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西條冬木
[8] イブ当日
しおりを挟むイブの日……つまり洸夜の誕生日はすぐにきた。
今日は洸夜の実家で彼の誕生パーティーを開いてくれるのだそうだ。そしてそれに俺も呼ばれている。
洸夜のご両親は俺とのことを許してくれているけれど、こうやって呼ぶことで俺を値踏みしようとしているんじゃないかと勘繰ってしまう。
不安でしかなかった俺は数日前洸夜の友人の高藤さんに頼んで、ひと通りのテーブルマナーを教えてもらっていた。手土産はどうしようとか、おめかししなくちゃいけないだろうかと考え出すとキリがない。結局、まだ学生なんだし気を使いすぎないことにしようと、洸夜とのデート仕様の私服に袖を通す。
新堂家に来るのは初めてで、あまりの豪邸っぷりに正直めまいを覚える。出迎えてくれた浩暉さんに俺は光森さんの涙を思い出した。
食事の後、ご両親に誘われて出た夜の散歩……、お父さん自慢の庭園を見ていた時、ガサリと物音がしてそちらを見ると信じられないことに光森さんが立っていた。
俺は思わず彼女に駆け寄った。
どこをどうかいくぐってこの家の敷地内に潜り込んだものか、庭の外灯に照らされている彼女は擦り傷だらけだった。クリスマスだからだろうか……こうなる前は綺麗だったろうと想像できる髪やコート、その下のワンピースにも枯れ葉や木の枝のかけらをくっつけている。
「どうしたんですか。というかなぜここに?」
と言っていると、俺に追いついた洸夜お父さん……浩太さんが彼女に、
「君は誰だ」
と、聞いた。浩太さんの後ろからお母さん……美月さんも駆け寄ってくる。
「私、新堂部長の下で働いております、光森四つ葉と言います。今日はどうしても、このハンカチを……部長にお返ししたくて」
差し出された手に握られているのは、光森さんが俺を訪ねて大学に来てくれた時持っていたハンカチだった。
「なんとかここまで来ましたけど……直接お返しする勇気が出なくて。西條さん、お願いします」
と、俺にハンカチを握らせてくる。サッと踵を返して走り出そうとする背中に寂しさが滲み出ていた。(このまま光森さんを帰していいのか……)と迷った時、
「待ちなさい。せっかくきたんだから少し上がっていくといい」
浩太さんが彼女に声をかけた。
その後……。
家に戻るとリビングで(本当に広いんだ)洸夜と浩輝さんが話し込んでいた。
あんなに広い部屋なのに二人の話が聞こえたのは、部屋に洸夜とお兄さんの二人きりで他に物音がなかったからだろうか……。
廊下にいた俺たちは、その会話の深刻さに驚いて足を止めた。俺は後ろを振り返った。
家に入る前、美月さんの手を借りて一応の身だしなみを整えた(くっついていた葉っぱをとり、髪を整えた程度だが)光森さんの顔色は蒼白だった。その背後にはお父さんとお母さんがやはり硬い表情で立っている。
ーーこれは病気だ。手足の自由がだんだん効かなくなっている……いずれ呼吸すらままならなくなればオレは死ぬだろう。
先週、光森さんは新堂部長……つまり洸夜の兄である浩輝さんが彼女に別れを告げた理由を教えてほしいと俺を訪ねてきた。藁にもすがる思いで……。でも俺は聖さんとは初対面で、彼女の欲しい答えは持っていなかった。
そして今日、この家に忍び込んできた彼女……。
多分これが彼女の疑問の答えだ……。
ーーあぁ、そうだ。オレはお前にある女の人生を託したい。
〈ある女〉……きっとそれは、光森さんのこと……。
キリキリっと、光森さんの唇が引き結ばれ.目が見開かれた。
「ゆっ、許せません……」
そう言って飛び出そうとする光森さんを引き止める。
「どうして」
と、彼女が眉をひそめて俺を見上げる。(今日は泣かないんだな)
「俺だって許せません。俺の洸夜を目の前から掻っ攫うようなこと、させるわけにはいかない。悪いが、先に文句を言わせてください。あなたの番を奪うわけではないから」
そうして頷きあい、俺はリビングの中に足を踏み入れた……。
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