アンバランサー・ユウと世界の均衡 

かつエッグ

文字の大きさ
11 / 63
第一部 「エルフの禁呪」編

その人は、150年の呪いからエルフを解き放つ。

しおりを挟む
 「ねえ、ライラ、そこにいるんでしょ?」

 いきなりユウに呼びかけられて、わたしは固まってしまった。
 そうなのだ。
 わたしは、さっきから院長室の扉にはりついて、二人の会話に聞き耳をたてていたのだ。

 (えっ、ばれてた?)

 わたしの顔は真っ赤になった。
 なにか、ユウの秘密に関係する大事な話があるような気がして、そーっと扉に忍び寄って、二人が話すのを聞いてしまっていた。
 知りたがりが、わたしの悪いところなんだ。
 細かいところまではよく聞こえなかったけど、漏れきいた二人の会話は、口調からなんだか大人っぽい雰囲気で、聞くのもまずいような気もして、なんどもその場から離れようと思ったんだけど、けっきょく盗み聞きをやめられないままでいた。

 「院長先生、いいですよね?」

 ユウは、院長先生に確認を取ると

 「ライラ、君も入ってきてよ」

 そういったのだ。

 「ごめんなさ……あっ!」

 謝りながら、おずおずと扉をあけると、まず目に入ったのが、禍々しい呪いの紋様を身にまとわりつかせて立つ、全裸のルシア先生だったのだ。

 「せ、せんせい……」

 無残なそのありさまに、ことばを失うわたしに、ルシア先生は、口の端で笑った。

 「驚いたでしょう、ライラ。これが魔獣の呪い……150年間続いているわ」
 「苦しくないんですか……そんな」
 「この程度の痛みは耐えられるわね……それより、魔法が使えないのが、やっぱり不便ね」

 ルシア先生はさらりと言った。

 「ああ、ルシアさん、やっぱり痛み、あるんですね」

 ユウが、眉をひそめた顔でいった。

 「ルシアさん、やっぱり、あなたは大した人だ……。でも、それももう終わりですよ。
 ぼくが今からなんとかする。
 それで」

 ユウはわたしに向かって、

 「ライラにも手伝ってほしいんだよ」
 「えっ?」

 それはたしかに、ユウになら呪いだって、なんとかなってしまうかもしれないが、このわたしが……、魔法だってろくに使えないこのわたしが、こんな150年も続く呪いに、できることなんか、一つだってあるとはとうてい思えないのだが。

 「ライラの生命の渦は、実は、ルシア先生の渦にパターンが似ているんだ。大魔導師のルシア先生と渦のパターンが似ているということ、それはとりもなおさず、ライラに優れた魔法の適性があるということなんだけど……」
 「そう、ライラの魔法の適性については、わたしも以前からそう思っていました。たぶん、ライラには、潜在した大きな能力がある」

 と、ルシア先生も確信のある声で言った。

 「はい?」

 わたしはユウと先生の会話についていけてない。

 「適性はさておき、ふたりの渦のパターンが似ているというところが、この場合重要だ。つまり、健全なライラの渦を、ルシア先生の滞った渦に重ね合わせるようにして、ルシア先生の渦にかけられた呪いのブロックを崩す」
 「でも……」

 と、ルシア先生が

 「それで、ライラになにか危険が及ぶようなことはないですか? もしそうであるなら、わたしは、解呪をのぞみません」

 きっぱりといった。
 思わず、わたしは大きな声をだした。

 「わたしなら、大丈夫です! それで先生の呪いが解けるなら、なんだって……まあ……まあ、ちょっとは怖いですけど」

 ユウがやさしく笑った。

 「大丈夫だと思うよ。ライラの渦をコピーして、それをルシア先生の渦に上書きしようとするようなものだから、オリジナルであるライラには影響はないと思うんだ」

 そう説明してくれたが、何を言っているか、正直、わたしにはさっぱり理解できなかった。

 「それなら、いいのですが……」

 ルシア先生は、まだ心配な顔をしているが

 「大丈夫です、先生。ユウは本当にすごいんですから。ぜったいになんとかしてくれます!」

 わたしはルシア先生にそういって、

 「少し恥ずかしいけど、わたしもがんばります!」

 恥ずかしさをこらえながら、決意を固めて、服をぬぎはじめた。
 男性であるユウの前に、肌をさらすのは、年頃の女性としてはつらいものがあるのだけど。
 でも、ルシア先生のためなら、そんなことをいっている場合ではないのだ。

 「ちょ、ちょっと待って!」

 ユウがあわてた声を出した。

 「なんで、ライラが服を脱ぐの!」
 「えっ?」
 「いや、なんでそこで君が、いきなり服をぬぐのかな……」
 「だって、ルシア先生も、ああだし、わたしも脱がないと、解呪はできないんじゃあ」
 「そんな必要はないんだよ」
 「えーっ?」

 わたしは、もう脱いでしまった上衣で、あせって自分の体をかくした。

 「そ、そうなんだ……脱がなくても、いいんだ……あはは……」

 ユウはわたしから急いで目を逸らし、わたしはからだがかっと熱くなり、ルシア先生はくすりと笑っていった。

 「ありがとう、ライラ。あなたのその気持ちは、とてもうれしいわ」
 「は、恥ずかしいです……」

 わたしは、自分のかんちがいに小さくなった。でも、この状況なら、そう考えてもしかたがないよね。そんなふうに自分を慰めるのだった。




 「それでは、はじめよう」

 ユウが言い、ルシア先生とわたしは、ユウの前に並んで立った。
 ユウの顔が、引き締まる。
 そして、わたしをじっとみつめた。
 わたしのからだの内部までをすべて見通すようなその瞳に、今は服をまた着ているのだけど、それでもなにか、わたしは体が熱くなり、胸がどきどきしてくるのを止められない。
 しばらくわたしをそうやって見ていて、

「よし、完全にコピーしたぞ。これをこんどは」

 ユウは次に、ルシア先生に瞳を向けた。
 わたしと同じように、ルシア先生をみつめる。
 ユウは、ルシア先生の顔をのぞきこみ、安心させるようにひとつうなずくと、その視線をルシア先生の体幹に下ろしていった。ルシア先生の均整の取れた美しいからだにからみつく、うごめく黒い紋様をたどるようにして、視線を走らせる。

「呪いの部分だけに、健全なライラの渦を、こうして、上書きコピーしていけば……!」

 集中するユウのひたいを、ひとすじ、汗がつたった。

「あっ」

 変化が現れた。
 その黒い紋様がざわめいた。
 紋様はいっしゅん、驚いたようにその動きをとめて、そしてまたじわじわと動き出すが、新しい動きは、それまでのものとは違って、なにかバラバラだった。おそらく、ルシア先生を拘束している呪いの秩序が、崩されようとしているのだ。

 (これが、アンバランサーの力!)

 ユウはその紋様の様子を、相手の一瞬の動作も見逃さないような、すぐれた戦士が相手の力量をはかるかのような目で、みつめている。

 (すごい!)

 「崩れる……紋様が、崩れていく……」

 今、紋様はもはや、統一した全体を保つことができず、弱々しく、切れ切れになって薄れていく。

 「うふぅぅ……ああぁ…………」

 ルシア先生が、ドキリとするような、なまめかしい吐息を吐いた。

 そして——150年、ルシア先生を苦しめ続け、その力を奪ってきた、黒い呪いの紋様は、ついに消滅した。

 「やった、成功だ! これでルシア先生はもとどおりに……」

 ユウは告げたが、その瞬間、顔を真っ赤にして、慌てて横を向いた。
 体幹をおおっていた紋様がすべて消え去り、そのけっか、ユウの前には、なにひとつ隠すもののないルシア先生の、輝くような裸身が現れたからだ。

 (ユウさんって)

 わたしは、ほほえましい気持ちになったが、

 「うぁっ?」

 とつぜん、自分の体に異変を感じ、叫ぶことになった。

 「なに、これ?」

 体が熱い。
 なにか大きな力がどんどん自分に流れ込んでくる。
 けっしてそれは嫌なかんじではないんだけど。
 力強くて、やさしくて。
 圧倒されるような、そしてどんどんなにかが広がっていくような。

 「うああああ?」
 「ライラ?」

 ユウがわたしの両肩をがっとつかんだ。
 そして、わたしを視た。

 「大丈夫ですの?」

 ルシア先生が心配そうにきく。

 「…………」

 沈黙の後、ユウが、ぽつりと言った。

 「レゾナンス……」

 ルシア先生が聞き返す。

 「レゾナンス?」
 「そうです。
 コピーはオリジナルに影響を及ぼすことはないと、僕は言ったけど、まちがっていたようです。
 ライラの渦をコピーした結果、ルシア先生の生命の渦と、ライラの生命の渦が非常に似通ったものになったために、二人の渦の間に共振レゾナンスがおきて、圧倒的に力の大きなルシア先生の方から、ライラに向けて、渦の調整がおこりました」

 ルシア先生の顔が青ざめた。

 「では、わたしの呪いがライラに? ああ、それは!」

 うろたえるルシア先生のことばを、ユウが打ち消した。

 「大丈夫です、ルシア先生。そうではないのです。これは調整なのです。けっして悪い結果にはなりません、このことで、ライラの身に起きることは、むしろ……」

 ユウがそこまで言ったとき、

 建物のどこかで、

 バリン! 

 と大きな音がして、

 きゃあああ
 助けてぇー

 子どもたちの悲鳴が、わたしたち三人の耳をうった。
 悪意をもった何者かが、今、わたしたちの院に侵入したのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

今更……助けてくれと……言われても……

#Daki-Makura
ファンタジー
出奔した息子から手紙が届いた…… 今更……助けてくれと……言われても……

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

神々の間では異世界転移がブームらしいです。

はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》 楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。 理由は『最近流行ってるから』 数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。 優しくて単純な少女の異世界冒険譚。 第2部 《精霊の紋章》 ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。 それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。 第3部 《交錯する戦場》 各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。 人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。 第4部 《新たなる神話》 戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。 連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。 それは、この世界で最も新しい神話。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

処理中です...