アンバランサー・ユウと世界の均衡 

かつエッグ

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第一部 「エルフの禁呪」編

その人の力が、異界からの攻撃に無効になる

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 わたしたちは、集会場で稼働中の、護りの魔法陣の上に立った。
 ダンジョンの転移魔法のときのように、わたしとジーナが、前の位置に。
 中央の位置には、ユウとルシア先生が並んで立つ。
 ユウが手を差し伸べ、ルシア先生がその手をにぎる。

 「では、行くよ。
  今から、この稼働中の魔法陣に力を注ぎ込み、世界樹の中を、上へと結界を伸ばしていく」

 ユウが言い、魔法陣のうなりと輝きが、その勢いを増した。
 魔法陣を底辺として、その縁から上へと、光がさやを作るように伸びていき、わたしたちを包む。
 魔法陣全体が、わたしたちをのせたまま、ゆっくり左回りに回転しながら、上昇を開始する。

 「まあ、魔法力によるみたいなものさ」

 どんな場面でも、ユウがよくわからないことを言うのは、かわらない。


 その樹高なんと数キラメイグ。
 あまりに高いため、上部では空気も薄く、呼吸も苦しくなる。
 その樹冠には常に雪を戴く、世界最大の巨木、世界樹。
 その世界樹の内部を、わたしたちは魔法陣に乗って上がっていく。
 見上げると、不気味な禁呪の渦が、どろどろとうごめいている。
 結界の鞘は、その禁呪の中にくいこみ、分け入るようにして上昇していくのだ。
 上昇するほど、禁呪の密度はましていく。
 どろりとして、もはや霧というより液体だ。
 わたしたちの結界に対する抵抗もつよまる。
 やがて、魔法陣の上昇が止まった。
 わたしたちは、ユウの顔をみる。

 「このすぐ上が、魔水晶石の間だよ」

 とユウが答え、

 「これから、床と、禁呪の壁を突き破る。みんな、備えて」
 「「「はい!」」」

   ゴゴゴウン!!

 次の瞬間、飛び散る黒い呪文、激しい振動、一気に抵抗を突き破り、わたしたちの魔法陣は、魔水晶石の間に、床を割って、突き刺さるように突入した!

 「ああ、あの人たち……」

 ルシア先生が、その場のありさまを見て、悲しげにつぶやいた。

 「こんなことに、なってしまって……」

 禁呪を使った、三人のエルフたち。
 現存するエルフ族の中でも、最強の魔力を持つと言われる彼らは、まだ、そこにいた。
 しかし、その姿は無残なものだった。

 魔水晶の間は、それ全体がひとつの魔法陣となっていた。
 魔法陣自体はまだ、稼働しているようだ。
 禁呪を維持するために、機能しているのだ。
 魔法陣の中心部にあるのは、巨大な、螺旋状の真紅の魔水晶石。
 ダンジョンで見たものより、さらに大きい。
 その魔水晶石をかこむ、正三角形の頂点の位置に、それぞれエルフがいた。

 ひとりのエルフは、仰向けに倒れ、両手を投げ出した形で、反り返り、背中をうかせた弓のような姿勢のまま、灰色に石化していた。
 目を見開き、恐怖の表情を顔に浮かべ、口は叫びのように開かれている。
 からだは完全に石化しているが、その見開いた目と、開いた口だけが石化していない。
 血走ったその目は焦点が合わず、なにも映していない。
 そして、その開いた口から、今もどろどろと流れ出す、黒い禁呪の呪文。

 「ラルヴァンダードさま……」

 と、ルシア先生がその名を口にしても、なんの反応もない。

 また、一人のエルフは、獣のように四つん這いになったまま石化している。
 やはり、その目と口は石化しておらず、しかし眼は上転して、白目をむいていた。
 顎が外れそうなほど、がくりと開いたその口からは、灰色の禁呪の霧が、まるで粘液のように、ごぼごぼと絶え間なく吐き出されている。

 「ああ、ホルミスダスさま……」

 このエルフも同様に、名を呼ぶルシア先生の声に、無反応だ。

 そして、最後のエルフは、なにかから身を守ろうとするかのように、指を鉤爪のように曲げてひらいた両手を、顔の前で組み、立ち尽くした姿のまま、石化している。
 その瞳のない眼窩の中では、灰色と黒の禁呪が流れるように動いており、そして、ぽっかりあけた口の中では、赤い舌が、ひらひらと動いて、禁呪の詠唱を今も続けているのだった。

 「グシュナサフさま……あなたも……」

 「ひえぇぇ……この人たち、生きてるんですか?」

 ジーナが聞いた。

 「いや、かれらの命は、もはやこの世界にはない。今や、かれらは、禁呪を生みだしつづけるための、魔法機械となってしまっているのだ……」

 ヴリトラ様が答えた。

 「この方たちは、元来、エルフの三賢者とも称された、すぐれた魔法使いだったのに……」

 ルシア先生が嘆く。

 「残念だが、かれらはもう元にはもどせないぞ。できることは、その機械としての動きをとめることだけだ…」

 ヴリトラ様がいう。
 ユウがうなずき、まず、ラルヴァンダードという名のエルフに触れた。

 「歪められし生命の渦よ、その正常なかたちに戻るべし」

 ユウがつぶやくと、ラルヴァンダードの目が光を失い、ごぼっと黒い禁呪を吐いたのち、すべてが砂となって崩れた。魔法陣の上に、灰色の砂が、どさっと落ちて小山を作った。

 「ああ、ラルヴァンダードさま……」

 ルシア先生が目を閉じた。
 ユウは続いて、ホルミスダスに触れる。

 「本来、生命とは流れ去るもの。汝、そのことわりに戻るべし」

 ユウがつぶやき、ホルミスダスの上転した瞳が降りてきて、次いでその目が閉じられ、そして禁呪の灰色の霧が吐き出されるのも止まり、ホルミスダスも、ざっと崩れて砂の塊となった。

 「あとひとり」

 ユウが、最後に残ったグシュナサフに近づく。

 「つねに動き続ける渦の流れ、その渦こそが命、命の本来の姿に帰るべし」

 ユウが力の言葉をつぶやき、グシュナサフにふれた、そのとき

 「気を付けろ、アンバランサー! !!」

 ヴリトラ様がわたしの口を借りて、警告を発した。

 「「「えっ?」」」

 ユウに触れられたことが引き金となったように、グシュナサフの口が、出所不明の呪文を詠唱し、次の瞬間、グシュナサフは爆発して砕け散った。
 ユウが、おもわず腕で顔をかばう。
 同時に、その後ろで、螺旋状の魔水晶石が、まるで花弁が開くように展開し、中から現れたのは、ゆらゆらとうごめく暗黒の空間。
 それはただの闇ではなく、その闇の中に、輝くいくつかの光がみえて、まるでそれは星空のようだ。

 「これは、か?」

 ユウが声を漏らす。

 「いや、この世界ではない。おそらくだ」

 ヴリトラ様が言う。

 「まずいぞ。アンバランサー、何か来る!」

 緊迫したヴリトラ様の声にかぶさるように、
 その闇の中から、白く巨大な腕が、ぬうっと突き出され、がっとユウを掴んだ。

 「ぐっ!」

 異様な腕だった。人のものにも似てはいるが、指の数は七本あった。
 関節の数も、明らかに人間より多い。
 白い皮膚は、血の気はなく、深いしわにおおわれていた。
 その巨大な手に、つかまれ、からだを圧迫され、ユウが呻き声をあげる。
 腕は、ぎりぎりと力をこめて、ユウを掴み潰しにかかってきた。

 「いったい、どうなってるの?!」
 「エルフの禁呪が、この世界に穴を開けてしまったのだ。あれは、こことはまた別の世界の存在だろう。おそらく、知性のあるなんらかの捕食者だ。それが、入り口を見つけ、この世界に侵入しようとしているのだ」
 「そんなの、ユウさんの力で、ちゃっとやっつけちゃえば……」
 「ユウは、この世界の力ならすべて無効にできるが、あれはこの世界のものではない。
  ユウの力は、あの存在には及ぼせない可能性が高いぞ」
 「そんな!」
 「じゃあ、どうすればいいの?!」

 わたしとジーナはうろたえるが、

 「だいじょうぶ、このわたしが、全存在をかけて、ユウを助けるわ!!」

 ルシア先生が、フレイルを構えて、断固とした声で叫んだ。
 炎のように燃える、その決意はゆるぎない。

 「そうだ」

 と、ヴリトラ様が言う。

 「単純な物理攻撃なら、相手がどの世界の存在であろうと、通用する可能性はある。
  行け、今、アンバランサーを救うのは、君たちだ」
 「「はい!!」」

 わたしとジーナも、叫んだ。

 わたしたちが、こんどは、ユウを、助けるんだ!

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