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西條冬木
[2]イブまであと一週間
しおりを挟むクリスマスイブまで後一週間のその日。大学の後、友人小林に連れられて入ったその店内でのことである。
俺は目の前でひしめく女性たちとむせかえるような花とかまぁその他雑多な香りに包まれてしばし茫然としていた。
女性客が多い。その後ろに連れてこられた感満載の男性客もちらほらいるが……俺たちのような男二人で連れ立って……というのは流石に目立っている。
「ここ……何の店?」
……なんてことを小林に聞いていると、俺の横にいた女性がシュ、シュと出した手首にスプレーを吹きつけた。何回もプッシュするから、もはや霧ではなく彼女の白い腕から香水が雫になって垂れていた。バニラだろうか、甘ったるい香りが鼻についてくしゃみが出そうになる。
「香水だよー、冬木くぅん」
と、小林がわざとらしいしなをつくる。
「カノジョの今ハマってるドラマに出てくる香水が今すげー話題でさ。クリプリはそれが良いって、どうしてもって言うからぁ。ほら、イブまであと一週間でしょ。買っとかないとさ」.
「カノジョと来ればよかっただろ。なんで俺を誘うんだ」
鼻を押さえてそう言った俺を小林が見上げた。
「なに鼻抑えてんの、冬木君」
イラッとしてつい睨んでしまう。小林じゃなくて、香水を試している女の方を。
「はっきり言って臭い。鼻の奥が痒くなってきた」
「えぇ……良い香りだって。冬木だって恋人に買ってあげればいいじゃん。喜ぶよ」
「もう用意してあるから、いらない」
「えっ、そうなの? 何買ったんだよ冬木は」
などと小声で会話をしていると、店員とおぼしきスーツ姿の女性が隣の女に近づいて声をかけた。周りの客に聞こえないように気を配っているが、彼女なら香水をどうつけたら良いか説明している。そっか、そうだよな、香水のことなんか全然わからない俺だって、あれはつけすぎだと思った。テレビで話題になるくらいだから香水初心者の客が多いのだろう。俺も(小林もだ、)含めて。
「さっさとお目当ての香水買って帰ろうぜ」
と離していると、突然さっきの女性客が「キィ!」と奇声を発した。
客たちの会話のさざめきがサッと潮が引いたように静かになった。
「バカにして。幸せそうにしているここの皆、全部あたしのことバカにしてっ」
両手を振り回して周りにいた客たちを突き飛ばし陳列棚に並ぶ香水瓶を床に叩きつける。
割れて棚に残るその一つをとって頭から香水を被った女が、店員の彼女をギリッと睨みつけた。どうやら怒りの矛先にされてしまったらしい。そこからはまるでビデオの早回しだった。
カチッと音がして女がいつのまにか手にした百円ライターに着火する。
「やめて!」
と、叫ぶ店員が女からライターを奪おうと飛びかかりはね除けられる。
暴れる女を背後から抱き止めた俺は、自分に移った香水の香りに顔をしかめた。
みぞおちに女の肘が入って地味に痛い。
手首をひねり上げると女が「痛い、痛い」と泣きわめいたがこれ以上暴れられても困るので捕まえていた……。
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