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「……ったく。アイツいつ帰ってくるのよ」
って氷雨先輩の顔を思い浮かべてぶちぶちつぶやきながら、私、キャリーカートにジュースのペットボトルの箱売りを乗せて運んでいるところ。
今日は、うちの会社の納涼祭。地区の夏祭りと同じ日にやっているんだ。お祭りの屋台がひと段落して歩き疲れた人たちがぶらぶら当地の敷地に吸い込まれてくる。社員はいくつか並んだテントで部署ごとにヨーヨー釣りをしたり輪投げ大会したり、焼きそばを作って売ったりしている。外の屋台より値段を割安にしているからひっきりなしにお客さんが来て結構賑やか。流石に社屋には入れないようにしてあるけれど、敷地の奥、研究棟の隣のビオトープでは蛍を見ることができるので子供連れも多い。
今の会長が、社長の時に、地区の人たちに少しでもウチの会社を知ってもらいたいって言って納涼祭を始めたんだって。そして、その手伝いを仕事として割り振られたってワケ。就業時間過ぎても給料出ないんだけどね。って、みんなそうなんだけどさっ。
日が暮れても肌にまとわりつく蒸し暑さは健在で近くのドラッグストアからジュースを買って運ぶだけでこっちは汗だくだ。力仕事は男の人にして欲しいのに、男衆はテント作りが終わったらビールを飲み始めるから全然アテにならない。基本テントの売り子は時間交代の当番制で運営している。一人ひとりの負担を抑えて祭りにも参加できるはずだけど、私はこれが〈仕事〉だから、指示されるままひたすら動き回っている。浴衣も着ないで汗だくで。ヒーン、二十代の夏がひとつまた虚しく過ぎていく……。まぁ、一緒に楽しむような彼氏いないし。仕事だし。仕方ない。
「伊豆川ちゃん、ジュースこっちに運んで。アイスボックスに氷追加してくれない? 買ってきたジュースのうち半分はここに入れて」
と私に声をかけたのは丸山さん。
その最中も百円玉を差し出すお客さんからそれを受け取って、氷水が張られたアイスボックスからペットボトルを出しタオルで拭いてから渡す、と言う感じで流れるように動けるからすごい。そして最後にしっかり笑顔。私も一応総務部の末端にいるけど、同じように動ける自信ない。うう、まさかこんなお祭りの場でさえ、自分をいじけさせるシチュエーションに出会うなんて……ペットボトルを運んだ疲労が倍増しなんだけど!
丸山さんは、すっかりいじけ虫になってる私の様子になんか全く気づかない。クルクルと動き回り愛想を振りまきながら、
「もうっ、ほんと人手足りないからきてくれて助かったよ。全く、みんな、自分の担当時間以外はカレカノと楽しんだり、家族サービスしたりで、誰一人戻ってこないの。薄情なんだから!」
と、言った。
まぁ、そう言う丸山さんも浴衣姿だよね?ソワソワと落ち着かない彼女の視線を追えば、外灯の下に、人待ち顔で立っている男の人がいる。ははぁん。どうりでソワソワしてるわけだ……。
「丸山さん、交代時間まで後どれくらい?」
「うーん、あと三十分くらいかなぁ」
って、ちょっと甘えた感じで私を見られてもね。「いーよ、行って」なんて私は言わないぞ。どうせこの後、彼氏との楽しい時間を過ごせるんでしょ。我ながらヒガミっぽい。けど、決まった時間分は売り子してもらわないと。
何しろ朝からこの納涼祭で使う紙コップとか割り箸とか担当者が用意し忘れたっていうものをその都度買いに行ったり、用意したり……私は疲れてるんだ。ようやく落ち着けると思えば、ジュースが足りなくなったから近くのお店行って買ってきて、って言われてさ。あー疲れた。テントの隅にしゃがんでボーッとしていたら、
「ね、伊豆川ちゃん。もしかして、カレ?」
って、丸山さんに肩をたたかれた。
思わずドキッと鼓動が跳ねた。
(? 誰だろ。千賀さん? いや先輩? ……あはは、ナイナイ)
喜び勇んじゃうとか丸山さんの手前小っ恥ずかしいから、わざと「えー、誰かなぁ」なんて呟きながらヨイショと立ち上がる。
目の前に開襟シャツにスラックス姿の課長が立っていた。
「……」
つい無言で見つめてしまうこと数秒。
いや、ごめん、課長。
ちょっぴりドキドキしてしまった自分が恥ずかしい。
彼氏ぃ?! なんて大袈裟に驚かなくて良かったよ。は、は、は。
ーーなーんて言葉の羅列が頭の中、手を繋いでぐるぐるマイムマイムを踊ってる幻が見えた気がした。
気を取り直した私が、
「あー……いや、上司」
というと、丸山さんがてへっと薄っぺらい笑いを浮かべた。
「あはは。そうだと思ってたよ? 彼氏にしては歳上すぎるかなって」
いや、考えなくてもわかるよねぇっ? ……って言葉を飲み込んだ私は国宝級の平和主義者じゃないかしらっ?!
……はぁ。
丸山さんには悪いけど、少し抜けさせてもらった。
ビオトープに向かって歩く。河原のほうでやっている花火がどんどんとうるさい。打ち上げ花火が佳境に入ってきたからか、こっちに流れていた人並みが引き始めている。
「いやぁ、ここのところひとりにしてばかりで申し訳ない」
「先輩、いつ帰ってくるんですか? どこ、行ってるんですか」
「ああ……氷雨君のことですか。どうだろう。当面の対策があるし、あちらの家のこともありますからね……」
って氷雨先輩の顔を思い浮かべてぶちぶちつぶやきながら、私、キャリーカートにジュースのペットボトルの箱売りを乗せて運んでいるところ。
今日は、うちの会社の納涼祭。地区の夏祭りと同じ日にやっているんだ。お祭りの屋台がひと段落して歩き疲れた人たちがぶらぶら当地の敷地に吸い込まれてくる。社員はいくつか並んだテントで部署ごとにヨーヨー釣りをしたり輪投げ大会したり、焼きそばを作って売ったりしている。外の屋台より値段を割安にしているからひっきりなしにお客さんが来て結構賑やか。流石に社屋には入れないようにしてあるけれど、敷地の奥、研究棟の隣のビオトープでは蛍を見ることができるので子供連れも多い。
今の会長が、社長の時に、地区の人たちに少しでもウチの会社を知ってもらいたいって言って納涼祭を始めたんだって。そして、その手伝いを仕事として割り振られたってワケ。就業時間過ぎても給料出ないんだけどね。って、みんなそうなんだけどさっ。
日が暮れても肌にまとわりつく蒸し暑さは健在で近くのドラッグストアからジュースを買って運ぶだけでこっちは汗だくだ。力仕事は男の人にして欲しいのに、男衆はテント作りが終わったらビールを飲み始めるから全然アテにならない。基本テントの売り子は時間交代の当番制で運営している。一人ひとりの負担を抑えて祭りにも参加できるはずだけど、私はこれが〈仕事〉だから、指示されるままひたすら動き回っている。浴衣も着ないで汗だくで。ヒーン、二十代の夏がひとつまた虚しく過ぎていく……。まぁ、一緒に楽しむような彼氏いないし。仕事だし。仕方ない。
「伊豆川ちゃん、ジュースこっちに運んで。アイスボックスに氷追加してくれない? 買ってきたジュースのうち半分はここに入れて」
と私に声をかけたのは丸山さん。
その最中も百円玉を差し出すお客さんからそれを受け取って、氷水が張られたアイスボックスからペットボトルを出しタオルで拭いてから渡す、と言う感じで流れるように動けるからすごい。そして最後にしっかり笑顔。私も一応総務部の末端にいるけど、同じように動ける自信ない。うう、まさかこんなお祭りの場でさえ、自分をいじけさせるシチュエーションに出会うなんて……ペットボトルを運んだ疲労が倍増しなんだけど!
丸山さんは、すっかりいじけ虫になってる私の様子になんか全く気づかない。クルクルと動き回り愛想を振りまきながら、
「もうっ、ほんと人手足りないからきてくれて助かったよ。全く、みんな、自分の担当時間以外はカレカノと楽しんだり、家族サービスしたりで、誰一人戻ってこないの。薄情なんだから!」
と、言った。
まぁ、そう言う丸山さんも浴衣姿だよね?ソワソワと落ち着かない彼女の視線を追えば、外灯の下に、人待ち顔で立っている男の人がいる。ははぁん。どうりでソワソワしてるわけだ……。
「丸山さん、交代時間まで後どれくらい?」
「うーん、あと三十分くらいかなぁ」
って、ちょっと甘えた感じで私を見られてもね。「いーよ、行って」なんて私は言わないぞ。どうせこの後、彼氏との楽しい時間を過ごせるんでしょ。我ながらヒガミっぽい。けど、決まった時間分は売り子してもらわないと。
何しろ朝からこの納涼祭で使う紙コップとか割り箸とか担当者が用意し忘れたっていうものをその都度買いに行ったり、用意したり……私は疲れてるんだ。ようやく落ち着けると思えば、ジュースが足りなくなったから近くのお店行って買ってきて、って言われてさ。あー疲れた。テントの隅にしゃがんでボーッとしていたら、
「ね、伊豆川ちゃん。もしかして、カレ?」
って、丸山さんに肩をたたかれた。
思わずドキッと鼓動が跳ねた。
(? 誰だろ。千賀さん? いや先輩? ……あはは、ナイナイ)
喜び勇んじゃうとか丸山さんの手前小っ恥ずかしいから、わざと「えー、誰かなぁ」なんて呟きながらヨイショと立ち上がる。
目の前に開襟シャツにスラックス姿の課長が立っていた。
「……」
つい無言で見つめてしまうこと数秒。
いや、ごめん、課長。
ちょっぴりドキドキしてしまった自分が恥ずかしい。
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ーーなーんて言葉の羅列が頭の中、手を繋いでぐるぐるマイムマイムを踊ってる幻が見えた気がした。
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「あー……いや、上司」
というと、丸山さんがてへっと薄っぺらい笑いを浮かべた。
「あはは。そうだと思ってたよ? 彼氏にしては歳上すぎるかなって」
いや、考えなくてもわかるよねぇっ? ……って言葉を飲み込んだ私は国宝級の平和主義者じゃないかしらっ?!
……はぁ。
丸山さんには悪いけど、少し抜けさせてもらった。
ビオトープに向かって歩く。河原のほうでやっている花火がどんどんとうるさい。打ち上げ花火が佳境に入ってきたからか、こっちに流れていた人並みが引き始めている。
「いやぁ、ここのところひとりにしてばかりで申し訳ない」
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