総務部人事課慰労係

たみやえる

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 その時ふと思いついて、俺は尻ポケットに突っ込んでいたナイフを車のタイヤの一つに思い切り突き立ててやった。溜め込んでいたストレスを晴らすには大人しすぎだったかもしれない。でも少しだけスッとしたのも事実だった。


 とにかく山の中へ、人気のない方へ。


 あちこち傷だらけになってたどり着いたのはいわゆる限界集落ってやつだったんだと思う。


 心配していた追手の姿はまだ見ない。(うまく逃げられたのかも……)


 よろよろしながら、立ち止まる気になった。


「氷雨兄ぃ、喉乾いた……っ」


 息も絶え絶えに言った弟の声に、ようやく俺も喉が渇いていることに気がついた。



「すみませーん……」


「ごめんくださぁい」


 引き戸の玄関はアルミじゃなくて木の格子で出来ていて、開けようとするのにどこが引っかかっているみたいにガキの俺の拳ひとつ分しか開けられない。


「水をもらえませんかぁ……」


 いくら声をかけても応答はない。


 時計を持っていないから何時かわからないけれど、夕焼けでオレンジだった空が群青色にかすみ始めている。


 腹も減ったし、できることなら屋根の下で眠りたい屋根の下で眠りたい。


 目の前の家の窓には一向に明かりがつかない。


(くっそ。空き家かよ)


 苛立ち紛れに言うことを聞かない玄関の引き戸を力任せに引く。重しがなくなるような手応えを感じるなり、ぴしゃんっと小気味よく玄関が開いた。


 喉が渇いたと先に言っていた弟がいそいそと中に入り……「あっ」と声を上げる。


(空き家じゃ、水道があっても水、出ないじゃん……)


と不貞腐れていた俺も、弟のあげた声に驚いて家の中に飛び込むと、転んで三和土に伸びている弟の足のあたりに、体育座りの女の子が。まんまるい目をして俺を見上げ……パタリと倒れた。


——いやもぅ、驚いたの、なんのって!


 慌てて伸びていた弟を叩き起こす。倒れている少女を見下ろして俺たちは顔を見合わせた。


 弟が恐る恐る少女の口元に手をかざし呼吸を確認する。


 ますます日が暮れて、灯りもない家の中は薄暗かった。


 弟は彼女の存在を確認するまもなく、しゃがんでいたこの子に突っかかってすっ転んだんだんだ。俺に起こされ初めて倒れているこの子を見て……思わず死んでないか確認したくなったんだよな。俺の方は一瞬この子と目があったけど、いきなり倒れられて頭ん中真っ白けだった。だから弟が、

「氷雨兄、この子生きてる」

と言ったのに、大きく安堵の息が出た。


「他に家族とか、いないのかな」


「……だよな。奥の部屋に誰かいないか入ってみる?」


 弟にお伺いを立ててしまったのは、怖かったから。俺たちは再び顔を見合わせた。気を失ったままの少女をそのままに上り込んだ廊下の突き当たり。そう広くない家の中、唯一あるドアを軋ませながら開け……。



「こっちは、もうダメだ……」




 結果から言うと二日後、俺たちは訪ねてきた集落の人に見つかり保護された。


 集落にたった一つの商店にジュースやパンを買いに行ったのがマズかった。


 見たことのないガキがうろついてるぞって、ジジババの間ですっかり話題になってたのも仕方ない。


 小学生でも、山を降りた先へ時間をかけてバス通学しなくちゃならない、そんな過疎の村だったから。


 正直助かったと思った。


 どうしたらいいかわからなかったんだ。


 女の子は生きていた。でも、同居していたっていう婆さんがさ。


 少女はハルカと名乗った。


 婆さんは村の祈祷師兼医者で(と言っても本当の医者じゃない。雨乞い、病人怪我人等々をまじないとか祈祷でなんちゃらかんちゃら……って、いつの時代の話だよ?)祈祷中は婆さんの部屋に入るなと言われていたハルは言いつけを守り……いつまでも部屋から出てこない婆さんを待っていたのだそうだ。


 しかし、飯時になれば食事の用意をしに出てくるはずの婆さんが来ないのでハルカは、心細いやら怖いやら、玄関で丸まっていたそうで。つまり、俺が玄関を開けようとしてうまく行かなかったのは、座り込んだハルカの背中が片側の引き戸にあたり、つっかえ棒になっていたからだった。



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