総務部人事課慰労係

たみやえる

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「伊豆川さんの目が頼りですから」って言われ、会場をぐるりと見渡した私はゲンナリとなった。


 ううっ、この中から見つけろって!?……招待客が多すぎるよ!


「仮にここにウチの社員が来ていても、わかる自信無いです……」


 そう、気弱な発言をした私に、

「必ず犯人は社長に近づいてきます。大丈び。さ、行きましょう」

と、煤影さんが私の肩を抱いてきた。ドキッと身をこわばらせると、

「どうも先ほどから視線を感じます……酔ったふりで私に身を寄せて顔を隠して。不審がられないように」

って、言われても!


 これ以上、不安因子を増やさないでほしい!


 二人で体を密着させたまま談笑さざめく紳士淑女の間を歩いてゆく。


「何か話題を。親しい男女らしく」


 多分……周りにいる人たちの顔を確認させるために立ち止まった煤影サンが私の顎を指先で上向かせる。空いた方の手が髪の中に差し入れられ唇の端に口付けられた。避けようにも後頭部を押さえられていて避けられなかったんだもん。さらに髪をすくわれ耳たぶにまでキスされそうな気配に、

「そ、そうだ……ホワイトナイトってなんですか」

と、私は少し前からずっと気になっていたことを聞いてみたんだ。


 煤影サンが片眉をあげ首をかしげて私を見た。


 誰にも聞けないままだったから、教えてもらいたかっただけなんだけど……。


 まじまじと見られて(あ、あれ? もしかして超常識ってやつ?)私は込み上げてくる羞恥心に耐えきれず、彼が口を開くより先に、

「あ、アレですよね。ホ、ホワッ、白い騎士だからぁ、正義の味方的な?」

と私が言った途端、煤影サンがずっこけた。


 ひと目につかないように気をつけていたこれまでの気遣いが全部パァになっちゃうような豪快なコケっぷり……周囲の視線がちょっぴり痛い。


「伊豆川さん、何か勘違いしていませんか?」


 体勢を立て直した煤影サンにそう言われて、私の方が、はぁ? となる。


「中学校レベルの英語じゃないですか。それくらい、いくら私でも訳せますよ」


「白い騎士って……北海道の銘菓みたいに言わないでください」


「違いますか」


 不満ってほどじゃないけど、つい突き出してしまった私の下唇を煤影さんの人差し指が押し戻す。


「違います。ホワイトナイト、つまり白馬の騎士とは、ですね……」


「ホラ、やっぱり騎士ナイト様!」


「……ちょっと、黙ってください」


「だって、白馬の騎士って言ったらヒーローですよね? 悪者をナイト様とは呼ばないもの。ちゃんと話せば、研究データを返してもらって、それからあの会見も撤回してもらえそうじゃないですか?」


「待ってください、伊豆川さん」


 間髪入れずに言われて、ようやく私は煤影サンがイラついていることに気がついた。口を閉じると、煤影サンは少しだけ表情をゆるめてくれた。


「ホワイトナイトとは、敵対的買収行為の対抗手段の一種です。今回でいうと、敵対している東方精密精器よりも高値で株を買収してくれる、北条工業に友好的な立場の会社を指します」


「買収に対抗するために買収されちゃうってことですか」


 うーん、よくわからない……首を捻った私に、

「まぁ、敵対的な相手にひざまづくより、友好的な相手の傘下に入る方がマシ、と言うわけです」

と、煤影サンが言う。ふーん。じゃあニケメティって会社は、ウチの会社とオトモダチ的な? ふむふむ。なんかピカッと来ちゃったかも、私。


「……ってことは、ウチの会社を助けようってしてくれる会社のマイケル社長は、いい人じゃないですか」


 なーんだ、スパイよろしく潜入する必要なかったじゃん。ガッチガッチに緊張していた自分が馬鹿みたい。急に心が軽くなった私が、

「千賀さんの研究データ返してって、ついでにあの会見を撤回してって掛け合いましょう!」

 そしたら、煤影サンすっごく険しい表情になった。


「あの……?」


 不安になって顔をのぞくと、

「良い人の皮を被ったオオカミだったらどうするんですか」

と低い声で言われた。


 煤影サンの声音に重くて痛くて暗い感情が潜んでいるような気がして、私は口を閉じた。


 彼をただただ見上げた少しの間……。


 突然誰かの腕が私の腰に巻きついてきて、いきなり後ろに引っ張られたんだ!


「今日は毛色の違うウサギが混じっているな。まぁ? 美食ばかりで飽きがきていたところだ」


 酒混じりの生あたたかい息。それが首のすぐ後ろにかかってきて、その気持ち悪さに私はヒィッと息を呑んだ。すぐさま振り返って引っ叩いてやりたいのに、体を密着させられているから身動きできない。わかるのは私のこと後ろから抱え込んでいる相手が男っていうことだけ。大きな手のひらが無遠慮に背中やお尻を撫で回してくる。怒りと恥ずかしさ、屈辱感と嫌悪感が私の中で激しく渦巻いた。


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