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西條冬木
[1] ご両親への挨拶
しおりを挟む本当はうちの母が洸夜のお母さんと食事会(という名のジャンクフードを食べる会だ)の時に一緒に同席させてもらおうとしたのだった。
しかしうちの母を通じてお伺いを立てたところ、面会の希望は「これは女同士の会なの。殿方がいたら安心して大口開けて食べられないでしょ)とあっさり却下されてしまった。
それについて俺は随分心残りでなんとか食い下がってもらえないかと母ん頼んだのだが、結局色良い返事はもらえなかった。俺は女性が大口開けて食事をすることを別に嫌だと思わないのだが(食べ方がどうしようもなく汚いなら気になるものの)相手がそういうのなら仕方ない。
どうにかして洸夜の両親に会わなければ……と考えるもいい案が浮かばず11月も半ばを過ぎかけた時、俺のスマホに連絡が入った。
そして十二月に入ってすぐの水曜日、俺は洸夜のご両親に会うことになった。
洸夜のお父さんが社長を務める某化粧品会社本社……で。
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ーーー
ー
通された社長室……緊張で喉が塞がる錯覚におちいった。強張る顔筋を無理やり動かしてなんとか、
「お宅のご子息を僕にください」
と言えたのは多分今年一番のファインプレイだ。
洸夜の父……浩太さんは応接セットの向かい側でしばらく俺の顔をじっと見ひとこと、
「いいよ」
言った。
まさかの即オッケイに、俺はもしかして今どこかの路上で寝ていて夢でも見ているんじゃないかと自分で自分の頬をつねってしまった。そんな俺を見てお父さんは苦笑する。
「西條君のことは前々から聞いていたので、今更驚きはしない」
予想外の事実を聞かされて俺は息をのんだ。
(洸夜が俺よりも先に自分の親にそんなふうに言ってくれていたなんて……!)
涙ぐみそうになっていると、お父さんの隣に座る洸夜の母、美月さん……が俺に向かって身を乗り出した。
「ただ、親戚の中に昔ながらのジェンダーに縛られている人もいるし、洸夜の会社の人だってどうかはわからない。世の中の人だって……理解のある人たちばかりじゃない。洸夜は図体こそ立派に育ったけれど気持ちは脆い子よ。貴方はそんな人たちから洸夜を守れるかしら?」
物言いされるならお義父さん(←まだこの呼び方は早いかもしれないが俺の気分としてはもうこうなのだ)からだろうと覚悟していた俺は、うちの母と仲が良いお義母さんの硬い表情とこの言葉に内心驚いた。しかし答えは用意していたので割と落ち着いて答えられたんだ。この時だけは。
「もちろんです。誰にも文句は言わせません。実力をつけるために春には留学してMBAを取ります」
そう言った俺を美月さんは苦い表情で見返した。
心の中で急速に不安が膨らみ始めるのを感じて俺は下唇を噛んだ。
うちの母と仲が良い美月さんのことだ。俺については色々聞いてくれてなんなら応援してくれているはずという考えが甘い気持ちだったかもしれない……。
「優秀な人材なら探せばいくらでもいます。そういうんじゃないのよ」
「信じて欲しい。僕は息子さんの手を離したりしない」
「たとえばどうやって」
畳み掛けられて、頭が真っ白になる。
もともとこの部屋に入った時から全く余裕がなかったのだ。
「留学から帰ったら、結婚します。それと……御社に入ります」
と言った時はもう、オレは自分の手綱を握っているだけで精一杯で正直自分が何を言っているのか意識できていない。テンパっているのは明らかなのに、お母さんは容赦なかった。
「実力をつけるとはどういうこと?」
キリリっと睨まれて、自分の母親との貫禄の差にくらりと目眩を覚えた。そして緊張に酔ったまま俺は、
「僕がこの会社のトップになる。文句を言う人を黙らせるくらいの力はつけてみせます」
と、言ってしまっていた……。
その後。
ビルを出た俺はホッと息を吐き思わずスーツの左胸をおさえた。
胸ポケットには洸夜の誕生日……クリスマスイブに渡す予定の指輪が入っている。夏の終わりに購入して以来ずっと肌身離さず持ち歩いていた。
……俺の独占欲を洸夜に押し付けるためのもの……世間一般でいうならプロポーズのための約束をお守りがわりにするくらい、俺は弱い人間なのだ。
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