最初のオトコ

たみやえる

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「俺、こっちでコマコマに逢えるのいーっつも楽しみにしてた……って、知ってた?」
などと、耳をくすぐるいたずらな告白。こま子はちょうど口に含んだばかりの日本酒を吹き出しそうになった。
 コマコマ、と言うのは学生時代のこま子のあだ名だ。駒井こま子で、短く端折はしょってコマコマ。今更そんなふうに呼ばれるなんて。顔に熱が集中する。聞かれやしなかったかと真向かいに座る同僚を盗み見るが、他の同僚との会話に夢中でこちらには気づいていない様子だった。
「コマコマ……って。……大体延長戦って、何?」
「コマコマと、シたい」
 ボクシングなら軽いジャブって感じであっさり言われて、今度こそこま子は荒木の顔に酒を吹いてしまった。
「あ、ごめん」
と、近くにあった誰が使ったか判然としないおしぼりで荒木の顔を拭ってやる。
「無理。私、既婚者だから。帰らなきゃ、家族が待っているの。聞かなかったことにしてあげる」
 すごく虚しいけど仕方ない。断るにはこの嘘が一番確実だし、お互い、傷付かずに済む。
 荒木はもの問いたげにこま子の左薬指を見た。
 当たり前だが指輪なんてしていない。結婚の経験がないのだから。
「……結婚してだいぶ経つからね。指の太さなんて2サイズ以上増えちゃって。買い替えるのも面倒で指輪はしてないの」
 嘘の上塗りだ。
 頭の中にマンションの自室を思い浮かべて心ひそかにげんなりとした。
 ——誰も待っていてくれない、そして誰かを待つこともない、3LDK。
 七年前、ローンを組んで購入したのは、当時すでに独りで生きていく決心をしていたからだ。女一人がマンション買うなんて、すごく勇気がいったけれど。
 荒木はこま子の嘘を信じてくれたようで、その後飲み会が終わるまで、二度と「シよ?」などと誘って来ることはなかった。
 飲み会も無事終わり、まだまだ元気な男どもは駅近くのスナックで飲み直すと行ってしまった。若い女の子たちはタクシーに乗り合って帰ると言う。
「駒井さんは?」
と聞かれて断る。狭いタクシーの中若い子たちの放つ熱気に耐える気力がなかった。
 桜は散り、歩道を縁取る桜並木はすっかり葉桜だ。
 青白い街灯の光の下、コンクリに落ちる自分の影を追うようにマンションに向かってこま子はひとり歩いた。
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