アンバランサー・ユウと世界の均衡 

かつエッグ

文字の大きさ
31 / 63
第一部 「エルフの禁呪」編

<幕間> ガネーシャ様の犬

しおりを挟む
 ぼくの家は、今、いろいろたいへんで。
 お父さんは、どこか遠く、南の方に働きに行っちゃってるし。
 お母さんは、今日は朝から調子が悪くて。
 お母さんが、ベッドの中から、すごく申しわけなさそうに言うんだ。

 「悪いけど、ダーシュ、うちの鶏が生んだ卵、市場で売ってきてくれる? お母さん、今日、市場まで行けそうにないわ……」
 「うん、いいよ!」

 ぼくはそう答えた。

 「ごめんね、ダーシュ。お金がどうしてもいるの」
 「大丈夫だよ、行ってくるよ」

 たいていのものは自分たちでなんとかしても(ジキュウジソクとお母さんは言った)、どうしても、お金というやつが必要になるときはある。ぼくだって、それくらいはわかるんだ。
 それで、ぼくは、かごに卵を入れて、市場にでかけた。

 「あたしもいく」

 妹のリザも、ついてきてしまった。
 正直言って足手まといだけど、家に残して、調子の悪いお母さんに面倒かけるよりましかな。
 そう思って、連れてきてしまった。
 市場はいつものように大勢の人でにぎわっている。
 ぼくらは、じゃまにならないように、いちばん外れの方で店を出した。
 店を出したって言っても、かごをおいて、その後ろにぼくとリザが座って、道行く人に、

 「卵いりませんか」
 「生みたての卵です」

 そういって声をかけるだけだ。
 でも、今日はさっぱりだった。
 この前お母さんについてきた時は、もっと売れてた。
 それはお母さんが、愛想よく、通りがかる人に声をかけて、お話をしたりして、がんばったからだと思う。ぼくたちにはとてもそんなことはできそうにない。

 「卵いりませんか」
 「生みたての卵です」

 ……売れない。
 だんだんぼくは焦ってきた。
 なんとかお金を持って帰らないと。
 なにに使うかはわからないけど、お金を持って帰らないと、ぼくのうちはたいへんなことになってしまうような気がした。

 「卵いりませんか」
 ……。

 気づくと、リザがいない。
 あいつ、どこいっちゃったんだよ?
 きょろきょろ見回して、探すと、いた。
 リザは、向こうの方で、黒い犬と遊んでいた。
 のんきだなあ……。
 ちょっと腹も立った。
 それで、

 「リザ! だめじゃない、こっちこいよ!」

 怒った声でリザを呼んでしまった。
 まあ、リザはあんなにちっちゃいんだし、しかたないんだけどね、ほんとは。
 ぼくの声に、リザはびくっとして、こっちをみると、泣きそうな顔で走ってきた。

 「ごめんね、お兄ちゃん……犬がね」
 「見てたよ。怒ってないから、がんばって卵売ろうよ」
 「うん」

 「あっ!」

 びっくりした。いつの間にか、リザが遊んでいた黒い犬が、ぼくらの前にちょこんとすわっていたからだ。

 「お前、あたしについてきたのね」

 リザが言う。

 「なんかほしいの?」

 犬は、しっぽをパタパタさせて、じっと座っている。

 「なんか、ないかな…」

 リザは自分の服のポケットをさぐって

 「あ、こんなのあった」

 お母さんが焼いたクッキーの小さなかけらをみつけだした。

 「ほら、あげるよ」

 そういって、そのかけらを手のひらにのせて、犬の前につきだした。
 犬は、長い舌を出して、そのクッキーをぺろりとなめとった。

 (えっ?)

 ぼくは、ぎょっとした。
 クッキーをなめとった犬の舌……なんかへんだった。
 ピンク色の舌の上に、なにかの呪文のようなものが黒く書かれていた気がする。
 それとも、あれはただのあざ?

 (ひょっとして、こいつ、魔物?)

 不安になって見てみるけど、犬に悪意は感じられない。
 犬は、立ち上がると、くるりと向きをかえ、走り去った。

 「まんぞく、したのかな」

 リザが言い、ぼくらはまた

 「卵いりませんか」
 「生みたての卵です」

 そのうちに、たったったと足音がして、

 「あっ、帰ってきたよ!」

 また、黒い犬が戻ってきた。
 なにか布の袋をくわえている。
 そして、ぼくらの前でちょこんとまた座る。
 しっぽをパタパタふる。

 「これ、お礼?」
 「だいじょうぶかな、どこかから盗ってきちゃったとか?」

 そうぼくらが顔をみあわせていると、

 「おふたりさん」

 声がかかった。
 顔を上げると、そこには、色とりどりに染められた、見慣れない服をきた、おばあさんが立っていた。この土地の人ではなさそうだ。

 「喜捨をありがとう、この袋はお礼だよ」
 「きしゃ?」

 なんのことかわからない。

 「わからなくても、いいんだよ。それより、さあ、その袋を開けなさい」
 「は、はい」

 袋のふちをしばった紐をほどいて、中身をだすと、なにか黒い、干からびたしわしわの、細長いさやのようなものが何本も入っていた。さやが割れているのもあって、種だと思う、すごく小さな、黒いつぶつぶがこぼれていた。あまり嗅ぎなれない、でも、ちょっと甘い匂いがした。

 「いいかい、それを、かごの卵のところに、いっしょに出して並べておくんだ。
  そうすると、いいことがあるから」
 「いいこと?」
 「そう、いいことだよ」

 よくわからなかった。でも、とにかく少しでも良いことがないと、このままでは我が家は困っちゃうわけだから、おばあさんの言うとおりにすることにした。

 「そうそう、そうやって、さあ、がんばって卵を売るんだ」

 おばあさんは、そういうと、黒い犬をつれて、人ごみの中を去っていった。
 去り際に、

 「ふたりに、様のご加護を。そして、、祝福を……」

 そうつぶやくのが聞こえた。なんのことか、わからなかったけど。

 「卵いりませんか」
 「生みたての卵です」

 ぼくたちがそうやって、卵売りを再開すると

 「あっ、これは!」

 という声がして、ぼくたちの前に立ち止まる人がいた。
 お兄さん一人と、お姉さん二人。
 お兄さんは、はじめてみるようなおかしな格好をしていた。いったいどこから来た人なんだろう。
 お姉さんの一人が、獣人の鼻をひくひくさせて

 「なんだか、甘い匂いがするね」

 お兄さんは、興奮した声で

 「これは、だと思う。卵もあるし、あとはミルクがあれば、がつくれるよ!」
 「すごい、すごい!」
 「ちょっと、ジーナ、あんた、がなにかって、わかってるの?」
 「しらないけど、おいしそうじゃん」

 ぼくが見るところ、この獣人のお姉さんはたぶん、おっちょこちょいだと思う。

 「とにかく、買っていこう。ねえ、きみ、このバニラビーンズと、卵ぜんぶ、売ってくれるかな!」
 「ぜんぶ?!」

 びっくりした。
 でも、

 「やったあ!」

 ぼくとリザは大喜びした。

 「これは、ずいぶん貴重なものだから」

 そういって、お兄さんは気前よくお金を払ってくれた。
 ばにらびーんずとかいうものは、あのおばあさんにもらったものだったから、なんだか申し訳なくて、そのこともお兄さんたちに話したんだけど、かまわないって。

 「きっとあの人だなあ」
 「まだ、このあたりにいたんだね」
 「いろいろ、話をきいてみたいわね」

 三人はそんなことを言っていたから、あのおばあさんの知り合いみたいだった。

 「よーし、かえってぷりんをつくるぞー」
 「うわーい!」

 おっちょこちょいの獣人のお姉さんが、とびあがって喜んでいる。

 ぼくたちも、品物がぜんぶ売れたから、家に帰ることにした。
 おわかれするときに、

 「そうだ」

 お兄さんが、服をごそごそやっていて、

 「これあげるよ」

 といって、何かを取り出した。

 「なにこれ」

 すきとおったぺらぺらのものの中に、小さな黒い四角いかたまりが包まれていた。
 それが何個か。

 「お菓子だよ、っていうんだ。この包みをむいて、中身だけ食べてね」

 ぼくとリザは、おそるおそる、一個ずつ食べた。

 「うわーっ、なにこれ!」
 「甘―い!」

 めちゃくちゃ甘くておいしかった。
 お母さんにも持って行ってあげよう。

 「ユウさん、あたし、あたしにも!」

 獣人のお姉さんも、お兄さんにせがんで、そのっていうお菓子をもらっていた。
 リザと手をつないで、家に帰った。

 ああ、どうなることかと最初は思ったけど、今日はなんだか良い日だったなあ…。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

今更……助けてくれと……言われても……

#Daki-Makura
ファンタジー
出奔した息子から手紙が届いた…… 今更……助けてくれと……言われても……

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

神々の間では異世界転移がブームらしいです。

はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》 楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。 理由は『最近流行ってるから』 数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。 優しくて単純な少女の異世界冒険譚。 第2部 《精霊の紋章》 ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。 それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。 第3部 《交錯する戦場》 各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。 人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。 第4部 《新たなる神話》 戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。 連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。 それは、この世界で最も新しい神話。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

処理中です...