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西條冬木
[4] お兄さん
しおりを挟む新堂さんの案内で俺たちは香水店が入っているのと同じビル内にある喫茶店に来ていた。
時計を見ると今まさに夕方五時になろうとしている。(洸夜が帰るまでに帰れるだろうか)夕飯の支度が気がかりだった。
適当にコーヒーを注文する。小林は図々しくもケーキを二個頼んだ。テーブルの下で小林の脚を蹴ると、
「いーじゃん、奢ってくれるんだしさ」
とけろりと言ってくる。
「光森さん可愛いよな。歳上だけどそう感じさせないピュアさがたまらないっていうか。彼氏いないかどうか聞き出したいじゃん」
と俺の耳に手を当てささやくので、俺は思わず額に手を当て横目で小林を睨んだ。
新堂部長が「失礼……」と言いながらスマホを手に席を外すと、光森さんが俺の方に身を乗り出した。
「冬木さんは新堂部長のお知り合いでしょうか。だとしたら教えて欲しいんです。部長は……」
言いかけた光森さんの言葉が止まる。彼女の視線をたどると、新堂部長がこちらに戻って来るところだった。
「どうした光森さん。西條君にずいぶん興味があるようだが」
元居た光森さんの隣に座りながら新堂さんがそう言うと、彼女は不機嫌そうにそっぽを向いた。
「そんなんじゃないです。部長には関係ありません」
新堂部長の眉がひくりと跳ね上がる。探るように見られて落ち着かない気分になる。
光森さんは明らかに新堂さんのことについて俺に話を振ろうとしたのになぜそれを隠そうとするのだろう? (結果隠せていないから俺は新堂さんに睨まれたわけだが) ついでに言えば、さっきから小林の視線もやけに頬に刺さってきてうっとうしい。きっと小林には、光森さんが俺に興味を示しているように見えていじけているんだろう。誤解だ。
それより、実はさっきから気になってどうしようもなかったことがある。
「部長さん……新堂さんというんですね。実は俺の恋人も同じ苗字なんです。もしかして……」
「えぇ、洸夜の兄の浩暉です」
「やっぱり……」
以前洸夜から年の離れたお兄さんがいるという話は聞いていた。そういえばどことなく雰囲気が似ている気がする。
「改めて西條冬木といいます。以後よろしくお願いします、お兄さん」
と俺は頭を下げた。
顔をあげると浩暉さんは苦々しい表情をしていたけれどそれには気づかないふりをする。
「君とはまだお兄さんと呼ばれる関係ではない」
席に戻る前とは明らかに違う新堂さんの硬い声にその場の空気の温度が一気に下がる。
「今のところはそうですね。でもいずれ必ず家族になります」
「ちょ、ちょっと待て。待ってください」
と横から小林が会話に割って入る。
「冬木、お前の恋人って、彼女じゃなくて彼氏だったの?」
「あぁ」
と頷くと、今度は光森さんが、
「え、二人は初対面なんですか?」
と声を上げた。それにお兄さん……新堂部長、浩暉さんが
「そうだ」
と無愛想に答えると彼女はガックリと肩を落とした。
「部長のこと教えてもらおうと思ったのに、初対面なんですか……」
そんな光森さんが微笑ましくて俺はついくすりと笑ってしまった。
「ご本人がいるんですから直接聞けばいいんじゃないですか」
すると明らかに顔をこわばらせた浩暉さんが、
「光森君に言うことは何もない」
と首を横に振る。切り捨てるようなその言い方に、光森さんは涙目になってうつむいた。
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