歳上同居人のさよなら

たみやえる

文字の大きさ
22 / 27
西條冬木

[5] 帰宅

しおりを挟む


 家に帰ると、洸夜はうとうととテレビを見ながら俺のことを待ってくれていた。


「おかえり」と言われて鼻の奥がツンと熱くなる。


 大好きな人に出迎えてもらえるこの生活があと数ヶ月で終わるんだ……。決めたのは俺だけど。


 洸夜宛に来ていた郵便があったので渡そうとしたら彼がくしゃみをした。ティッシュで拭いてあげようとしたら本当に嫌がられた。でも俺はいつも王子然とした洸夜が眉根に皺を寄せる顔つきが結構好きで、社会人なのになんでこの人はこんなに可愛いんだと血圧が上がりそうになった。


 自分でもちょっと引くくらい最近の俺は洸夜が好きで。いつもの優しい彼が大好き。あ、でも、時折見せる冷たい表情や意地悪なところとかも好きだ。外面のいい彼が他人には決して見せない顔俺にだけしているって考えると興奮を覚える……やばいかな俺。


 だって、それくらいしか洸夜の本心を推しはかる材料がない。だって最近洸夜は〈妄想〉することが少ないからさ。俺は意識して自分のこと〈洸夜〉で一杯にしていないと心が折れそうなんだ……ナイショだけど。


 ここ数年、洸夜の〈妄想〉……つまり俺とのエッロイ想像と、洸夜との甘ったるい生活(夜のも含む)で、とろとろに甘やかされて育ったからー……。


 ……まぁ、俺が始めたことがきっかけだから我慢するしかないと分かっているけど……。




 俺は奥の部屋で着ていたブルゾンをしまい、キッチンに戻り置いていたエプロンをつけた。


 昨日のうちに仕込んでいたロールキャベツの鍋に火を入れる。温め直している間にテーブルにランチョンマットを敷き箸と箸置きをセットした。


 洸夜の席に箸を置く時、俺がいなくなったらこの人はどうするのだろうと、少し手が震えた。


 俺はいい。この人のことを思えばきっと頑張れるはず……。




 人に食事を作るというのを意識したのは、カレー一辺倒をやめてからだ。

 カレーはいつ作っても大体同じ味だから……そりゃいつも同じルゥを使っているから……洸夜の口に合うかどうかなんて気にしたことがなかった。お互いに作れる方が適当に作っていたし……。

 色々作るようになってみると、これでいいのか、洸夜は本当に美味しいのだろうかと迷いを感じるようになった。洸夜が、夕飯の献立をコロコロ変えることに反対なのはわかってる。これは俺の独断だ。だからこういうことを聞くのは機嫌を損ねるだけと分かっている。けれどやっぱり気になって、夕食後、

「どうでした、ロールキャベツ。初めて作ったけど」

と、洸夜に聞いてしまっていた。


 洸夜は俺の問いに一拍間を置いてから、

「うん、美味しかった」

と答えた。


 俺はホッとした。そう言ってもらえるだけで、作ってよかった、また明日もがんばろうと思える。


「明日は何を作ろうかな」


「明日は、というかもうこれから全部カレーでいい」


 非難の込もった洸夜の言葉を俺は聞き流した。


「カレーかぁ……でも俺明日は前回失敗したイカのフライをリベンジしたいんですよね」


「揚げ物はダメ。台所が汚れる」


「……掃除も俺がします」



 ここ二ヶ月こんな調子なので洸夜の不満が溜まっているのは充分承知していた。そのせいでお互いギクシャクしていることも……。


 おかげで夜の生活の方がご無沙汰になっているけれど、引く気はない。



 これも洸夜のため……と自分に言い聞かせながら食後のお茶を淹れる。




 俺が春からいなくなると知ったらあなたはどうするんだろう……。



 そんなふうにぼんやりしていたら、


「……あのな、カレー食べたのはもう一週間前だぞ。オレはカレーがいい。毎日、カレーでいい」


と、洸夜がテーブルを叩いて俺を睨んだ。



 さすがにビクッとしてしまう。



ーーとうとう怒らせてしまった……。




 覚悟していたことだけど、一瞬目の前が真っ暗になった。


 そりゃあ、俺だって洸夜の言う通りにしたい。


 「……全部元通りにしよう」って抱きしめられるならどんなにいいだろうか……。








しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

出戻り王子が幸せになるまで

あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
初恋の相手と政略結婚した主人公セフィラだが、相手には愛人ながら本命がいたことを知る。追及した結果、離縁されることになり、母国に出戻ることに。けれど、バツイチになったせいか父王に厄介払いされ、後宮から追い出されてしまう。王都の下町で暮らし始めるが、ふと訪れた先の母校で幼馴染であるフレンシスと再会。事情を話すと、突然求婚される。 一途な幼馴染×強がり出戻り王子のお話です。 ※他サイトにも掲載しております。

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

処理中です...