25 / 75
7-1
しおりを挟む状況に動きがあったのは翌朝だった。
状況って何の? って、思った? それはね……。
私のことだよ!
今日もいそいそ皆勤賞。真面目で可愛いオフィスレディ(オフィスレディじゃ古いかな? でもキャリアウーマンって自称するのはおこがましい)こと私、伊豆川遥香が研究企画課の自分の席で仕事し始めたその時。
ドアが開いて、入ってきたのは氷雨先輩。拉致られたんだ! 田中さんと、石井さんの目の前で!
「ちょ……なんなんですか。私っ、仕事中だったのに」
って、抗議しても先輩は全然聞く耳持たずに私の手首を掴んでズンズン行く……。
「研究企画課には話は通してある。イズっちゃんは今から慰労課に戻るの」
「ま、まって。千賀さんのことで……なんかおかしいんだ。この間だって知らない男の人とレンとで三人して会ってて……」
「それは昨日の夜、聞いた」
うそっ。車の中でも部屋に戻ってからも、ずーっと無言で、私、一生懸命説明してたのに……まるで壁に話しかけいてるみたいだったんだけどっ!
……私がレンのパシリの王子様にキスされたことがそんなに気に食わなかったのかな?
……もしかして先輩、私のことスキ?……なんじゃね?
なーんて甘い想像が、ひえっと声を上げて逃げ出すくらいに冷えひえで取り付く島もない態度でしたけど?!
研究棟を出て、南社屋につづく小道を行く途中で向こうから千賀氏が歩いてくる。私は先輩の手を思い切り振り払った。手首がジンジンと熱かった。敷地内の木々にとまったクマゼミの鳴き声が急にシャンシャン降ってきた気がした。蝉の声なんてさっきまでただの背景と一緒だったのに。私の手掴んだ形のまま勢いで数歩先まで歩いた先輩が引き返してきて、腕をつかまれた。
「それに、まだ千賀氏と親しくなれてない」
と、私、言いながら思い切り腕を振って先輩の手をはたき落としてやった。先輩から少しだけ離れて距離をとる。だって千賀氏がきたんだもん。
目の前を横切っていく千賀氏に目顔で(おはようございます)って挨拶する。彼が行き過ぎると先輩が小声で、
「勤務中に二人でお出かけするくらいには親しくなっただろ」
と言ってきた。
(嫌味な言い方!)
「あれは、たまたまで……っ」
ちら、と振り返ると、千賀氏は研究棟に入っていくところだった。ふと隣を見上げればしかめ面した先輩も千賀氏の方を見ていた。私の視線に気づくとプイッてそっぽ向いちゃってさ。
「お前のこと、放し飼いにしておく余裕がなくなった」
(なんだ、それ。私、犬猫じゃないんだけど!)
不満たっぷりぷぅっと膨らませてる私のほっぺたをつついてくる先輩の指から顔を背けるとまたつつかれる、を繰り返していると、
「ああ、二人ともこんなところにいたんですか」
と言いながら課長が汗まみれの顔を、ハンカチで拭き拭き小走りに現れた。
「氷雨君、君は戻らなくちゃいけないでしょう。 伊豆川さんは私が引き受けます。急いで戻ってください」
それに無言の先輩が一瞬見せた鋭い視線に課長はちょっと怯んだ。けれど、課長はえへんえへんと空咳をして、
「……命令ですよ」
と言う。
「……チッ……」
と先輩が舌打ちする。
せんぱーい……。
上司に対する態度じゃありませんよぅ……。
なーんて私の心の声なんてもちろん先輩に届くはずもなく。
先輩は両手をズボンのポケットに突っ込み私たちに背を向けスタスタ南社屋へ行ってしまう。と、なぜかまた引き返してきた。何か言おうとした課長をさっと手で制して私を見つめてきた。
気に食わない。昨日の夜からの私に対する態度も、今の先輩の行動もぜーんぶ気に食わない。だから目を合わせたりするもんかって何度も角度を変えて覗き込んでくる先輩のこと全力で無視したっていうのにさ。
「イズっちゃん」ってかけてくる声がいつもと違って頼りないんだもん。
仕方なく視線を上げると、先輩のはしばみ色の瞳に私が映ってた。
私怒っているのに。
つい、(飴玉みたいな綺麗な色……)なーんて思っちゃう。
「……俺、当分家に帰れねぇかもだけど、間違っても他所の男、部屋に上げたりしないでよ」
(はぁっ?)
なぜ、そうなる? というか、私がそんなことするって、この人本気で思ってるの? 居候の身でそんなことできるワケないじゃん!
私が黙ったままでいると、
「返事は?」
って、催促された。先輩の顔がゆっくり近づいてくる。よけなきゃ、って思うのに動けない。だって。
(なんで……。なんで、そんな瞳で見るの? 先輩)
喉の奥に何か空気の塊でも詰まったみたい。声が出てこないの。
そしたら先輩何を思ったのか……フワって。
えーと……フワって、その。
キス、してきたんだ!
……唇を軽く押し当てるだけの軽いやつだったけどさ。
先輩が離れたら何故かようやく声を出すことができて。
「……ヒャハ……、はい」
課長の目の前で、しかも会社の敷地内で、するかなー?
この人ホントっ、信じられない!
……って固まってると、また唇に、ちゅ、ってされた。
「ガッチリ俺のテリトリーでなら、我慢きくけどさぁ」
って、先輩。
キスされたことを受け入れているワケじゃない。勝手なことしないでよ、って思ってる。でも、体が……奥の方から小刻みに震えて、抵抗する気が湧いてこない。
「俺、外ではたがが緩まないように、かなり自制してるってお前、知ってた?」
また先輩の顔が近づいてくる。三回目のキスの予感に私はギュッと目をつむった。
でも今度は先輩の吐息が私の唇を熱く撫でただけ。
思わずため息が出てしまった。
すると、
「コイツの意味、忘れんじゃねぇよ」
と先輩の手が私の髪の中に差し入れられ、無遠慮に私の耳のピアスをひと撫でしていったんだ。
0
あなたにおすすめの小説
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる