私は犬と暮らしています

たみやえる

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4.彼の死・1年後

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 舞台の仕事が終わり、再び無職・役者志望に戻った九弥は、家事に精を出しつつ最近頭頂部のことばかり気にしている。そんな彼を目にするたび、私は逃げ場のない寂しさに胸をかきむしりたくなる。
 そこまで気にするのは、やっぱり若い子にカッコつけたいんだよね。
――それなら、私とさっさと別れればいいのに。
 ……とは、自分から言えなくて。
「若年性のハゲはストレスが原因だってさ」
 夕食時、そんな風に言われて私はカチンときてしまった。
「朝、ジョギングでもしたら?」
 食べ終わった食器を片付けがてら、椅子に座ったままの九弥のお腹をぐいっと摘む。
「痛た! 何すんだよ」
「毛根もお腹も緩んでるみたいだから。ストレス解消には運動が良いみたいよ」
 私が皮肉たっぷりに言うと、九弥は「うーん」と考え込んでから、
「じゃあ、犬飼おうか」
と言った。
「は?」
「だってほら、散歩って言ったら犬でしょ。このマンション、確かペット可だし」
 そんな会話をした一週間後、彼は死んだ。
 早朝、一人ジョギング中に倒れてあっけなく。心筋梗塞だった。
――全部私のせいだ。私が、運動しろなんて言わなければ。
 三十歳になれば、人生変わると思ってた。まさか、こんな風になるなんて思ってもみなかった。
 後悔と懺悔を繰り返しているうち、あっという間に一年経った。
 その日は休日だった。洗濯も掃除も終わらせた私は他にすることもなく、時計がわりに垂れ流しにしているテレビを、ただぼうっとテーブルに頬杖ついて眺めていた。CMに入ったところでテーブルに置いたスマホが鳴った。(誰だろう?)友人関係はあらかた結婚して疎遠になっているし、実家にはこの間電話したばかりだし……と画面をタップして耳に当てる。
『三枝さん、お久しぶりです』
 それは百合からの電話だった。 
 私の部屋を訪れた彼女は仏壇代わりに飾っている九弥の写真に手を合わせると、こちらに向き直った。
「生まれたんです」
「あ、赤ちゃんが?」
 舌がもつれた。それって、九弥の子のことだよね?
「ええ。九弥さんとの最後の約束だったんです。生まれたら、あげることに……」
 まるでものをやりとりするような言い方にカッとなって、私はゆりの言葉を遮った。
「簡単に言わないで! 可愛い子でしょ?」
「可愛いから、もらって欲しいんです。ちょっと垂れ目で、笑うとお多福みたいな顔になるの。今日渡すつもりで連れてきました」
「つ、連れてきたって、どこに?」
 部屋にいるのは私と百合の二人だけだ。訳がわからずキョロキョロすると、彼女は床に置いていたペットゲージの扉を開けた。そういえばそんなもの持ってきていた。百合を意識するあまり、気にも留めていなかったけど。
 ジャーン! と効果音が聞こえる勢いで中から子犬が飛び出てきた。
 百合が抱き上げてその子を差し出すから、つい両腕を伸ばして受け取ってしまった。
 暖かくて湿った息を吐いて、子犬が私の顔を見上げてくる。うっ、結構おもいな……。
「ゴールデンレトリーバーです。九弥さん、うちの子に赤ちゃんができたって話したら、ぜひ一匹欲しいと言ってくれて。家族が増えたら連れも喜ぶだろうからって」
「彼、私のこと連れって言ったの? 家族って?」
「えぇ。よく惚気られました、三枝さんのこと」
 なんてこと! 九弥は浮気なんてしていなかった。
――え! 本当に僕の……子……うわ、ありがとう!
 一年前、盗み聞いてしまったあの会話は、子犬をもらう約束をした九弥の喜びの声だったのか。紛らわしい奴!
 死んじゃった後じゃ、一緒に可愛がれないじゃない……。
 私は子犬に、「キュウ」と名付けた。
 だって、きゅうきゅう鳴くし、そこはかとなく間抜けな顔が九弥に似ている。床に寝床を敷いているのに、朝になるとちゃっかり私のベッドに潜り込んでいるところも。
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