アンバランサー・ユウと世界の均衡 

かつエッグ

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第一部 「エルフの禁呪」編

<院長室での、ルシアとユウの対話>

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 「今日は、ありがとう。あなたのおかげで、子どもたちも大喜びよ」
 「喜んでもらえて、よかったです。でも、しとめたのは、ジーナですよ」

 草豚のシチューに満足した子どもたちが、ベッドでそれぞれの夢をみはじめた時間。
 院長室で、ルシアとユウが、向かい合って話をしている。
 院長室は、ルシアの私室も兼ねていて、今のルシアはラフな白の貫頭衣を着ていた。
 テーブルについた二人の間には、ルシアが淹れたハーブティがあった。
 部屋には柔らかい、こころが落ち着くようなハーブの香りが漂っていた。
 ルシアが、その鳶色の瞳でユウをじっと見つめ、そしてはっきりと言った。

「ユウさん……、あなたは、この世界の人ではない、そうですね」

 ユウは、不思議そうな顔できいた。

「ルシアさん、なぜ、それを?」
「わたしは、以前、あなたのような、別の世界からきた人に会ったことがある。
 それは……」

 ルシアは、ハーブティを一口飲み、そして遠くを見る目になった。

「ずっと、ずっと昔……そう、わたしがまだ、この院のこどもたちよりも、もっと幼くて、だから、あれは……そう、かれこれ800年くらい前のことになるかしら」

(800年! ルシアさんの年齢って)

 ユウのその考えを読んだように、ルシアは微笑んだ。

「そうよ、びっくりした? わたしは920歳のおばあちゃんなの」

 ユウはどぎまぎして

「いや、その、エルフってほんとうに長命なんですね」

 などと、どうでもいいことをつぶやく。

「ふふふ……あなたも、でしょうに」

 そして、ルシアは話を続けた。

「……その人は、突然現れた。
 ここからずっと、ずっと北の方にある、わたしたちエルフの村に。
 そして、しばらく滞在して去っていった。
 不思議な人だったわ、そう、あなたのように。
 そういえば、髪の色も瞳の色もあなたと同じだった。
 服装もなんだか似ているわ。
 その青いズボンは何って、わたしがきいたら、だよって。
 ひょっとして、あの人、あなたと同じ国からきたのかしらね。
 朝ご飯をわたしたちといっしょにたべるたびに、こういってたわ。
 『ああ、あったかいご飯に、生卵をかけて食べたいなあ……』」

 ユウは思わず笑った。

 「ああ。まちがいないです。その人、ぼくと同郷です。でも、800年前? なにか時間があわないような気もするけど……」

 首をひねる。

 「その人も、自分は『アンバランサー』だって言ってた……。
 アンバランサーってなんですか、ってわたしが聞いたら、少し考えた後、自分でもはっきりしないけど、たぶん、均衡を崩す役目じゃないかっていってたわ。
 渦が滞らないようにする役目なんだって。
 乱れた渦をただし、滞った渦を開放して、世界がちゃんと続くようにする役目だって。
 そのために、この世界を旅しているんだ。
 そのために、もともといた世界から、ここに、この世界に、連れてこられちゃったんだよ、
 そう笑っていた」

 ルシアがその人の話をするとき、その表情はとても幸せそうだった。

 「とても、優しい人だったのよ……」

 ルシアは独り言のようにつぶやいた。
 ユウは、首をひねった。

 「均衡を崩す……均衡が崩されないと、いったい何が起きるというんだろう……」
 「さあ、……わたしにも、わかりませんわ」
 「それで、その人はどうなりましたか」
 「わからない。
 わたしは、その人にはそれから二度と会うことがなかった。
 でも、世界はちゃんと——いや、ちゃんとかどうかは、ちょっとわからないけど——まだ、続いているわ。
 あの人が、任務を全うしたということなのかしらね。
 あら……おしゃべりしているうちに、冷めてしまったかしら。お茶淹れなおすわね」

 ルシアは、さっと立ち上がろうとして、痛めた足下がふらつき、よろけてしまった。

 「危ない」

 ユウが、手を伸ばして、そのからだを、さっと支えた。

 「ありがとう」

 エルフの長身ながら均整の取れたからだにふれて、ユウはどきりした。
 ルシアはたしかに美しかった。
 なにかの花のような、馥郁とした香りもする。

 「この足……」

 ルシアは苦笑いをした。

 「わたしにかけられた呪いがどうしても解けないの。150年前に、王都を滅ぼそうとした魔獣との戦いで受けた呪い。そのために、どんな回復術をつかっても、この足は治らないし、そもそもわたし自身、その呪いを受けた時から魔法が使えなくなってしまったのよ。魔法の手順はわかっていて、魔力も自分の中にあるのがわかるけど、いくらやっても、魔法は発動しない……」
 「それは……」
 「まあ、魔法が生きるすべてではないし。
 私はここまで900年生きてきた経験と、その間に蓄えた知識があるから、それでなんとかやっているけど……」

 質素ではあるが、たくさんの本に囲まれた部屋をぐるっと見回して、

 「そして、その知識を伝えていきたくて、その知識でみんながもっと幸せに暮らせるようにしたい、そんな願いがあって、世界が荒廃したあの戦いのすぐ後から、こういう場所をはじめたわけだけど、まだまだね。こどもたちに、十分に食べさせてあげることも、なかなか難しい」

 淡々と話すルシアの横顔を見て、

 (そうやって、150年ものあいだ、この人は、ひとりでがんばってきたんだなあ……)

 ユウは目頭が熱くなった。

 「尊敬しますよ、ルシアさん、あなたはりっぱな人だ」

 おもわずルシアの手をとってしまい、あわてて離した。
 ルシアは、こぶしを握り、

 「わたしは、自分にできることをしているだけなの、ただそれだけ……。でも、思うことはあるわね、もう少し、前の自分が持っていた力がもう少し使えたら、この場所も、もっと、なんとか……ってね。これでもわたしは、かなり名の通った魔導士だったから……」
 「ルシアさん」

 ユウが真剣な顔で言った。

 「はい?」
 「なんとか、なるかもしれない」
 「えっ?」
 「あなたの、その呪いです。ぼくには、その呪いの機構しくみがわかるような気がする……」
 「まさか……」

 ユウには、視えていたのだ。
 ルシアのからだの中にある、複雑に絡み合ったたくさんの渦。
 本来は、それらの渦が協調して働き、生命を十全に発揮するのだが、ルシアのものは、その渦に、何か所か、ブロックがかけられていた。そのため、渦の回転が滞っている。
 ときおり、滞った部分の渦が、無理にも回転しようとするのだが、ブロックのため軋んでひきもどされてしまう。

 (あれが、呪いの正体だ。ルシアさんの生命の均衡が崩されている。いや、本来崩れて流れるはずの均衡が固定されている。それを解除して、元に戻すことさえできれば……そして、アンバランサーならそれができる)

 ルシアはいぶかしげに言った。

 「そんなことが、本当にできるのですか? 魔法が得意なエルフの、最高の術者でも無理だったのに……」

 しかし、ユウの中には確信があった。

 「できます、ぼくがその呪いをとく」

 しばしの沈黙の後、ルシアは

 「わかりました。アンバランサーを……いえ、あなたを信じて任せます」

 そういって、いきなり、貫頭衣を脱ぎ捨てた。

 「えっ?」

 衣の下から、エルフの輝くような白い裸身がなんの被いもなく、あらわとなったが、

 「これがわたしにかけられた呪いよ……」

 その美しい裸身は、体幹をまがまがしい黒い紋様でおおわれていた。その紋様はしかも、その瞬間も、うねうねと動いていた。
 ユウの目には、その紋様が、ルシアのからだの中にある生命の渦をキャンセルするがごとく、逆回転して妨害しているのが見えた。

 「だいじょうぶ、そんなもの、アンバランサーのぼくが消してみせる……」

 ユウは、力強く断言した。

 「でも、その前に」

 そして、院長室のドアの向こうに呼びかけた。

 「ライラ。そこにいるんでしょ?」
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