほど消耗すんのにこんなとこで大事なHPを削りたくない……

<まもなく開始します。選手のみなさんは入場口へ移動して下さい>

 放送が流れ、他の生徒の奴らも動き始める。

「いよいよだね。それじゃあアサコ、今日は素敵な戦いにしよう!」 
「……そうだな」

 俺と二階堂もそれぞれ指定の位置へと向かった。

<プログラムその一、選手入場です>

 いよいよ、体育祭のプログラムがスタートする。
 俺は赤組と書かれたプラッカードを持ち先頭を歩いた。いつも後ろを歩く立場だった俺が、前に誰もいない道を、何十人もの生徒を引き連れて歩いている。
 その現実を考えるといきなりとてつもなく緊張して来て、足取りがぎこちなくなってしまった。

<赤組の入場です! 団長は何とA組で学級委員もやっている麻丘伸也! 誰もが知ってる麻丘伸也です! 入学式の時の勇姿には誰もが胸を打たれました! そして思い出し笑いしました! 望み通りの素敵な恋愛は出来ているのか! 今日この体育祭で恋が生まれるかも! 頑張れアサシン! 頑張れ赤組! 負けるなアサシン! 負けるな赤組! 赤組の応援と麻丘伸也の恋の応援よろしくお願い致します!>

 余計なお世話だ! つーか何なんだよこの放送! 放送委員の原稿ちゃんとチェックしとけばよかった……

<続いて青組の入場です!>

 きっと二階堂は堂々としながらプラッカードを持って歩いてるんだろうと思いチラッと様子を伺うと、プラッカードを持っているのは東宮で、二階堂はその後ろで騎馬に担がれながら笑顔を振りまいている。

 東宮、嫌な仕事は断っていいんだぞ。

<青組団長はこちらも学園内で知らない人はいない! 村咲学園のプリンスといえばこのお方、二階堂亮様! その美しすぎるルックスは男女ともに虜になること間違いなし! 美しすぎるのは罪なのか、綺麗すぎるのは罪なのか、イケメンが過ぎるのは罪なのかーーしかし誰も王子を罰することは出来ない! 何故なら彼は、二階堂亮様だから! 最高青組! 最高王子! 王子の青いマントに溺れたいいぃぃぃ!>

「おい俺の時と全然違うんですけど!?」

 聞いててプラッカードをへし折りそうになった。放送委員に二階堂の熱狂的ファンいるだろ絶対!

 そうこうしている内に青組も定位置に着く。
 隣に並んだ二階堂を横目で見ると目が合ってしまいウインクをされた。鳥肌。

<プログラムニ、校長挨拶>

 放送と共にどこからかいきなり校長が現れる。今日も安定の白衣だった。どこかでピチピチのジャージ着てる校長の登場を期待してた自分がいて急に切ない。
 
 校長はグラウンドの小さな壇上に上がるとマイクの前に立ち、入学式と同じように全体を一度見渡した後に妖艶な笑みを浮かべる。
 まるで今からイケナイことが始まるみたいだ。まぁ残念ながらただの体育祭なんだけど。

「いい天気に恵まれて、絶好の体育祭日和を迎えました。体育祭は、村咲学園初の大きなイベントです。みんは悔いのないよう、正々堂々戦って、最後は赤も青もグチャグチャに混ざり合っちゃいなさい! それではーー最高の体育祭フェスティバルを!」

 グチャグチャに混ざり合っちゃったら結局ムラサキ色だよもう紫組一組作って全員で楽しく運動すればよかったんじゃとか思いながら校長の言葉に拍手を送る。

<プログラム三、選手宣誓>

ーー来た。俺の団長としての最初の出番。
 選手宣誓は、赤組と青組の団長がやることになっていて、つまり俺と二階堂の役目だ。

 プラッカードを置いて、俺と二階堂は壇上の前へと足を進め、二人同時にビシッと手を挙げる。
 選手宣誓は東宮が考えてくれた文を一言ずつ交互に言うだけだし楽勝楽勝。 

「宣誓! 我々選手一同は!」

 まずは俺から。俺なりに必死に大きな声を腹から出す。

「スポーツマンシップにはのっとらないで愛する人に自分の勇姿を見てもらうことを一番に考えながら一応正々堂々戦い抜くことを」

 二階堂ぉおおおおお!
 お前東宮の書いてくれた文章読んだ? 何で味付けしちゃうのそんな濃いめに! 後ろでプラッカード持ちながら東宮泣いてるぞ!?

「……アサコ?」
「あっ、ち、誓います! 村咲学園一年A組麻丘伸也」
「一年C組二階堂亮」

 二階堂の独自アレンジに心の中でツッコミまくってたら自分の言うところ忘れてた……二階堂が呼んでくれて我に返ったけど元凶お前だからな!?

<次のプログラムに移ります。赤組、青組のみなさんは各チームごとに指定の位置について下さい>

 いよいよ、各種目がスタートする。
 こっからはぶつかり合いだ。

「ーー青組には負けないからな」
「僕だって、好きな人より弱いなんて結果を出すつもりはないよ」

 ただの一般男子高校生俺率いる赤組とーー
 生まれながらの王子二階堂率いる青組の壮絶になる予定の戦いーー

 幕は切って、落とされた。


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