アンバランサー・ユウと世界の均衡 

かつエッグ

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第一部 「エルフの禁呪」編

その人が、ルシア先生にささやく。

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 わたしたちは、禁呪の霧に踏み込んでいった。

 「うぅ、気持ち悪いよ」

 ジーナがうめく。
 それは、霧ではあるのに、まるでなにか実体のある、生き物の舌のように、ぬるりと、わたしたちのからだに触り、なでまわしてくるのだった。
 幸い、ユウの力のおかげで、触れられても、それ以上のことはおきない。
 もし、ユウの力がなければ、おそらくわたしたちも禁呪にとらわれ、あのルシア先生の事告げ鳥や、森の樹のように、命を失い、石となって崩れてしまうにちがいなかった。
 そんなものにぺたぺた触れられているかと思うと、生きた心地はしない。

 霧は深く、まるで先が見えない。
 ユウが、ルシア先生のクリスを掲げた。
 クリスが、その深紅の輝きを増す。
 ユウが向きをかえると、それにつれて、クリスの輝きが増減するのがわかった。

 「これが、ぼくらを導いてくれる。行こう」

 ユウが言い、クリスを掲げ、そのもっとも輝きが増す方向に向けて歩き出す。

 「むっ!」

 ジーナ/イリニスティスが声をあげて、イリニスティスを霧に向けてふるった。

 「~~~!」

 声にならない叫びが聞こえ、なにか黒いものが、どさりと地面におちた。

 「なに? 今の?」
 「禁呪の、呪文そのものがかりそめの命を持ったものだ。この禁呪の中では、唯一それのみが動けるのだ。娘たち、油断するなよ」

 とわたしの口をかりて、ヴリトラ様が言った。

「うしろだ、ライラ、真後ろに杖を突き出せ!」

 ヴリトラ様の声が響き、わたしはとっさに、杖を両手で握ると、脇の下から後ろに突き出した。

 ぼすっ!

 「!…………!!」

 いやな手ごたえがあり、わたしの後ろでなにかが、無言のまま、ばたりと倒れた。

 「その調子だ、いいぞ、娘」
 「ライラ、あんた、これからもずっと、そのヴリトラ様の蜘蛛、首筋に貼りつけてたらいいんじゃないの? 便利じゃん」

 ジーナがその様子を見て、また無神経なことを言う。

 「冗談じゃないわよ、あんたがつければいいでしょう!」
 「あたしにはイリニスティスがいるからね/おうともよ!」
 「ちょっとジーナ、ちゃんとイリニスティス制御してるの? なんか声が混じってるよ」
 「なにいってるの/なにをいっておる/これで万全よ/まったく問題ない」
 「ほんとに、だいじょうぶなのかなあ……」
 「いやあ、ほんとうに面白いなあ、君のなかまは。でも、まあ、わたしも、どうせ貼りつくなら君の方がたのしいけどな」

 ヴリトラ様が口をはさんできた。

 「なんでですか?/君のあれこれ、ぐだぐだ考えるところが好きなんだよ/なんですかそれは!/ふふふふふ」
 「ライラ、あんたこそ声が混じってるわよ」
 「これはしかたないの!」

 とわたしたちが言いあっている間にも、ユウが、クリスを持ってない方の手で、霧から現れた黒い禁呪のグネグネをつかむと、握りつぶした。
 その手から、ぼたぼたと黒いどろどろが滴って消えた。
 どれほどそうやって進んだだろうか、クリスの輝きが、まぶしいほど明るく、深紅の光であたりを照らし、

 「ここだ」

 ユウが言った。
 今、わたしたちの目の前にあるもの、それは古びた樹の幹だった。
 丸みが見えないほどの太さのある、そして上も見えない、とんでもない大きさの巨木。
 その幹が目の前にあった。
 よく見ると、幹の表面が滲んだようにぶれている。
 禁呪と戦っているのだ。
 禁呪がその表面を削り取る。すると、すぐにその削り取られた部分が、再生される。
 そうやって、消滅と生成を繰り返すことで、この樹は禁呪に抵抗しているのだった。

 「この樹が護りの結界だ。この奥にルシアさんが……」
 「でも、どうやって行くの? 入り口なんかないよ」

 ジーナが言う。

 「穴をあけたら、そこから禁呪が流れ込んじゃうし……」
 「だいじょうぶだ」

 ユウが言う。

 「ぼくらが最初に会った時のこと、おぼえてるかな。
  あのときも、ライラが必死で張った結界があったけど」
 「ユウはいつの間にか、その中にいたわ」
 「これも結界だから。ぼくに通れない結界はこの世界にはない、さあ、その手を離さないで。ぼくを信じてついてきて」

 そういって、ユウは、その巨木の幹にためらいなく踏み込み、わたしたちも目をつぶってその後に——

 炸裂するまぶしい光!!

 「ユウさん?!」

 ルシア先生の声が響きわたった。
 わたしたちは、次の瞬間、巨木の幹をとおりすぎて、その内部の空洞にいた。
 樹の幹の内部だというのに、その空間は広大で、そこには、大勢のエルフが身を寄せ合っていた。
 百人以上いるだろう。
 見た目が子どものエルフもわずかばかりいた。子どもといっても、見た目と年齢はそうとう違うはずだけど。
 広場の中央に、複雑な魔法陣が書かれ、魔法陣上のいくつかの焦点の位置と、魔法陣の周囲には、ローブをきた、いかにも魔力のありそうなエルフが配置され、必死で詠唱を続けていた。
 魔法陣は、うなりながら赤く点滅をしているが、その点滅は不安定で、魔力がつきかけているのではという不安がよぎる。
 力尽きて一人のエルフが倒れると、交替のものが、すかさずその位置に入っていた。
 魔法陣の中心で、奮闘しているのは、メイガス魔導師だった。
 力のかぎり詠唱をつづけているが、限界が近づいているのか、詠唱もともすれば途切れそうになる。

 「ユウさん……!」

 もう一度叫んで、ルシア先生がわたしたちのもとに。
 ルシア先生は、わたしたちがいちどもみたことのない、憔悴しきった顔で、美しい髪もほつれ、魔力を使い果たしたのだろう、足取りもおぼつかない。
 よろよろと近づいてくると、ユウの顔をみつめ、

 「ありがとう、ユウさん、あなたは、やっぱり、来てくださったのね……」

 そういって、ユウの胸にたおれこんだ。
 ユウは、そんなルシア先生をやさしく抱きとめると

 「ルシアさん、約束したでしょう、なにがあっても、ぼくがあなたを助けると……」

 そう、ささやいた。
 うん、まあ、これはしかたない。
 そうなるよね。
 うん。
 これは、やっぱり、しかたないと思うよ。

 「そうだな、娘、二人の邪魔をするのは無粋だぞ」

 ヴリトラ様がいい

 (そんなこと、しませんよ!)

 わたしは(内心で)答えたのだ。
 しばらく二人はそうしていた(しかたないけど)が、やがてルシア先生は身を起こし、わたしたちに

 「ライラ、ジーナ、ありがとう。あなたたちまでこんな危険なことに巻き込んで、ごめんなさい……」

 と、つらそうに言った。

 「当たり前じゃないですか! わたしたちは先生の弟子なんですから!」

 ジーナが、元気に答えた。

 「そうです、先生。わたしたちは『雷の女帝のしもべ』なんですから。師匠の危機に、駆けつけなくてどうするんですか」

 とわたしも言った。

 「ありがとう……」

 ルシア先生の目に涙が光った。

 「よし、それでは、まず、応急処置だな」

 ユウが言って、ルシア先生の手を取った。
 渦の調整だ。
 驚くことに、その一瞬で、ルシア先生の憔悴した顔が、和らぎ、輝きをまして、いつもの元気をとりもどしたようだった。

 「すごいわ! 魔力も回復したようね。ありがとう、ユウさん」

 そう言ってほほ笑むルシア先生は美しい。

 「次は、あの魔法陣だ」

 ユウは、魔法陣に近づいていく。
 魔法陣は、いよいよ魔力不足で、不安定になっている。
 結界の力が揺らぐと、禁呪の圧力で、空洞が軋む。
 額に汗を光らせ、髪を振り乱し、詠唱を続けるメイガス魔導師と、ユウの目が合う。
 ユウが呼びかけた。

 「メイガスさん、ぼくが今からその魔法陣に手をくわえます。
  そうしたら、もう、みなさんがそこに魔力を注ぎこむ必要がなくなりますから、もうすこしだけ頑張ってください」

 メイガス魔導師が、なんどもうなずき、その詠唱にも再度力がこもった。
 ユウが、手を差し伸べ、魔法陣にその力をそそぎこんでいく。
 その結果、何かが魔法陣の上で構造を変え、力強く呪力の駆動を開始して、

 「もう大丈夫です、みなさん、お疲れさまでした。魔法陣は、みなさんが魔力を使わなくても、稼働します。詠唱をやめても大丈夫ですよ」

 ユウがそういったとたんに、力尽きて、その場に倒れこむエルフが何人もいた。
 エルフたちは、詠唱をやめ、魔法陣から離れたが、ユウの力を注ぎこまれた魔法陣は、先ほどと変わらず、いや先ほど以上の力強さをもって、うなり、光り、稼働し続けている。

 「すまぬ……アンバランサー。しかし、いったい、なにをやったのだ?」

 メイガス魔導師が、疲れ切った様子で、近づいてきて、ユウに聞いた。

 「ぼくの力の一部を魔力に変換して、魔法陣に注ぎこんでいます。もともとぼくの力は魔力とは縁遠いものなので、効率はとても悪いけど、それを補って余りあるレベルで力を注ぎこんでいるから、十分、魔法陣は持つでしょう」
 「今もそれをやっているのか?」
 「はい、みなさんがここにいる限りは」
 「いったい、それにどれだけの力が必要か……信じられん。結界を維持するのに、百人のエルフが息も絶え絶えになるほどの努力が必要なのに……アンバランサーがそれほどのものとは……」

 メイガス魔導師は嘆息した。

 「アンバランサーは、やはり、この世界のものではない……その力は、この世界の外から……」

 「みなさん、そうとう消耗されてますね。まずは、すこしでも回復するようにしましょう」

 ユウはそういうと、エルフの一人一人にふれてまわった。

 「おお!」
 「なんだ、これは?」
 「魔力が、もどってくるわ」
 「疲れが消える……」

 ユウに触れられたエルフたちから、驚きの声が漏れる。

 「よし、と」

 百人以上いるエルフ全員の回復をおこなって、ユウはこともなげに言った。

 「ついでに、例の呪いも解いちゃったよ。ここにいる人たちに関していえば、あの呪いはもう存在しない」
 「アンバランサー……」

 メイガス魔導師は、声をつまらせた。

 「ありがとう……わたしたちは、君になんと言ったらいいのか……」
 「気にしないでください、それがルシアさんの望みですから」

 ユウはそういって、横にいるルシア先生を見た。
 ルシア先生は、それにこたえて微笑む。
 ……やっぱり、なんだかなあ。

 「だめだぞ、気持ちはわかるが、そっとしておいてやりなさい」

 ヴリトラ様の声が、すかさず響く。

 (わかってますって!)

 と、若干不本意ではあるけど、心の中で答える。

 「さて、それでは」

 とユウが、あらため聞いた。

 「ここで、いったい何があったのか、お聞かせねがえますか?」

 そうなのだ。
 今、この瞬間にも、この結界の外では禁呪の霧が猛威をふるっており、それをなんとかしないことには、わたしたちの世界は救われないのだ。
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