総務部人事課慰労係

たみやえる

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 その時、ブー、ブーっと空気を引き裂くような警報音が鳴り響いた。

「なんでしょうか、気になりますね。ちょっと見てきます」

 課長が走り出すから、私も慌てて後を追った。
 すると研究棟の入り口にガタイのいい浴衣姿の男の人を取り押さえている人がいた。

「ああ、この人が建物に入ろうとしていたんです。声をかけたら逃げ出したので……」

「もうすぐ警備員がきます。すみませんがお礼ともどもお話聞かせていただけると……」

と、課長が腰低く言った相手は、前にホテルでレンと千賀氏と一緒にいた、あの気味悪い男の人だった。



 (この人のこと、めっちゃ、誤解していたかも!)と、私は猛省中だった。不審者が捕まって、パトカーまで来た時にできていた人だかりも今は無くなっている。花火の音も聞こえない。そういえばと周りを見ると野次馬で残っているのはみんな首から社員証を下げたウチの社員ばかりだった。私が目の前で起こった捕物に感心してた間に、一般客は、ほとんどはけてしまったようだ。

「不審者を捕まえていただきありがとうございました。もう、帰ってもらっても構いません。煤影さん、祭りの夜に厄介ごとに巻き込んでしまい申し訳ありません。後日改めてお礼に伺います」

 いつの間にか現れたウチの社長が彼に向かって深々とお辞儀をしている。なんで分かったって? だって、外灯の灯りの下でも社長のあの黒縁メガネは印象的で、前に見たことがある私には(あ、社長だ)って、すぐ分かった。

 そのときの私が驚いていたのは、このススカゲという男性についてだった。

 捕まった人をちらっと見たけど、デカくてゴツくて筋肉モリモリで……いかにもって感じで強そうだったんだよ!
 それに対してこの煤影っていう人は、背は氷雨先輩と同じくらいで多分一八〇センチ近く。だけど、体つきはひょろりと細くて吹けば飛んでいってしまいそうなの。全然強そうに見えない。

 もうほんと、(人って見かけによらない……)ってびっくりするやら感心するやら。

「いえ、蛍を見たくてきたのですが、建物に入ろうとする怪しい人影を見たので咄嗟に体が動いただけなのです。お礼は要りません」

と、礼儀正しく遠慮するところもなんだか好感が持ててイイ。

 颯爽と去ってゆく煤影サンの背中に目が吸い寄せられたままでいたら、後ろからきた誰かが私のこと、ぐいと横に押しのけてきた。よろけそうになって(ちょっと!)って見ると、やたらキビキビしたスーツ姿の女性が「社長、こちらにいらっしゃったのですね……」って小走りで社長に駆け寄るところだった。声をかけられた社長がこっちを向いた。

 その瞬間社長と目が合った。

 前回ちゃんと見れてなかった社長の顔を、今、外灯の明かりでバッチリ見れたんだ……。だから間違いようがなかった。

(氷雨先輩! ウソでしょ?)

 後ろに流した前髪が幾分乱れて額にかかってる。さっき、煤影サンにお辞儀したからだよね。先輩はこのクソ暑い中、きっちり首元までボタンをはめてまるで別人。スーツがピシリときまっていた。ずっと話しかけてる女性に向かって頷いてはいるけれど、視線はずっと私に向けていて……。

 多分……うぬぼれじゃなくて、本当に。

 そしたらさ、
「じゃあな」
って、口の動きだけでそう言って……行ってしまったんだ。

 女の人は先輩の後に慌ててついていったけれど。

 じゃあな、って言われちゃってさ、私、追っかけられないじゃん。

 なんだろ。取り残された感がハンパない。そして。

 呆然とその場に立ち尽くしたままの私のところに、

「いやぁ、びっくりしました。産業スパイだとか、嘘みたいな話ですよね」

と課長が戻ってきた。

「ちょうどこの春からセキュリティを強化していたのが幸いしました。ウチみたいな中堅メーカーにも産業スパイが来る時代になったんですかねぇ」

 そんなふうに話してくる課長の会話の八割、いや九割は私の頭に入ってきていない。ごめん、課長。だって、だってさ……。

「か、か、か……課長」

 語尾が裏返ってしまった。

「ウチの社長って……!」

「はあ、気づきましたか。氷雨君が、わが北条工業株式会社の社長なのですよ。本人は嫌々なのが本当に困るのですが……」

——ぐはぁっ。

 あまりにもびっくりして心の中で血反吐(仮)を吐いてたら、課長が心配そうな顔で私のことを「大丈夫ですか?」って覗き込んできた。

「あー、ダイジョウブです。いや、大丈夫じゃないけど……今何時ですか、え? もうそんな時間? いけね、ジュースのテント戻りますね。あー交代時間もう過ぎてる。丸山さん、まだいるかな……じゃ、また。課長」

 ふらふらと……歩き始めて、私、周囲のテンションが、私とはちょっと違うことに気づいたんだ。

 なんて言ったらいいんだろ。冷めてるっていうか、自分の会社の社長なのに関心低くない?

 っていうか……石井さん曰く〈もはや都市伝説化〉しているという噂の……、ウチの社長を拝めたっていうのに、皆キャッキャするわけでも驚くわけでもないんだもん。

 なんで?


 首をひねった私だったけれど、(ま、そりゃそうか)ってすぐ考え直した。他の人からすれば(あぁ、あれが社長なのか)って程度だもん。氷雨先輩=社長って知っていたら、うっかりルームシェアとかしてないし! じゃ、先輩の部屋から出ていけるかっていえば、それも無理だから!

 こうして勝手に納得した私は、その時感じた微かな違和感のことなんて大して気にもしなかったんだ。


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