総務部人事課慰労係

たみやえる

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 散々笑ってようやく落ち着いたのかな。まなじりに浮いた涙を拭った千賀氏が表情を真面目なものに変えた。

「僕は単に〈嫌われている〉という状況を改善したいだけだったのだと思います。彼の気持ちなんて関係なかった。
〈嫌われてる〉って状態に耐えられなかっただけ。はは……なんて小さい人間だろ……」

 千賀氏は、口元を拭うのに使った紙ナプキンをクシャッと丸め、空になった皿の上にポンって放った。

「……」

 何も言ってあげられなかったのは……感動してたからだよ。

——ディスってきた最低野郎(知らない人だけど私の中ではそういう位置付け)のことを非難しないで、逆に自分の至らなさに心を痛めるなんて。

(イイひと過ぎる!)

(大丈夫かなー)
と私は心の中でつぶやくのに忙しかった。

 テーブルの上、投げ出されている彼の両手を掬い上げたのはほぼ衝動的。千賀氏が戸惑った目で私のことを見た。

「同じ会社にいるんですから、千賀さんの良さ、いつかきっとわかってくれますよ。関係が変わる時も来るかもしれません」

 無性に励ましたかった。彼の手を両手で包んでぎゅっとしたらかすかだけど握りかえしてきた。反応を返してくれた。それだけで心が跳ねる。うれしくてたまらない。

 見つめ合うこと数秒。

「彼、退職しちゃったからなあ……」
と、千賀氏が言った。

 ……ガクッ。もうそいつ会社にいてへんのかい。

 それでも千賀氏への愛しさが胸いっぱい、MAXに溢れかえっていた私は、
「気に病んでも仕方ないですよ。私は千賀さんのこと好きです」
って、言ってしまっていた。

 止めようもなかった。だって意識して出した言葉じゃない。

「ご、ごめんなさいっ」

 意味もなく前髪をいじくるのを止められない。

「いきなりでびっくりしちゃう……好きだなんて……いや、その……」

「伊豆川さん」

「あ。決して同じだけ好きになってほしいとか、そういんじゃないですよ?」

「伊豆川さん」

「ああっ、どうしよう。私ってば」

「……伊豆川さん」
と千賀氏が口調を強めてようやく私は我に帰った。

「は……はい?」

(……怒らせちゃったのかな)千賀氏のこと握りしめていた自分の手をテーブルの下に引っ込める。高揚感の後のやらかした感が半端ない。好きだなんて迷惑だったのかも、と不安がよぎった時、
「戻らなくて大丈夫ですか」
と千賀氏が店内、壁かけの時計を指さした。

 丸い時計が田中さんの怒った顔に重なって見えた私。ヒッと声にならない叫びを上げて立ち上がった私に千賀氏が、
「会計は僕がしておきますから」
と言ってくれた。モタモタしてたら怒り狂った猛禽類田中さんに頭からバリバリ食べられてしまいそう……千賀氏の好意に甘えることにして私は小走りで入り口近くにあるレジカウンターの前を横切った。店の入り口、古びた木製のドアが重ねた時間を感じさせる……ドアノブに手をかけようとして、私の足が止まったのは、

……うわ、レンだ。

ちょうど支払いをしている彼女が目に入ってたからだった。(この間のスーツのお礼、言ったほうがいいのかな)声をかけようか迷ったけれど、レンが男連れなのに気づいて口をつぐんだ。

 同じ店内にいたのに全くわからなかった。

 レンが背を向けているうちにさっさと店を出ちゃうつもりだったんだけど、連れの男性がどんな人なのかちょっと興味がわいた。だいたいあんな超イケメンをパシリにしておいて、千賀氏に近づこうとする私を目の敵にするっていうのが気に食わない。

 千賀氏、超イケメン弁護士に続く第三の男(って決まったわけじゃないけど……)……どんな人物かしらん?

 クールビズでノーネクタイの人も多いっていうのにきっちりネクタイを締めているその男性はどこか仄暗い雰囲気を漂わせていた。こっそり横顔をうかがうと、温和そうな目元と唇に張り付いた傲慢そうな微笑みがアンバランスで気分が悪くなってしまった。

(千賀氏狙いのレンの好みじゃないなー)

 とりあえず、色恋の相手じゃないと見た。

 なーんだ、面白くない。

 なにせ、会社に早く帰らなきゃ、って頭がいっぱいだった。

 それに、レンより一歩、千賀氏との距離を縮められていい気分だった私、その男性のこと大して気にも留めなかったんだ。

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