歳上同居人のさよなら

たみやえる

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西條冬木

[5] 帰宅

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 家に帰ると、洸夜はうとうととテレビを見ながら俺のことを待ってくれていた。


「おかえり」と言われて鼻の奥がツンと熱くなる。


 大好きな人に出迎えてもらえるこの生活があと数ヶ月で終わるんだ……。決めたのは俺だけど。


 洸夜宛に来ていた郵便があったので渡そうとしたら彼がくしゃみをした。ティッシュで拭いてあげようとしたら本当に嫌がられた。でも俺はいつも王子然とした洸夜が眉根に皺を寄せる顔つきが結構好きで、社会人なのになんでこの人はこんなに可愛いんだと血圧が上がりそうになった。


 自分でもちょっと引くくらい最近の俺は洸夜が好きで。いつもの優しい彼が大好き。あ、でも、時折見せる冷たい表情や意地悪なところとかも好きだ。外面のいい彼が他人には決して見せない顔俺にだけしているって考えると興奮を覚える……やばいかな俺。


 だって、それくらいしか洸夜の本心を推しはかる材料がない。だって最近洸夜は〈妄想〉することが少ないからさ。俺は意識して自分のこと〈洸夜〉で一杯にしていないと心が折れそうなんだ……ナイショだけど。


 ここ数年、洸夜の〈妄想〉……つまり俺とのエッロイ想像と、洸夜との甘ったるい生活(夜のも含む)で、とろとろに甘やかされて育ったからー……。


 ……まぁ、俺が始めたことがきっかけだから我慢するしかないと分かっているけど……。




 俺は奥の部屋で着ていたブルゾンをしまい、キッチンに戻り置いていたエプロンをつけた。


 昨日のうちに仕込んでいたロールキャベツの鍋に火を入れる。温め直している間にテーブルにランチョンマットを敷き箸と箸置きをセットした。


 洸夜の席に箸を置く時、俺がいなくなったらこの人はどうするのだろうと、少し手が震えた。


 俺はいい。この人のことを思えばきっと頑張れるはず……。




 人に食事を作るというのを意識したのは、カレー一辺倒をやめてからだ。

 カレーはいつ作っても大体同じ味だから……そりゃいつも同じルゥを使っているから……洸夜の口に合うかどうかなんて気にしたことがなかった。お互いに作れる方が適当に作っていたし……。

 色々作るようになってみると、これでいいのか、洸夜は本当に美味しいのだろうかと迷いを感じるようになった。洸夜が、夕飯の献立をコロコロ変えることに反対なのはわかってる。これは俺の独断だ。だからこういうことを聞くのは機嫌を損ねるだけと分かっている。けれどやっぱり気になって、夕食後、

「どうでした、ロールキャベツ。初めて作ったけど」

と、洸夜に聞いてしまっていた。


 洸夜は俺の問いに一拍間を置いてから、

「うん、美味しかった」

と答えた。


 俺はホッとした。そう言ってもらえるだけで、作ってよかった、また明日もがんばろうと思える。


「明日は何を作ろうかな」


「明日は、というかもうこれから全部カレーでいい」


 非難の込もった洸夜の言葉を俺は聞き流した。


「カレーかぁ……でも俺明日は前回失敗したイカのフライをリベンジしたいんですよね」


「揚げ物はダメ。台所が汚れる」


「……掃除も俺がします」



 ここ二ヶ月こんな調子なので洸夜の不満が溜まっているのは充分承知していた。そのせいでお互いギクシャクしていることも……。


 おかげで夜の生活の方がご無沙汰になっているけれど、引く気はない。



 これも洸夜のため……と自分に言い聞かせながら食後のお茶を淹れる。




 俺が春からいなくなると知ったらあなたはどうするんだろう……。



 そんなふうにぼんやりしていたら、


「……あのな、カレー食べたのはもう一週間前だぞ。オレはカレーがいい。毎日、カレーでいい」


と、洸夜がテーブルを叩いて俺を睨んだ。



 さすがにビクッとしてしまう。



ーーとうとう怒らせてしまった……。




 覚悟していたことだけど、一瞬目の前が真っ暗になった。


 そりゃあ、俺だって洸夜の言う通りにしたい。


 「……全部元通りにしよう」って抱きしめられるならどんなにいいだろうか……。








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