勇者さまの「プールポワン」、承ります!

秋月 忍

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 イシュタルトは、父に先程のハーピーの襲撃の詳細について話し始めた。
 ロバートの言うように完全休養だった皇太子の隊は、ほぼ、無防備だったらしい。
「要するに、ハーピーの襲撃の時、みんな鎧なしで戦ったってこと?」
 寝込みを襲われたのだから当然と言えば当然だけれど。
 もちろんロバートのような魔導士は鎧を着用しない。しかし、魔導士は基本的に、矢面に立つことはなく、あくまで戦士たちの援護射撃なのである。
 壁になるべき人間が、鎧なしって、死傷者が出ても不思議はない。
「そう。それでね、獅子奮迅の活躍をなされていたイシュタルトさまに、ハーピーの火球魔術の流れ弾が直撃した」
「直撃?」
 びっくりして、イシュタルトを見る。イシュタルトがニヤリと笑った。
「アリサのプールポワンは優秀だった。火球は俺の体に触れた途端に消滅した。しかも、俺の身体はおろか、服にさえ、傷一つ残らなかった」
「本当ですか!」
 嬉しさのあまりに私は立ちあがった。ダンスでもしたい気分だ。
 しんどい思いをして作ったものが役に立った。これは、とてもうれしい。
「戦闘が終わった後、ほぼ無傷だったのは、うちの店のプールポワンを着た人間がほとんどだったんだ。それで、殿下が、ご自分も欲しいと所望されたそうだ。何しろ火球が消滅したのは、ビジュアル的にも、強烈だったからねえ」
 ロバートの言葉に驚く。
 なるほど。そこで、父が城に呼ばれたのか。
 ただ。やっぱり、そういう状況でも、お呼びがかかるのは父なのだな。私ではなく。
 浮かれかけた気持ちがちょっとだけしぼむ。
 その場に何人いたのかは知らないけれど、イシュタルト以外は父の製品だ。当然かもしれない。
 そもそも、魔術は、かけられた方側の抵抗力が勝れば、魔防具などなくても、効果は消滅する。
 イシュタルトはとても優秀だ。無傷で済んだのは、きっと、プールポワンの力だけではないだろう。
「私でよろしいのですか? アリサじゃなく?」
 父を気遣うように口を開く。
 私のテンションが下がったのに気づいたのだろう。
「クラーク殿の方が、知名度が高い」
 それはそうだ。父は帝都でも指折りの職人で、私はただの見習いでしかない。
 ネームバリューに差があるのは当たり前だ。
「それに、アリサを城に連れていきたくない」
 確かに私はコミュニケーション能力に難があって、不敬なことを言いかねない。
「皇太子さまは、女癖が悪いことで有名だからね」
 ロバートがくすりと笑った。
 触れてはいけないことだったのか、イシュタルトが咳ばらいをする。
 皇族の悪口になるようなことを、未来の侯爵としても、近衛隊の副長としても、おおっぴらに言うのは看過できないのだろう。
「殿下が私に何かなさるとはとても思いませんが、客観的にみて、父のほうがよろしいでしょうね」
 知名度から見ても、高貴な人とのやりとりに関しても、父の方がふさわしい。そもそも、私の場合、城に着ていく服もない。
「では、私は、これで」
 詳細の話になるだろうから、席を外そうと私は立ちあがった。
「待て。アリサに、まだ話がある」
 イシュタルトに座るように言われ、私は首を傾げた。
 闇色の瞳に見つめられ、胸がドキリする。
「俺に、プールポワンを二枚、また作ってくれないか?」
「私が、ですか?」
 私は驚いてイシュタルトに確認する。
 イシュタルトはもともと父の顧客だ。前回は、父が不在で、気まぐれで私を指名したに過ぎない。父でなく、私をリピートしてくれると言ってくれるのだろうか。
「俺の命を救ったのは、アリサのつくったプールポワンだ」
 イシュタルトは言いながら微笑む。
 心臓の鼓動が早くなって、体が熱くなってきた。
「ありがとうございます」
 ようやく、それだけ言葉を紡ぐ。
 職人として認められたことがとてつもなく、嬉しい。
 父やロバートがいなかったら、またイシュタルトに抱きついていたかもしれない。
「期日は任せる。代金はこの前と同じでいい」
「――それでは、ダメです!」
 価格を聞いて、私は思わず叫んだ。
「不足か?」
「いえ。それではいただきすぎです」
 ロバートが呆れた顔で私を見ている。言いたいことはわかる。わかるけれど。
「この前は、期日が三日でしたので破格の値段をつけていただきましたが、期日がこちらで決めさせていただけるなら、二万八千で充分です」
 私は、自分でもバカだな、と思いながら続けた。
「父でも、一枚あたり一万五千が通常です。ひよっこの私が父と同じ値段をつける訳には参りません」
「意外と、律義なんだな」
 イシュタルトが苦笑いを浮かべている。
 私は自分の作ったものが、父のものより劣っていることを誰よりもわかっているのだ。
「俺からふんだくって、早く借金を返そうとは思わないのか?」
 もちろん、そういった気持ちが皆無ではない。
 けれど、私にも職人としての矜持がある。
「リピートしていただけるということは、私にとって大切なお客様です。まして、父へのご依頼のお仕事は、イシュタルト様のご活躍があってこそ」
 私は息をついた。
「一時に大金をいただいて終わってしまう関係ではなく、末永くお付き合い頂ける関係でいたいのです。おかしいですか?」
 父が、珍しく感動したように私に頷いている。どうやら、私は正しかったらしい。
「末永く、ね……いつできる?」
 イシュタルトは幾分、嬉しそうだ。
「十日間あれば。お色の指定などはありますか?」
「任せる」
「承りました」
 私は丁寧に頭を下げた。
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