勇者さまの「プールポワン」、承ります!

秋月 忍

文字の大きさ
30 / 39

侯爵令嬢のご依頼 6

しおりを挟む
 翌日。
 焦げ茶色の乗馬服を身にまとい、颯爽と馬に乗って、エレーナはリゼンベルグ家にやってきた。
 仮にも皇族のご令嬢とは思えぬ身軽さで、護衛もいないようだ。いたとしても、目に見える場所に付き添ってはいない。
「まあ、可愛い。アリサさん、お人形みたいよ」
 玄関のホールに出迎えた私の手を握りしめ、エレーナは目をキラキラさせた。
 今日の私は、詰襟タイプの淡い黄色のドレスだ。
 二十歳の女が着るには、少々可愛らしすぎるデザインで、フリルがいっぱいあしらわれている。フレイが、ぜひにというので、恥を忍んで着た。十代ならいいけどさすがにどうよ、と思ったが、フレイが目を輝かせて喜んでくれたので、脱ぐに脱げなくなってしまった。
 髪もおろしたままなので、さらに幼く見えるのかもしれない。
「私、貴女みたいな姉妹が欲しいわ」
 キャッとはしゃぎながら、くすくすと笑う。何をそんなに気に入ってくれたのかよくわからないが、エレーナのような素敵な女性にそう言われると、素直に嬉しい。
「それなら、ルクスフィートさまとアリサさんが結婚すれば、そうなるのでは?」
 一緒に出迎えていたサリーナが笑う。
 隣に立っていたイシュタルトが妹の冗談に眉をひそめた。
「そんな恐れ多い冗談はやめてください」
 私は肩をすくめた。
 ルクスフィートは、エレーナの弟で、現皇帝の従姉の子供にあたる。現在は、財務系の書記官をしていたはずだ。魔導士にはなっていないが、魔術士としても相当優秀という話である。
 冗談にしたって、あり得ない話だ。そんなことを考えるだけで、首が飛びそうな気がする。
「エレーナさま、お茶をご用意しますので、こちらへ」
 執事のラクセルが、応接室へ案内する。
 ごく自然に、ロバートはエレーナの手を取って、エスコートした。
 あれ? と思う。
 普通、こういう場合、家主のイシュタルトがエスコートするのではないだろうか。もっとも、私は、貴族社会に疎いから、間違っているのかもしれないけど。それに。ロバートのエレーナを見る瞳の優しさに驚いた。
「さすがに、お前みたいな義姉が欲しいとは言えないだろう?」
 私と目が合ったイシュタルトが、声を潜めて呟く。
「まさか、そういう関係なのですか?」
 私は驚く。
 エレーナは、私より五つくらい年上だ。姉妹アピールの真意はロバートだった?
 とってもいいひとだし、才媛だ。
 ただ、とてつもなく高貴な相手すぎて、震える。
「どこまでの関係なのかは知らん。魔導士試験の同期で気が合うことしか俺は聞いていない」
 私は、ロバートとエレーナの後姿を見る。
 本当に仲がよさそうだ。
 そういえば、ロバートは昔から自分をしっかり持った女性が好みだった。颯爽としたエレーナは、まさに理想の女性に違いない。
  エレーナのことが好きだとすれば、サリーナが言ったように貴族のご令嬢がたと色恋話がないのも納得だ。姉が言うのもなんだが、ロバートは、一途な男なのだ。
 ただ、相手は皇族。
 乗り越えるべきハードルが高すぎる。いくらロバートが優秀だとしてもだ。 
「イシュタルトさま、私がロバートの代わりに、リゼンベルグ家の雇われ魔導士になるってことは可能ですか?」
「え?」
 唐突な私の質問に、イシュタルトは驚愕した顔で私を見た。
「あ、いえ。すみません。ロバートが辞めようと思ったらどうしようと思っただけです。そもそも借金をきちんと返す方が筋ですね。忘れてください」
 イシュタルトが驚くのも無理はない。私は苦笑いを浮かべた。私とロバートでは、実力が違いすぎる。お話にならない。
 借金を返して、ロバートの意志で未来を決めてもらう。そして、ロバートが侯爵家の雇われ魔導士を辞めたいのであれば、リゼンベルグ家は新しく優秀な魔導士を雇うべきだ。
 いくら双子でも、私にロバートの代わりはできない。
 私は自分勝手な物言いに恥ずかしくなって、慌てて応接室へと向かった。



「私は表側の魔導士の総括をする予定なの。適宜、指示は出すので、よろしくね」
 エレーナはロバートとイシュタルトを交えながら、夜会の警備の打ち合わせをテキパキとしていく。
 イシュタルトは、警備担当ではなく当日は『参加者』であるが、私の保護者として、どう動けばよいかを考えてくれているようだ。この年になって、保護者同伴でなければ出来ないお仕事というのも情けない気はする。
「……それで、私はどのような格好で行くのがよろしいでしょうか?」
「そうねえ」
 話がひと段落した段階で、私は、エレーナに質問した。
「とにかくセクシーなほうが良いわ」
 エレーナの言葉に、イシュタルトの顔が曇る。
「だって、私のはとこ、女好きですもの。出来れば、アリサさんの側にいてもらいたいし」
 言われた意味がわからず、きょとんとする。
「わからない? 皇太子がもう一度狙われるとしたら、敵の魔力の波動を知っている、貴女の側にいるのが一番安全なの」
「エレー。アリサは、男を軽くいなせるタイプじゃない」
 イシュタルトが顔をしかめる。
「あら。でも、そのためにアリサさんのそばに、あなたがいるのでしょ? 違うの?」
 イシュタルトの顔が険しい。それにしても、この会話、前提条件が変だ。
「あの。どうして私がセクシードレスを着ると皇太子さまが寄ってくる前提になっているのでしょうか? 私、色仕掛けをしろと言われても、どうしたらよいかわからないのですが」
 私の素朴な疑問に、エレーナがなぜかため息をついた。
「あなたが流し目一つくれてやれば、たいていの男は寄ってくるわよ。そういう経験ないの?」
 残念ながらそんな経験はない。そもそも、流し目なんてしたこともない。
「まったく。最近の男はヘタレばっかりなのかしら」
 エレーナがイシュタルトのほうを向いて軽く舌打ちする。
「エレーナ。それは違います。姉が極度に鈍いのです」
 ロバートが、慌てて口をはさんだ。
「ロバート。もうやめろ。アリサのことは、俺が責任を持つから」
 苦々しい顔でイシュタルトが会話を断ち切る。
「……それで、ドレスはどうしましょう?」
 サリーナが口をはさんだ。
「とりあえず今あるものをみせて。場合によっては、私のドレスを貸してあげる。安心して。アリサが着飾るのは『経費』だから」
 ニコニコっとエレーナが笑う。
「皇太子がわけのわからない女とどこかにしけこんだりしたら、警備のしようがないもの」
 なんだか、女癖が相当悪い皇太子らしい。私はこの国の未来に不安を感じた。



 お茶が終わると、エレーナとサリーナ、それからフレイがクローゼットのドレスを片っ端から私に着せ始めた。
 私は嫌だと言ったが、結局、初日にフレイが薦めてくれた、超大胆な真紅のチューブトップドレスを着せられた。試しに、と、髪を軽く結い上げられる。
 胸の谷間の中心部にシャーリングがあり、しかも胸の上の一部が見えているので、胸がこぼれ落ちそうなデザインだ。鎖骨も肩も丸見え状態だし、裸でいるような気分になる。しかも胸の締め付けだけで着ているなんて不安でしょうがない。
「あのー。さすがに、恥ずかしすぎるのですが」
 私はエレーナに抗議をした。
「そう? じゃあ、男どもに感想を聞きましょうか?」
「そう言う問題では」
 私の言葉を無視して、エレーナは扉を開けて、廊下で待機していたロバートとイシュタルトを招き入れる。
 男二人が、息をのむのがわかった。
「エレーナ、ちょっと、やりすぎじゃない?」
 ロバートが顔をひきつらせている。
 イシュタルトは私の胸元を見た途端、顔を赤らめて、慌てて目をそらす。
 あまりに露骨なその様子に、恥ずかしくなって、両腕で胸元を隠した。
「うーん。そうねえ。ボレロくらいはおったほうが良さそうね。エスコートしながら鼻血出されても困るし」
 エレーナはニヤッとイシュタルトを見て笑う。
「安心したわ。兄上は、健全な男だったのねー」
 恥ずかしくて隠れたくなっている私の横で、サリーナは嬉しそうに頷いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】呪いを解いて欲しいとお願いしただけなのに、なぜか超絶美形の魔術師に溺愛されました!

藤原ライラ
恋愛
 ルイーゼ=アーベントロートはとある国の末の王女。複雑な呪いにかかっており、訳あって離宮で暮らしている。  ある日、彼女は不思議な夢を見る。それは、とても美しい男が女を抱いている夢だった。その夜、夢で見た通りの男はルイーゼの目の前に現れ、自分は魔術師のハーディだと名乗る。咄嗟に呪いを解いてと頼むルイーゼだったが、魔術師はタダでは願いを叶えてはくれない。当然のようにハーディは対価を要求してくるのだった。  解呪の過程でハーディに恋心を抱くルイーゼだったが、呪いが解けてしまえばもう彼に会うことはできないかもしれないと思い悩み……。 「君は、おれに、一体何をくれる?」  呪いを解く代わりにハーディが求める対価とは?  強情な王女とちょっと性悪な魔術師のお話。   ※ほぼ同じ内容で別タイトルのものをムーンライトノベルズにも掲載しています※

処理中です...