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むむむ。単なる転職じゃなくて、一応そういう事情があった訳ね。会社の体制が変わって辞めさせられたのかしらん。それとも居づらくなって……。どっちにしろ、雇われの身の切なさ世間の世知辛さってやつ? なんだろ、他人事じゃないって思わず身震いした私は(若い身空で苦労したんだなあ)とほんの少しだけ感慨にふけった。私だったら……いきなり会社辞めさせられたら途方に暮れて……ずるずるニート生活に突入して、結婚もできずに孤独死しちゃうかも。うう、嫌だ。絶対に、嫌。有り得そうでホント嫌なんだけど! でも。でもでも。彼女はちゃんとウチに転職して、短期間のうちに仕事も実力も認められているのだ。
(そう考えると、彼女、すごいよね……)
同情と羨望と嫉妬が一緒くたにこみあげてきて私は口をつぐんだ……。大変な目にあっただろう人に対して嫉妬とか最悪だよね、私。
先輩はすぐガキ扱いしてくるけどさ、今心の中で膨らんでるドロってした感情を吐き出すのをためらうくらいには、私だって歳をとってるのだ、一応。
色々と考えさせられて大人しくなった私の頭をなでなでしながら、
「そう。技術流出で空中分解しちゃったんだよねー、あそこ」
と先輩が言った。
実は、先輩がこんなふうにしてくるのは、会社とか外でだけなんだ。ルームシェアさせてもらっているあの部屋では、決して私に触れてこない。ご飯を食べるのすら、別々だもん。この間カレーを作った時も、先輩はカレーを盛ったお皿を運んでさっさと自分の部屋へ入ってしまった。そのあと洗い物は先輩がしてくれたから別に腹立てたりしてないけどね。
せっかくだから一緒に食べればいいのに、って思うけど、先輩には先輩の生活リズムとかあるだろうし。
それに、氷雨先輩とのルームシェアを、いまだに続けていられるのは、この部屋での先輩の素っ気なさのおかげだから。私、いつの間にか、先輩なら私の嫌がることはしないって信頼しているところがある。
会社では上司の目も憚らずベタベタしてくるんだけどね! ほんと、氷雨先輩ってよく分からない。
今だって、先輩が勝手に私の頭なでなでしてきているだけだから。いちいち振り払うのも面倒くさいから、されるがままになってるけど。
課長はそんな私たちから目を逸らすと、
「よりすぐりの技術者を他社に根こそぎ引っこ抜かれて、最後あたりはもうどうにもならなかったらしいですよ」
と言った。
怖。企業経営って一寸先は闇なのね。前にウチの父がテレビ買ってきた時、よほど嬉しかったのか、ホープのだぞってふんぞりかえっていた……それだけネームバリューのある企業だったのだ。
「その引き抜きが始まったのが、彼女がホープに入社した時期と重なってるんだよね」
と先輩。
「たまたまではないのですか」
と課長が問い返すと、氷雨先輩は小首をかしげ、肩をすくめた。ムカつくくらいカッコいい。こんな、日本人にはまず似合わないキザな動作が、先輩がやるとそれなりに見えちゃうからすごい。
「課長が見た人事データなら、俺も見たよ。すぐ、彼女の住所として記載されていた場所に行ってみた」
「へ? いつ行ったんですか?」
ぽかんとしてしまった。だって、先輩出社時間はいつも通りだったし、昨日の夜はお風呂の後外出してなかったよね?
そんな私を先輩はちらりと見て、
「ん。朝イチ。お前がまだ口開けて寝てた頃……」
って、言うんだもん。
「だめーっ!」
咄嗟に伸び上がった私は先輩の口を両手で塞いでいた。先輩との同居は秘密にしたいの! 私だっていつか彼氏作りたいから。その時、いくら事情があるからって、未婚で妙齢で可憐な乙女のこの私がっ、男と同居してましたって、コレ、まずいよね。まずい、まずい。絶対にルームシェアしてるってことは、ヒ・ミ・ツなの!
先輩はしばらくモゴモゴ喋っていたけれど、片眉上げて私をひと睨みすると、ゆっくりと私の手を掴んで下ろした。
「で、行ってみたら、その住所は貸しオフィスだった。しかも空き部屋」
と言った。私たちのやりとりをまたもやスルーしてくれた課長は先輩の報告に、むむ、と顔をしかめた。
「そうなると……、会社に報告されている彼女の経歴をどこまで信じて良いものか。全部嘘かもしれないと疑いたくなりますね」
思わず私は両手を胸に当てて息を吸い込んだ。(どんどん私の手に余る状況になってますけど……)青ざめる私に、わざとらしく目を剥いてニヤリと笑いかけてきた先輩が、
「ホープのことだって、穿ってみたくなる。ね、リーダー」
って、バチッとウインクしてきた。ドキドキしちゃうけどリーダー辞めさせてくれる気はないんだ。
そのまま数秒。先輩のはしばみ色の瞳に見つめられ、私は居心地の悪さから先に先輩から目をそらした。
(こんなに意識しちゃうんだから、氷雨先輩のこと好きなんじゃないの?)って我ながら思うけど、どうしても心の中の私がその気持ちにブレーキをかけるんだ。
何故って。なんていうか……先輩は恋人にするには難易度高めっていうか。好きになったら、自分が辛い思いさせられるって……そんな予感がする。これがオンナ感なのかな?
だから(惚れたりするもんか)って私、自制してるのに。
なんでこう……私の気持ちを、ざわざわさせるの?
そんなこと考えながら私が黙っていると、氷雨先輩と課長は二人して、
「彼女、やり手のヘッドハンターだったりして」
「さて、リーダー、次の一手どうしますか」
なんて口々に詰めてくる。
「~~っ」
もうっ! なんなの!
頭、まっ白けなんですけど!!
(そう考えると、彼女、すごいよね……)
同情と羨望と嫉妬が一緒くたにこみあげてきて私は口をつぐんだ……。大変な目にあっただろう人に対して嫉妬とか最悪だよね、私。
先輩はすぐガキ扱いしてくるけどさ、今心の中で膨らんでるドロってした感情を吐き出すのをためらうくらいには、私だって歳をとってるのだ、一応。
色々と考えさせられて大人しくなった私の頭をなでなでしながら、
「そう。技術流出で空中分解しちゃったんだよねー、あそこ」
と先輩が言った。
実は、先輩がこんなふうにしてくるのは、会社とか外でだけなんだ。ルームシェアさせてもらっているあの部屋では、決して私に触れてこない。ご飯を食べるのすら、別々だもん。この間カレーを作った時も、先輩はカレーを盛ったお皿を運んでさっさと自分の部屋へ入ってしまった。そのあと洗い物は先輩がしてくれたから別に腹立てたりしてないけどね。
せっかくだから一緒に食べればいいのに、って思うけど、先輩には先輩の生活リズムとかあるだろうし。
それに、氷雨先輩とのルームシェアを、いまだに続けていられるのは、この部屋での先輩の素っ気なさのおかげだから。私、いつの間にか、先輩なら私の嫌がることはしないって信頼しているところがある。
会社では上司の目も憚らずベタベタしてくるんだけどね! ほんと、氷雨先輩ってよく分からない。
今だって、先輩が勝手に私の頭なでなでしてきているだけだから。いちいち振り払うのも面倒くさいから、されるがままになってるけど。
課長はそんな私たちから目を逸らすと、
「よりすぐりの技術者を他社に根こそぎ引っこ抜かれて、最後あたりはもうどうにもならなかったらしいですよ」
と言った。
怖。企業経営って一寸先は闇なのね。前にウチの父がテレビ買ってきた時、よほど嬉しかったのか、ホープのだぞってふんぞりかえっていた……それだけネームバリューのある企業だったのだ。
「その引き抜きが始まったのが、彼女がホープに入社した時期と重なってるんだよね」
と先輩。
「たまたまではないのですか」
と課長が問い返すと、氷雨先輩は小首をかしげ、肩をすくめた。ムカつくくらいカッコいい。こんな、日本人にはまず似合わないキザな動作が、先輩がやるとそれなりに見えちゃうからすごい。
「課長が見た人事データなら、俺も見たよ。すぐ、彼女の住所として記載されていた場所に行ってみた」
「へ? いつ行ったんですか?」
ぽかんとしてしまった。だって、先輩出社時間はいつも通りだったし、昨日の夜はお風呂の後外出してなかったよね?
そんな私を先輩はちらりと見て、
「ん。朝イチ。お前がまだ口開けて寝てた頃……」
って、言うんだもん。
「だめーっ!」
咄嗟に伸び上がった私は先輩の口を両手で塞いでいた。先輩との同居は秘密にしたいの! 私だっていつか彼氏作りたいから。その時、いくら事情があるからって、未婚で妙齢で可憐な乙女のこの私がっ、男と同居してましたって、コレ、まずいよね。まずい、まずい。絶対にルームシェアしてるってことは、ヒ・ミ・ツなの!
先輩はしばらくモゴモゴ喋っていたけれど、片眉上げて私をひと睨みすると、ゆっくりと私の手を掴んで下ろした。
「で、行ってみたら、その住所は貸しオフィスだった。しかも空き部屋」
と言った。私たちのやりとりをまたもやスルーしてくれた課長は先輩の報告に、むむ、と顔をしかめた。
「そうなると……、会社に報告されている彼女の経歴をどこまで信じて良いものか。全部嘘かもしれないと疑いたくなりますね」
思わず私は両手を胸に当てて息を吸い込んだ。(どんどん私の手に余る状況になってますけど……)青ざめる私に、わざとらしく目を剥いてニヤリと笑いかけてきた先輩が、
「ホープのことだって、穿ってみたくなる。ね、リーダー」
って、バチッとウインクしてきた。ドキドキしちゃうけどリーダー辞めさせてくれる気はないんだ。
そのまま数秒。先輩のはしばみ色の瞳に見つめられ、私は居心地の悪さから先に先輩から目をそらした。
(こんなに意識しちゃうんだから、氷雨先輩のこと好きなんじゃないの?)って我ながら思うけど、どうしても心の中の私がその気持ちにブレーキをかけるんだ。
何故って。なんていうか……先輩は恋人にするには難易度高めっていうか。好きになったら、自分が辛い思いさせられるって……そんな予感がする。これがオンナ感なのかな?
だから(惚れたりするもんか)って私、自制してるのに。
なんでこう……私の気持ちを、ざわざわさせるの?
そんなこと考えながら私が黙っていると、氷雨先輩と課長は二人して、
「彼女、やり手のヘッドハンターだったりして」
「さて、リーダー、次の一手どうしますか」
なんて口々に詰めてくる。
「~~っ」
もうっ! なんなの!
頭、まっ白けなんですけど!!
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