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45 父上の帰還

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 掌にのるサイズとはいえ、それなりの大きさの魔石だ。

 口に含むにしてもかなりの大きさである。

 それなのに魔石はスルリとその男の口の中に入っていった。

 そして男は何の躊躇いもなくその魔石を飲み込んだ。

 途端に禍々しい光が男の体の中から発せられると男は体を硬直させたように佇んている。

 やがて男の体がドロリと溶けたように形を変えていく。

 僕はアーサーの柄を握り直し、いつでも斬りかかれるように身構えた。

 男の体は徐々に別の姿へと変貌していった。

 そして現れたのは真っ黒な長い髪をした美しい女性だった。

 綺麗だけれど、何処かゾッとするような美幌の持ち主だ。

「…マーリン…」

 僕の手の中のアーサーがポツリと呟いた。

 あれが魔女マーリンか。

 まるでガラス玉のような赤い目がキラリと光ってアーサーを見据える。

「どう? アーサー。やっとこの姿を取り戻せたわ。懐かしいでしょう?」

 そう言ってマーリンは僕の手の中のアーサーに向かって手を伸ばす。

「あなたも人間の体に戻りたいでしょう? 私ならその望みを叶えてあげられるわ」

 マーリンの言葉に手の中のアーサーがピクリと柄を震わせる。

 正確な年齢は聞いていないけれど、おそらく20代後半か30代前半で今の状態になったはずだ。

 生身の体に戻りたいと思っていても何の不思議もない。

「人間の体だって? そんな都合のいい事が出来る訳ないだろう」

 アーサーはマーリンの話を突っぱねようとするがマーリンは反論されるのは想定内だったようだ。

「あら、出来るわよ。だってそこにびったりの体があるじゃない」

 そう言ってマーリンは僕を指差した。

 マーリンに指差された途端、僕の体が硬直したように動かなくなった。

「あなたの直系の子孫だから何の問題もないでしょう? 姿形だってあなたの若い頃に生き写しだわ。あなただってそう思うでしょう? ねぇ、グィネヴィア?」

 マーリンは笑いながらお祖父様の方を向いた。

 お祖父様の手には剣になったグィネヴィアが握られている。

「似ていてもあれはジェレミーよ。アーサーじゃないわ!」

 お祖父様の手の中のグィネヴィアが叫んだ。

 その刀身からものすごい圧力を感じる。グィネヴィア自身、マーリンに対してかなり思うところがあるようだ。

「あらあら、怖い事。そんな事じゃアーサーに愛想を尽かされるわよ」 

 マーリンはグィネヴィアの言葉など意に介さないとばかりにあしらう。

「ジェレミーの魂の代わりにアーサーの魂をその体に移してあげるわ。そして私と一緒になるのよ。あの時、邪魔が入らなければアーサーを私の物に出来たのに…。忌々しい、シヴァめ」

 そう言ってマーリンはシヴァを睨みつけた。

 マーリンの指先から魔力が打ち出され、シヴァへと放たれる。

 間一髪のところでシヴァは魔力攻撃を避けて後方に飛び退る。

「ジェレミー、マーリンを切れ!」

 アーサーに言われたけれど、相手が女性だと思うと斬りかかるのを躊躇ってしまう。

「ジェレミー、あの姿は幻覚だ。幻覚に惑わされるな!」

 シヴァに言われてマーリンの姿に目を凝らすと確かに薄っすらと男の姿が見えるようだ。

 それでも人間相手に切りつけた事がない僕は怖気づいてしまう。

 そこへ馬の蹄の音が近付いて来た。

「ジェレミー! 父上!」

 現れたのは馬に跨がった父上だった。

 父上は馬から飛び降りるとお祖父様の元に駆け寄った。

「アルフレッド? お前、生きていたの?」

 マーリンが不思議そうに父上を見やる。

 そういう言葉が出てくると言う事は父上にも何かをしていたという事か。

 父上はお祖父様からグィネヴィアを受け取るとお祖父様を庇うように立ち塞がる。

「あの程度の攻撃で私がどうかなるとでも思っていたのか? 随分と私も舐められたものだな」

 マーリンを徴発するような物言いに僕はハラハラしてしまう。

 父上は僕の側に近付いて小さな声で囁いた。

「ジェレミー。マーリンの背後に回って拘束しろ。私があの体から魔石を吐き出させる」

 それだけを告げると父上はマーリンに向かって切りかかっていき、シヴァが僕の体を隠すように自分の体を大きくした。

 僕はマーリンに気付かれないように背後に回ると後ろから抱きついた。

 目に見える姿は女性だが、実際に抱きついてみると僕よりも大柄な男性の体だった。

 アーサーを手にしたまま、後ろから羽交い締めして無防備な姿を父上に向ける。

「何をする! 放せ!」

 男と女の入り混じった声がその体から発せられる。

 父上はその体のみぞおちに殴りかかった。

「うぐぅ~! ガハッ!」

 男は体を二つに折り曲げて跪くと、口から魔石を吐き出した。そしてそのままお腹を抑えて動かなくなった。

 男の口から吐き出された魔石はコロコロと転がって父上の足元で止まった。

 魔石からユラリと影が立ち昇る。マーリンだ。

 マーリンは父上を見るとニヤリと笑った。

「この魔石をどうするつもり? また何処かに封印するつもりなの? そんな事をしたってまた復活するわよ」

 確かにそうだ。

 封印したところでまた同じように誰かに封印を破られる可能性がある。

 父上は一体どうするつもりなんだろう。

「決まっている。こうするんだ」

 父上はそう言ってグィネヴィアを魔石に突き刺した。

 



 

 

 

 
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