勇者さまの「プールポワン」、承ります!

秋月 忍

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女戦士様と冒険 5

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「アリサ」
 私を呼ぶ声がする。
 柔らかい、父とよく似た懐かしい声。
「アリサ、しっかりして」
 夢うつつで瞼をあけると、ロバートが私を覗きこんでいた。
「ロバート?」
 なぜ、ロバートがそばにいるのだろう。
「あっ」
 覚醒とともに、頭の中で時が巻き戻る。慌てて身を起こそうとすると、頭痛がした。
 誰かが側頭部をゴンゴン叩いているかのような感覚。
 さらに、激しい吐き気に襲われた。
「アリサ」
 差し出された桶に、顔を突っ込む。
 胃に何も入っていないらしく、出てきたのは胃液だけだが、気持ち悪い。
 私の背を、誰かがさすってくれた。
「無理しないで。もう、大丈夫だから」
 リィナだった。
 彼女は私の肩を支えてくれる。
「本当に無事でよかったよ。心臓が止まるかと思った」
 吐き気がおさまると、ロバートが濡れたハンカチを渡してくれた。
 受け取って、口元を拭く。
 ようやく落ち着いて、あたりを見回す。
 日が傾きかけていて、火が起こされていた。
 場所はよくわからないが、天幕のようなものが張られている。人の気配も多い。
 どうやら、近衛隊の野営地のようだ。
 地面に敷かれた柔らかな布の上に、私は寝かされていた。
 私の傍らには、リィナとダリア。そしてロバートが心配そうな顔で座っている。三人とも防具はつけていないところをみると、ここの安全は保障されているらしい。
「薬湯だよ。飲んで」
 ロバートが、差し出してくれた水筒に口をつける。スーッとした清涼感が全身に広がった。
「落ち着いた?」
 こくり、と頷く。
「よかった」
 ロバートはほっとしたらしく、息を吐いた。
 そこまで来て、何があったのかを思い出す。
 そうか。近衛隊が助けてくれたのだろう。
「リィナもダリアも怪我はなかった? レグルスさまは?」
「大丈夫よ。みんな無事」
 リィナが答える。
 ダリアがそっと席を外していった。
「アリサが倒れてすぐ、近衛隊の応援が来てくれたの」
「……ありがとう、ロバート」
 私はロバートを見上げた。
「お礼は僕じゃなく、リィナさんたちに言うべきだよ」
 ロバートが肩をすくめる。
「私たちは仕事なので。むしろ、危険な目にあわせてしまった責任があります」
 リィナは首を振る。
 いや。でも。
 私が余計なことをしたせいだというのは何となくわかるので、護衛のリィナたちに責任はない。
「召喚の魔法陣はロバートが閉じてくれたの?」
「何言っているの? アリサが自分でやったでしょうが。得体のしれない魔法陣に、真っ向勝負するなんて」
 ロバートが呆れて私を見た。
 ああ、では、あれは成功したのか。
 人間、やればできるもんだなあと思う。
「いろいろ言いたいことがありすぎて、怒る気力がなくなったよ、僕は」
 そうだろうなあと思う。
 そもそもレキサクライに私が来たことだけでも、怒りたいだろうに。
「アリサ」
 人の気配に振り返ると、ダリアがレグルスとイシュタルトを連れてきたようだった。
 二人とも顔が怖い。怒られることの心当たりが満載で身が縮む。
「レキサクライで、単独行動するってアホか!」
 最初に、レグルスから大きな雷が落ちた。当然の怒りだ。
「申し訳ありません」
 謝って済む問題ではないけれど、謝るしかない。
 私の軽率な行動で、みんなが酷い目にあった。
 レグルスがいなければ、間違いなく私は死んでいただろう。
 もちろん私が死ぬのは、自業自得ってやつだけれど。
 みんなを巻き添えにしていたかもしれないのだ。
「レグルスさまは、お怪我はありませんでしたでしょうか?」
 本当に申し訳ないのと、自分が情けないので胸がいっぱいになる。
「オレは大丈夫だが、お前は無鉄砲すぎる。しかも勝手に大博打打って、ぶっ倒れるとか、心臓が止まるかと思ったぞ?」
 ああ、そうか。
 怒っているだけでなくて、心配してくれたのか。
 優しい人なんだなって思う。
「そのへんでいいか、レグルス」
 イシュタルトの声が冷たい。
 事務的というのとも違う。今まで聞いたことのない感じ。
 彼もまた、怒っているのだろう。
「アリサ、言いたいことはいろいろあるが、まずは、何があったか教えてもらおう」
 イシュタルトの目が怖い。レグルスの比ではなかった。
 ちょっとだけ魔術が使える女が、思い付きでレキサクライに入るだけでもダメなのに。
 護衛をおきざりにして一人でフラフラ出歩き、とどめに得体のしれない魔法陣をうっかり発動させた。結果、護衛を危険にさらし、近衛隊の応援を呼ぶはめになったのだ。
 帝国の軍人の彼としては、許しがたい行為に違いない。
「キラービーの死骸を集めていたら、魔力の波動を感じました」
 私は、説明を始める。
「それほど大きなものでもなかったけど、ずっと継続的で。どこかに縫い付けられているようなそんな波動を、谷底から感じました」
 丁寧に、取りこぼしがないように。
 せめて、これ以上迷惑をかけないように正確に伝えなければ、と思う。
「崖の上から少しだけ覗いたのですが、魔力が下の大岩のほうから感じるだけで、魔法陣などは目視できませんでした。私は高いところが苦手なので」
「アリサは、昔から高いところダメだよね。よく、崖の下を覗く気になったねえ」
 ロバートが口をはさむ。
「自分でも、なぜそんなことをしようとしたのかよくわかりません。非常に心苦しいですけど」
 私は、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「それで、恐くなって、戻ろうと思った時に躓いて。持っていたキラービーを谷底に投げてしまいました」
 おそらく、あれがスイッチだ。
 キラービーそのものなのか、それに残っていた私の魔力の残滓か。それはわからないけど。
「そうしたら、突然、瘴気とガーゴイルが現れました」
 私は目を閉じる。
 その後は、とにかく必死だった。
「僕が来るまで、待とうとは思わなかったの?」
 ロバートがため息をつく。
 魔法陣の話をしているのだと分かった。
「ガーゴイルは強くないけど、あのまま小技を繰り返していたら、リィナもレグルスさまも限界になってしまうと思ったし」
 私は俯く。
「近衛隊の到着を待つのが一番よかったのだとは思う。でも、間に合う保証はなかったから」
 あのまま、小技でしのいで間に合うなら、その方が絶対安全だった。
 だけど、間に合わなくなってからでは、どうにもならない。
「アリサは、召喚術苦手だったからねえ。真っ向から反転させなくても、手管はいくらでもあったのに」
「……ごめんなさい」
 私は肩を落とした。
「だいたいのことはわかった」
 イシュタルトは事務的に話す。
 怒鳴り散らしてくれた方が、こちらとしては気が楽になる。
 感情を切り離したような態度は、完全に見放されたような気分だ。
「明日は、現場に付き合ってもらおう。今日はここで休め。そちらのご婦人方も、ごゆっくりなさってください」
 リィナとダリアにだけ、イシュタルトは笑みを向けた。
 仕方のないことだけれど、胸の奥が重く感じる。
「レグルス、手を貸せ。少し確認したいことがある」
 イシュタルトは私と視線を合わせようとしないまま、出ていった。
 明日の打ち合わせなのか、それとも私の話の確認なのかわからないけれど。
 大変なことをしてしまった気がする。
「アリサ、結果として良かったとはいえ、どうしてレグルスといっしょに森へ来たの?」
「それは」
 ロバートに問われて、私は言いよどむ。
 弟のあなたにバラされると思ったから、とは言い難い。
「あのひと、アリサに下心があるの、知っているよね?」
 ロバートは信じられないって顔だ。
「あの、私たちがそうしてほしいって横から騒いじゃったんです」
 リィナが申し訳なさそうに口をはさんだ。
「そうそう。アリサは、ずーっと断っていたわ」
 ダリアも口を添える。
 二人とも、ロバートと私の間の空気を読んで言ってくれているのだろう。
 とてもありがたいけれど。最後に決めたのは私だ。責任は私にある。
「ごめんなさい」
 私はロバートに頭を下げる。
「アリサにもいろいろ事情はあるだろうけどさ、僕の身にもなってよ」
 ロバートは首を振った。
「アリサたちを見つけてから、イシュタルトさまの機嫌が悪くてしょうがない」
 いらないトラブルを起こしたのだから、それは当然だ。
「仕事を増やしてしまって、本当にごめんなさい」
 頭を下げて済む問題ではないけれど。
 今回は全面的に私の単独行動が原因だから、謝るしかない。
「そういう話じゃないけれど、そうだよな。アリサは、そうだよな」
 ブツブツとロバートはため息をついて、仕事があるからと天幕を出ていった。

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