勇者さまの「プールポワン」、承ります!

秋月 忍

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「非礼を叱り飛ばすところも気に入った」
「……わかりました」
 有名人であるレグルスにここまで言われると、無下にはできない。
 父の許しがないまま、勝手にオーダーを取ることに抵抗はあるけれど。
「着用は、今ですか? それとも初夏ですか?」
 私はメモをとりはじめる。
「今だな。それも、できるだけ早い方がいい」
 紫の目にまっすぐに見つめられて、ドキリとする。
 商談のはずなのに、声に甘さを感じた。
 思わず、メモを取るふりをして、視線を逸らす。
「わかりました。では、中綿は普通のものを使いますね」
 できるだけ事務的に対応しようと息を整える。
 そういえば、レグルスはすけこましだという噂もあったはず。
 ペースに乗せられてはダメだ。
「ちなみに、夏用だと、どうなる?」
「熱がこもらない綿に変えます。あと、若干、表の生地が薄めになりますね」
 見本品をレグルスの前に並べ、直接確認してもらう。
 プールポワンは肌に触れる実用品だ。安いものでもないので、納得して買ってもらうためには、しっかりと説明をしないといけない。
「涼感用の糸は、使わないのか?」
「コルの糸ですか?」
 さすがによく知っている。涼感用の糸があるなんて、普通の人は知らない。
「あれは、高いですし、なかなか市場に出回らないですから」
 コルの糸というのは、コルの実で染め上げた糸だ。その糸を使って縫い上げれば、少しだけ、衣服が冷たく感じる。
 温熱系のエンの実に比べて、コルの実は高い。
 夏を快適にする材料というのは、どうしても高価になる傾向がある。
「採りに行けば? それほど森の奥に行かなくても手に入るぞ。木登りは必要だが」
「レキサクライに、ですか?」
 私は驚いた。
 自分で採取に行く。なるほど、そういう発想はなかった。
「君一人では無理だろうが、護衛を雇えばいい。なんだったら、オレがつきあってやろうか?」
「とんでもないです」
 ワイバーン殺しのレグルスを護衛に雇えるほど、我が家は裕福ではない。
 護衛代で収益が吹っ飛びそうだ。
 どうしても必要ならば、もっと格安な冒険者を雇う。
「そんな発想はありませんでした。面白いですね」
 インドアな職人だから、材料は全て買うものだと思っていた。
 だけど、魔術付与に使う材料の多くは、森で採取可能のものだ。
「魔道学校にいたころは、私、攻撃系の魔術では優等生だったんです。自分で行くのも悪くないですね」
 私はメジャーを手にした。
 学生の頃は、冒険者に憧れたこともあった。父の借金で、夢を見ている場合ではなくなってしまったけれど。
「ところで、君の名前は?」
「アリサ、です」
 採寸を始めようとしているのだから、当然なのだろうけれど、急に距離が詰まった気がした。
 なんとなく、後ずさりする。
 いつの間にか、顔に息がかかるほどに近い。
 自意識過剰だろうか?
「採寸をしますので、上着を脱いでいただけますか?」
 なんとなく声が裏返ってしまい、恥ずかしくなって、目を伏せる。
「アリサが、脱がせてよ?」
 片腕を私の腰に回し、私を引き寄せて、耳元でレグルスが囁く。
 耳に吐息を感じて、頭の中が真っ白になりそうになった。
「うちは、そのようなサービスはしておりません!」
 腕で、レグルスの胸を押して離れようとするけれど。
 相手は歴戦の勇者。ピクリとも動かない。
「初心なのもいいなあ」
 完全に捕えられ、もがくわたしを、面白そうにレグルスは笑う。
「からかうのはやめてください!」
「オレ、本気だけど」
 甘くて艶やかな声だ。
 おそらく、女性に拒絶された経験はないのだろう。
 迷いがない。
 力では勝てない。
 レグルスクラスだと、魔術でも勝てる気がしないけれど。
 このままだと、貞操の危機だ。
 呪文を詠唱しよう──そう思った時。
 外の通りから馬蹄の音が聞こえてきた。
「イシュタルトさま?」
 意識がそれた、その時。
 私の唇にレグルスの唇が重なった。



「アリサ?」
 ノックをして扉を開けたイシュタルトは、かなり驚いたようだった。
 その声にレグルスの唇が私から離れ、腕の力が緩んだ。
 私は彼の体を押し返して、離れる。
「やあ、イシュタルト」
 にこやかに、レグルスはイシュタルトに笑いかけた。
「何をしていた?」
 イシュタルトの声が低くて、かなり怖い。
「何をしていたかって? アリサの唇の採寸さ」
 しれっと、訳の分からないことをほざくレグルス。
「冗談はやめてください」
 私は大きく息を吐く。
「このような無体をされるなら、お仕事をお受けしません」
「ごめん。だって、アリサが可愛すぎるから」
 悪びれない笑顔で謝罪するレグルス。
 今回は助かったけれど、これから先、この男を顧客にして、私は大丈夫なのだろうか?
 しかし。
 冷静に考えると、高名なレグルスの注文を断るのは、あまり賢い選択ではない。
 うちは借金苦だ。
 女癖は悪そうだが、相手は、歩く広告塔になるくらいの有名人である。
 しかも、美形だ。
 枕営業になったとしても、利するところは大きい。
 イシュタルトの気分が変われば、娼婦にならなければいけないかもしれないのだ。どこの誰かもわからぬ輩を相手にすると思えば、ずっとマシではないだろうか。
 人生、開き直りが肝心である。
「採寸しますから、上着を脱いでください」
 私はレグルスに指示をする。
「イシュタルトさま、たいへん申し訳ありませんがおかけになってお待ちください」
 努めて冷静な口調をつくり、頭を下げる。
 ふと目をやると、イシュタルトの闇色の瞳が冷たい。
 軽蔑されてしまったようだ。
「アリサは、胸大きいね。どこも露出してないけど。男装がかえって色っぽいってあるんだな」
 重い空気感を全く無視して、レグルスは私の体をじろじろ見る。
「イシュタルトは、気が付いていた?」
「ふざけるのはいい加減にしろ、レグルス」
 イシュタルトの声は冷ややかだ。
 完全に不機嫌だ。
 このままだと、せっかく作ったプールポワンもいらないと言われてしまいそうだ。
「お二人は、どういったお知合いですか?」
 レグルスの採寸をしながら、質問する。
 レグルスは火球消滅の話を知っていた。
 今だって、レグルスは私よりイシュタルトをからかっているかのように見える。
「昔からの友人、かな?」
「ただの知り合いだ」
 にこやかに微笑するレグルスの言葉を否定するイシュタルト。
 そういえば、ふたりとも有名な剣士だ。
 しかも、ふたりとも、甲乙つけがたい美形だ。
 恋のライバルだったこともあるのかもしれない。
「お色のご希望は?」
 採寸を終えると、私はそれをメモしながら、レグルスに聞いた。
「そうだな。アリサの瞳と同じ、青がいいな」
 レグルスの紫の瞳に私を映されて言われると、さすがに心臓に悪い。
 なんとも思っていなくても、胸がドキリとする。
 そして、レグルスはそれをわかって、やっていそうだ。
 瞳を閉じて、息を整え、冷静さを必死で取り戻す。
「代金は、一万五千Gになりますが、よろしいですか?」
「ああ。いつできる?」
 レグルスの問いに、私は首を傾げた。
「そうですね、五日もあれば。受け取りは?」
「取りに来るよ」
 レグルスは、微笑む。
「レキサクライに行くときは、声かけな。アリサなら無料で護衛してやるよ」
「ご厚意、感謝します」
 私が頭を下げると、レグルスは帰っていった。
 後には、不機嫌なイシュタルトと私が残された。
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