総務部人事課慰労係

たみやえる

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 近づけば引き、引けば近づく。ここではまるで私たちの間に、何か見えない風船が挟まっているみたい。


 会社での、ズカズカずけずけ私のパーソナルスペースに入り込んでくる氷雨先輩とは別人になるんだよなぁ。


 チン、と音がして最上階に着いた。


 あとは玄関までこの通路をまっすぐ行けばいい。


 通路のコンクリに伸びた二人分の影に口元が緩むのを抑えられない。


 なんだかんだ言って、私は氷雨先輩にすっかり心を許してしまっていて。


 先輩の部屋が、いつの間にか、実家以上に私の家になってる。


 ね、先輩。私にもっと心を開いて欲しいなぁ。体の距離じゃない。心をさ。もっと近くに欲しいんだ。


 私の気持ちは。これって、なんて言うのかなぁ……。


 冬の月が、凍った空気を絡めとり飴の糸のような薄くて硬い光を降り注いでいる。


 私と。先輩の上。


 半歩前を行く氷雨先輩の腕を掴もうとした私の目に、部屋のドアの前に、ひときわ背の高い影が立っていた。


「あ、おかえりなさい。和雨」


 駆け寄ると抱きしめられた。和雨さんの香水の香りが私にただいまと言う。


「あ、」


 振り返るとすぐ後ろに先輩が唇を尖らせたっていた。


 ずるいな。私がやるとガキって馬鹿にするくせに、先輩がやると、そういう子供っぽい表情もサマになってる。


「……氷雨先輩も。おかえりなさい」


 先輩も招き寄せて、三人でギュッ、てした。


「遥香も、な」


「ハルカちゃんもね」


——ただいま。


 おかえり。


……って。




 今日の夕食は、和雨が空港で買ってきてくれた焼き鯖寿司と、インスタントのお味噌汁だった。


 食べ終わると、ロシアから飛行機に乗ってきたという和雨が疲れているはずなのに、なれた手つきで三人分の緑茶を淹れてくれた。


 お茶を飲んで一息ついたおかげでフッと思い出した私が、

「そういえば、真中さんから氷雨先輩にお礼を言って欲しいって頼まれました。足を向けて眠れないって、私から先輩に伝えてくれって」

そう言うと、湯呑みのお茶をふうふう冷ましていた和雨が首を傾げた。


「その人、ハルカちゃんが氷雨兄と暮らしてるって、知ってるわけ?」

と、聞かれてようやく私は真中さんとの別れ際の会話で自分が何に引っかかっていたのかわかった気がした。


——会社の社長が借金持ちの新入社員と同じ屋根の下、暮らしているっていうの、あまりよろしくない……かも、ってこと。


 ほら、先輩は経済誌から取材を受けちゃったりして、ちょっとは有名になってきているわけで。


「変な週刊誌に新進気鋭、若社長のスキャンダルって取り上げられたら、会社としてはイメージダウンかな?」

って、和雨、意地悪なこと言い出さないでよ!


 青ざめた私が、

「まさか、先輩と私が同じ部署だからでしょ?」

と、慌てると、和雨が目を細めて私と氷雨先輩を交互に見た。


「ふーん。ま、一応二人とも成人済みの大人だからね。同棲してるってバレて、それでどうなんだって話だもんね」

と、自分で話題を振りながら、和雨は話を完結させる。先輩もお茶を啜りながら、

「俺は今独身だからな。誰と噂になろうと問題ない」

と、しれっとしている。


「氷雨兄だけハルカちゃんと噂になるのはズルい。それなら、氷雨兄だけじゃない、オレも一緒に住んでいるって声を大にして言ってやる」


なんて、和雨が真顔で言うから、私はちょうど口に含んでいたお茶をワウの綺麗な顔に向かって吹くところだった。


 まぁ、私と噂になっても先輩が気にしないなら、私もあれこれ考えなくていいか。


 和雨の優しさに心がほかほかした。


 なんだかんだ兄弟愛に溢れてるんだ。この二人ってさ。


 あと、和雨は最近自分のことを〈オレ〉というようになった。先輩の部屋の中でだけだけど。私にとっては、嬉しい変化のひとつだったりする。より〈家族〉になった気がするから。


 和雨が淹れてくれたお茶は、私が淹れるのとは違う味がした。はっきり言って美味しい。茶葉の旨味成分が五割り増しに感じる。そうほめると和雨が嬉しそうに笑うから、私はもっと嬉しくなる。二人でニコニコしながらお茶を啜っていると、

「明日は手料理食べさせてあげるからね……って氷雨兄、さっきから黙って……まさか妬いてる?」


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