歳上同居人のさよなら

たみやえる

文字の大きさ
26 / 27
西條冬木

[9] プロポーズ

しおりを挟む



 新堂家の二階にある客間のひとつに今俺はいる。


 ついさっき、洸夜を家族会議に送り出したところだ。


 部屋を出る前、振り返った洸夜の顔を記憶のフィルムに焼き付ける。あんな顔をされたら……、帰ってきたら話があると言ったけれど我慢できるだろうか。今の俺では、洸夜がこの部屋のドアを開けた途端、ベッドに押し倒して話どころではなくなってしまいそうだ……。


 まるで獣のように洸夜の肌やその柔らかい粘膜を追い詰める自分の姿が頭の中に浮かんで、俺はその妄想から距離を置きたくて(打ち消すことはでなかった)ベッドから少し離れたソファに乱暴に腰掛ける。


 腰掛けてから、ハッとして立ち上がり尻ポケットからずっと持ち歩いていた指輪を取り出して自分の左薬指に嵌めてみた。


 15号のそれは俺の指には小さくて、第二関節で止まってしまう。


(この指輪を、洸夜は喜んでくれるだろうか……)


 お互いを想い合う気持ちに疑いはないものの、ここ二ヶ月の身体的なふれあいの少なさが俺の心を揺らがせている。


 きっと洸夜は俺の態度に不安を感じていることだろう……。


 俺だって、不安で胸が潰れそうだ。


 洸夜をひとり置いて日本を離れることが……。



 指から外した指輪を手のひらに乗せて撫でさする。

 ご両親への挨拶をする時お守りになってくれたこれが今度は洸夜を守ってくれますように、と願いを込めて。



 洸夜が戻ってきたのは真夜中になってからだった。

 ガチャリとドアノブが動いた瞬間飛んでいって体半分部屋に入ろうとしていた洸夜を引入れ体を抱きしめる。腕の中でビクッと跳ねた肢体をどこにも行かせないと腕の中に閉じ込める。


 久しぶりの洸夜の感触と体温に歯止めが効かなくて唇を寄せると、洸夜もちょうどいい角度で顔を傾けてくれる。嬉しくなってキスしようとした瞬間、オレはなんとか理性を総動員して唇の軌道を外した。


 目を見開いた洸夜が俺を見た。


「あ……なんで」


 気まずくて俺は彼から目を逸らす。


「なんだよ……。オレばっかり夢中みたいだ」


「そんなんじゃないんです。本当に話したいことがあって……触れたら止まらないから」


 カッコ悪すぎることに、語尾が震えてしまった。


「俺がお父さん達の会社を継ぎたいと言ったら、洸夜は怒りますか」


 洸夜は答えない。不機嫌そうに壁際のカウチソファに勢いよく座った彼の前に俺は立つ。


「驚かないんだ……お兄さんから聞いていましたか」

「聞いたよ。社長になりたいとか……何だそれ」


 洸夜がソファーの座面を引っ掻く。ザリザリという音が、俺の揺れる心を表しているようだ。





「えぇ……。なので俺、春から留学します」





……あぁ、とうとう言ってしまった。





「……ご家族にも、洸夜の親戚にも……世間にも、同性のパートナーなんて……と言われない実力を俺はつけたい。貴方と一生を添い遂げるために」




 これはプロポーズと同時に別れの言葉でもある。




 洸夜がどうな返事をするのか……、今この時になって、彼がYES以外の返事をする可能性に思い至る。



「ふ……、熱烈なプロポーズだな」

 洸夜が俺を見上げる。



「泣かないで、洸夜」


 濡れた頬をぬぐうのを、洸夜は嫌がらない。泣いている恋人を前になんなんだけど、俺は(イケるんじゃないか)と思った。


 洸夜の嗚咽が止まるまで待ってから、それを出し彼の左薬指に嵌める。


 そしたらさ、信じられないことに洸夜が胸ポケットから金色に輝く指輪を取り出したんだ!


 うやうやしく手を取られて俺がした動作をなぞるように指輪を嵌めてくれる。しっとりとしたゴールドの感触に……ごめん、一瞬イキそうになった……。




「……愛してる」


「俺もです」



 そう微笑みあったらもう我慢なんてできるわけなかった。



 くっつきあい、舐めて絡めて貪り尽くした。
 明日も平日で、お互いに決まった時間になれば決まった日常が始まる。そうわかっていても歯止めが効かなかった。



 翌朝、覚悟していた通りバタバタになってしまったけれど、俺が日本にいられる残りの数ヶ月間、洸夜をしっかり補充しておこうと固く心に誓ったのだった。







しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

【完結】恋人になりたかった

ivy
BL
初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……

処理中です...