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西條冬木
[9] プロポーズ
しおりを挟む新堂家の二階にある客間のひとつに今俺はいる。
ついさっき、洸夜を家族会議に送り出したところだ。
部屋を出る前、振り返った洸夜の顔を記憶のフィルムに焼き付ける。あんな顔をされたら……、帰ってきたら話があると言ったけれど我慢できるだろうか。今の俺では、洸夜がこの部屋のドアを開けた途端、ベッドに押し倒して話どころではなくなってしまいそうだ……。
まるで獣のように洸夜の肌やその柔らかい粘膜を追い詰める自分の姿が頭の中に浮かんで、俺はその妄想から距離を置きたくて(打ち消すことはでなかった)ベッドから少し離れたソファに乱暴に腰掛ける。
腰掛けてから、ハッとして立ち上がり尻ポケットからずっと持ち歩いていた指輪を取り出して自分の左薬指に嵌めてみた。
15号のそれは俺の指には小さくて、第二関節で止まってしまう。
(この指輪を、洸夜は喜んでくれるだろうか……)
お互いを想い合う気持ちに疑いはないものの、ここ二ヶ月の身体的なふれあいの少なさが俺の心を揺らがせている。
きっと洸夜は俺の態度に不安を感じていることだろう……。
俺だって、不安で胸が潰れそうだ。
洸夜をひとり置いて日本を離れることが……。
指から外した指輪を手のひらに乗せて撫でさする。
ご両親への挨拶をする時お守りになってくれたこれが今度は洸夜を守ってくれますように、と願いを込めて。
洸夜が戻ってきたのは真夜中になってからだった。
ガチャリとドアノブが動いた瞬間飛んでいって体半分部屋に入ろうとしていた洸夜を引入れ体を抱きしめる。腕の中でビクッと跳ねた肢体をどこにも行かせないと腕の中に閉じ込める。
久しぶりの洸夜の感触と体温に歯止めが効かなくて唇を寄せると、洸夜もちょうどいい角度で顔を傾けてくれる。嬉しくなってキスしようとした瞬間、オレはなんとか理性を総動員して唇の軌道を外した。
目を見開いた洸夜が俺を見た。
「あ……なんで」
気まずくて俺は彼から目を逸らす。
「なんだよ……。オレばっかり夢中みたいだ」
「そんなんじゃないんです。本当に話したいことがあって……触れたら止まらないから」
カッコ悪すぎることに、語尾が震えてしまった。
「俺がお父さん達の会社を継ぎたいと言ったら、洸夜は怒りますか」
洸夜は答えない。不機嫌そうに壁際のカウチソファに勢いよく座った彼の前に俺は立つ。
「驚かないんだ……お兄さんから聞いていましたか」
「聞いたよ。社長になりたいとか……何だそれ」
洸夜がソファーの座面を引っ掻く。ザリザリという音が、俺の揺れる心を表しているようだ。
「えぇ……。なので俺、春から留学します」
……あぁ、とうとう言ってしまった。
「……ご家族にも、洸夜の親戚にも……世間にも、同性のパートナーなんて……と言われない実力を俺はつけたい。貴方と一生を添い遂げるために」
これはプロポーズと同時に別れの言葉でもある。
洸夜がどうな返事をするのか……、今この時になって、彼がYES以外の返事をする可能性に思い至る。
「ふ……、熱烈なプロポーズだな」
洸夜が俺を見上げる。
「泣かないで、洸夜」
濡れた頬をぬぐうのを、洸夜は嫌がらない。泣いている恋人を前になんなんだけど、俺は(イケるんじゃないか)と思った。
洸夜の嗚咽が止まるまで待ってから、それを出し彼の左薬指に嵌める。
そしたらさ、信じられないことに洸夜が胸ポケットから金色に輝く指輪を取り出したんだ!
うやうやしく手を取られて俺がした動作をなぞるように指輪を嵌めてくれる。しっとりとしたゴールドの感触に……ごめん、一瞬イキそうになった……。
「……愛してる」
「俺もです」
そう微笑みあったらもう我慢なんてできるわけなかった。
くっつきあい、舐めて絡めて貪り尽くした。
明日も平日で、お互いに決まった時間になれば決まった日常が始まる。そうわかっていても歯止めが効かなかった。
翌朝、覚悟していた通りバタバタになってしまったけれど、俺が日本にいられる残りの数ヶ月間、洸夜をしっかり補充しておこうと固く心に誓ったのだった。
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