キスで灯して

秋月 忍

文字の大きさ
2 / 6

出向命令がでました。

しおりを挟む
「リム・スタルジア、デュラーヌ商会から、名指しで依頼が来ているぞ」
 二日後の夕刻。
  議事堂の事務室に行くと、事務長から私は呼び出された。
「デュラーヌ商会?」
  私は顔が青くなる。アービンはそんなに怒っていたのだろうか。
「なんでも、今度、プラームド帝国の大臣をもてなすにあたり、点灯師がいるらしい」
 プラームド帝国というのはラセイトスの隣国。大国である。 国賓をもてなすのは、元老院の担当の人間が迎賓館で担うことになっている。ほぼ、大臣クラスが身銭を切る形で行われる『ご接待』であるから、豪商などが後援することは全然珍しいことではない。そして、当然、夜会なども開かれるから、点灯師を臨時に雇い入れるのは不思議ではないのだ。
「な、なぜに私?」
 びくりと私は震える。雇い入れられるのは不思議ではないが、私は指名されるほど有名ではない。そもそも、魔道ギルドに頼めば、私より腕が上の魔術師はたくさんいるのだ。
「デュラーヌ商会の副支配人がこの事務局に来て、お前さんの手際の良さが気にいったから、ぜひって」
「しかし……職務規定が」
 私はこれでも国家公務員である。勝手にほかの仕事を請け負っていい立場ではない。
「あ、それも昨日話したら、今日になったら書類をもってきてさ」
 事務長は苦笑しながら私に管理部からの国賓接待業務への出向命令書を渡した。私は書類を確認して首をすくめる。
 書類は完璧である。こうまでして、私を指名する意味がわからない。
「いや、しかし、俺も長い事ここにいるけど、点灯師の名前を教えろと言われたのは初めてだった」
 ニヤリ、と事務長の口角が上がる。
「ま。リムちゃん。デュラーヌ商会に指名されるって、栄誉なことさ。がんばりな」
「は、はあ。しかし、私より腕のいい人間を紹介した方が……」
「リムちゃんの腕も、なかなかのものだよ……それに、ご指名の理由は、腕じゃないかも」
 ニコリ。事務長は、無責任に私に向かって微笑んだのだった。

 デュラーヌ商会はラセイトスでも有数の豪商だ。
 主に商っているのは、ラセイトスの名産品である『星砂ほしすな』である。この『星砂』は、魔道灯を作るのに必要な材料だ。星砂は海岸の砂浜の砂である『白砂しろすな』を、魔術師が加工することによって出来るもので、デュラーヌ商会はもともとたくさんの魔術士をその傘下に置いているはずなのである。
 もっとも、加工技術と点灯技術は確かに、微妙に違うものではあるのだけれど。
 私は魔道灯の灯りのともった石畳の賑やかな通りをぬけた。潮の香りが流れてくる。通りは、船乗りたちを相手にした食堂の喧騒に満ちていた。
 ちなみに、輸出されるものは『星砂』そのものより『魔道灯』の方が多い。魔道灯を作成するにも、技術を要する魔術師が必要で、ラセイトスは、そういった職人を手厚く保護しているから、国内外から職人が集まりやすいらしい。
 デュラーヌ家の屋敷は、港から少しだけ離れた丘の上にあった。振り返った港には、大型の船から洩れる灯りが見えた。
「あの……リム・スタルジアと申しますが」
 屋敷の呼び鈴を押すと、正装した執事さんが現れた。執事さんは、私を見ると、慇懃に頭を下げ、私を屋敷の中へといざなった。ところどころに掛けられている灯りは、魔道灯ではなく、油を使ったランプである。
「だんなさま、おみえになりました」
 執事さんが扉をノックすると、「入れ」という男性の声がした。
 ガチャリと扉が開く。私は、緊張のあまりに身体がこわばった。
「やあ、リム」
 扉のそばで、私を出迎えたのは、アービンだった。私は胸がドキリとする。
 緑色の瞳は優しげで、怒ってはいないように見える。というか、どちらかといえば、嬉しそうに見えて。私は何故だか頬が熱くなるのを意識した。
「あ、あの……」
 何か話さなければ、と思いながらも言葉に詰まっていると「アービン、早く中に入ってもらえ」という、男の声がした。
 部屋の奥のソファに、とてもダンディな老紳士が座っていた。アービンとどことなく、似ている。
 私は促されるままに部屋に入ったものの、私を面白そうに見つめる老紳士の視線に戸惑った。
「ほほう。とても愛らしいお嬢さんだ」
 ふむ、と老紳士は頷く。
 私は、既視感を感じて、老紳士を見つめた。髪は白く、端正な顔に年輪が刻まれていて、強固な意志の光を宿した瞳。口元には、立派な白いあごひげがあった。
「グラード・デュラーヌさま?」
 私は思わず声をあげる。彼こそはデュラーヌ商会を大商会へと育て上げた人物だ。現在は、息子たちに代替わりをして、隠居生活をしているというが、まだまだ政財界に影響をおよぼしている人物だ。世間の噂に無知、無関心の私でも彼は知っている。伝統はあったものの、パッとしなかったデュラーヌ商会がラセイトスの豪商になったのは、彼の手腕である。
「おや? わしを知っているのかね?」
「は、はい。お名前くらいは」
 私は緊張で身体が固まった。もちろん、私は仕事柄、大臣クラスの人間と会うことはある。でも、面と向かって『お話』などしない。こんなふうに有名人と『対話』することなど皆無なのだ。
「父さんは知っているくせに、俺は知らないンだ」
 憮然とした顔でアービンが私を睨んだ。なんだか居心地が突然悪くなった。
 グラードの名は知っているけれど、町で出会ったとしたら、たぶん私は気が付かない。ただ、それを正直に話したところで、居心地が改善するとは思えなかった。
「……すみません」
 私はおとなしく謝罪をする。
「アービン、妬くな。みっともない」
「父さん!」
 アービンは声を荒げた。
「図星か? すまないねえ、リムさん。コイツ、バカだから」
 グラードは面白そうにそう言った。よく趣旨が理解できないが、息子をからかっているらしい。
「あの……それで、何故、私を?」
 私はおそるおそる口を開いた。
「ご指名頂いたのは光栄でございますが、私は、ごく普通の点灯師にすぎません。もちろん仕事である以上は、全力を尽くすつもりではありますけれど」
 グラードは私の言葉に眉を寄せた。
「おい。アービン、お前、全然ダメじゃないか。大丈夫か?」
「……。」
 グラードに話を振られて、アービンは何故かうつむいた。
「リムさん、君がとても腕のいい点灯師さんだってことは調べてわかっている。国会議事堂の点灯師の中でも君の評判はとてもいい。仕事は丁寧だし、しかも職務に忠実で権力にすり寄ったりしない」
「はあ」
 グラードの言葉に、私は曖昧に頷いた。権力にすり寄らないのは、政治に無関心だからだし、下手にコネクションを持つと人間関係が面倒だからなのだが、せっかく褒めてもらっているのだから、黙っておくことにした。
「今回の国賓の接待は、正直に言えば、我が商会にとっても国外に名前を売るチャンスだ。うちが、星砂と魔道灯を主力商品にしているのはご存知だと思うが? だから、腕のいい点灯師の存在は絶対に欠かせないのだよ」
 グラードはそう言って、アービンに目で何かを促した。
「まずは、これを」
 アービンが部屋の奥から大きな魔道灯を持ってきた。十歳くらいの子供くらいの大きさはある代物だ。しかも、ずいぶん旧式である。
 魔道灯が権力の象徴である意味が強かった時代のもので、放つ光の色が変化するタイプのものだ。実用というよりは、装飾的な目的で作られている。とても丁寧に保管されていたらしい。ランプシェードには、魔術で何かが仕込まれているようだ。だが、残念ながら、長い間使われていなかったようで、魔力を感じない。
 魔道灯というのは、作成する時に星砂(ほしすな)という魔力を帯びた砂を使う。その砂に『魔力』を付与してやると魔道灯は光を灯すというしくみなのだが、星砂の魔力は少しずつ消費されていくのだ。
「随分と、年代物ですね」
「これは我がデュラーヌ家に伝わる、いわゆるアンティークだ」
「すごいです」
 パッと見た目の意匠が凝っているだけではない。中に仕組まれた魔術も超一流のものだ。
「これを君に点灯してほしい」
 グラードの言葉に、私はビクリとした。
「で、でも。まず、星砂を補充しないと。それに、これは点灯師の力量で光量とか色彩とか変わってしまうタイプです。私より、もっと腕の良い魔術師のほうが……」
「ダメだ」
 アービンが有無を言わさぬ口調でそう言った。
「君に灯してもらうことに決めた」
「私、別に特殊能力とか、持っていませんよ? ごくごくフツーのただの点灯師ですから」
 私は、首を傾げた。そもそも、なぜ、自分がここに呼ばれたのかだって、謎だ。
「すまんな。君じゃないとダメだとアービンが言うんでね」
 グラードは謎の微笑みを浮かべた。
「接待は三日後。その日までに、必要なものは言ってくれ。当日、迎賓館で、これを灯すのが君の主な仕事だ」
 彼はそれだけ言って、挑戦的な目で私を見た。
「それとも、無理だと逃げ出すかい? 君もプロだろう?」
「……やります」
 私は、つい、頷いてしまった。
「それでいい」ニヤリとグラードがアービンに頷くように笑っていたことに、私は気が付いていなかった。

 プロ意識を刺激されて、つい反射で承諾してしまったが、件(くだん)の魔道灯は難敵である。
 私も魔道灯のメンテナンスの心得はあるが、こんな古風な高級品を取り扱ったことはない。
「あの。取りあえず、星砂と……できれば、魔道灯を作る職人さんを呼んでください」
 グラードが退出したのち、私は魔道灯をつぶさに観察して、アービンにそう言った。
「それから……時間が足りないので、私、泊まり込んでもよろしいですか?」
「泊まりこみ?」
「この魔道灯は、魔力が完全に一度切れています。星砂を変えても、魔道灯全体に魔力を少しなじませないと、たぶん灯りはともせません」
 私の言葉に、アービンは顔をしかめた。
「まさか……徹夜が必要なのか?」
「いえ、そこまでは。ただ、五、六時間おきにほんの少しずつ魔力を入れたいので、通うのはちょっとたいへんかなあと思いまして。ご無理なら、通いますが」
 私の言葉に、アービンは顎に手をやって、何事かを思案しているようだった。
「……わかった。すぐに手配しよう」
 アービンが頷いたので、私は「では」と、席を立つ。
「では?」
 扉に向かった私を、アービンが不思議そうに見た。
「えっと。手配していただいている間に、家に帰って荷物をとってこようかと」
「道具が必要なのか?」
「いえ。ただ、さすがに着替えは欲しいかなあと思いまして。お腹もすいたし」
 アービンがムッとしたような顔をした。
「飯も着替えも、こっちで手配する。こんな時間になってから、若い娘が出歩こうとするな」
「え? でも、この時間は点灯師にとっては、普通の勤務時間ですよ?」
 今日は、出向という形なので早めに勤務が終了したものの、私の仕事は、基本的には、普通の人と昼夜逆転している仕事だ。夜歩くということに、私は全く抵抗がない。
「しかし、何かあったら危ないだろう?」
「誰も私なんか襲いませんって」私がそういうと。
「本気で言っているとしたら、君はバカだ」
 アービンは肩をすくめた。呆れたように、私の方へと歩み寄ってきた。
「あ、でも。一応、護身用ぐらいの魔術はマスターしていますし」
 さすがに、不用心すぎると思われるのはどうかと思い、そう付け足した時には、私の肩はアービンに抱き寄せられた。
「え?」
 びっくりした私の顎に彼の右手がのび、グイッと顔が上に向けられ、私の唇に唇が押し当てられた。
「!」
 思わず逃げようとした私の頭と肩はアービンの左腕にしっかりと固定され、激しく唇を吸われた。
 息が苦しい。意味も解らない。頭がボーッとしてくる。ただ、嫌ではなかった。
「……男を少しは警戒するべきだ」
 私の身体を離すと、アービンはそう言った。
「手配をしてくる。少しここで待っていてくれ」
 茫然としている私に、何事もなかったように笑みを向け、アービンは部屋を出て行った。
 彼の唇の感触が、唇に残っていて。
 ――今のキス……注意喚起のための警告行為ってコトなの?
 だとしたら。そんなことをするアービンの意図が全くわからなくて。
 激しく動く心臓に手を当てながら、私は呆然と立ち尽くしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

 怒らせてはいけない人々 ~雉も鳴かずば撃たれまいに~

美袋和仁
恋愛
 ある夜、一人の少女が婚約を解消された。根も葉もない噂による冤罪だが、事を荒立てたくない彼女は従容として婚約解消される。  しかしその背後で爆音が轟き、一人の男性が姿を見せた。彼は少女の父親。  怒らせてはならない人々に繋がる少女の婚約解消が、思わぬ展開を導きだす。  なんとなくの一気書き。御笑覧下さると幸いです。

婚約者が聖女を選ぶことくらい分かっていたので、先に婚約破棄します。

黒蜜きな粉
恋愛
魔王討伐を終え、王都に凱旋した英雄たち。 その中心には、異世界から来た聖女と、彼女に寄り添う王太子の姿があった。 王太子の婚約者として壇上に立ちながらも、私は自分が選ばれない側だと理解していた。 だから、泣かない。縋らない。 私は自分から婚約破棄を願い出る。 選ばれなかった人生を終わらせるために。 そして、私自身の人生を始めるために。 短いお話です。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

閉じ込められた未亡人は、当主となった義息と契約する。

黒蜜きな粉
恋愛
借金の肩代わりとして後妻に入った私は、 妻と呼ばれながら屋敷の離れで「いないもの」として暮らしていた。 ある雪の日、夫が事故死したと告げられる。 だが、葬儀に出ることすら許されず、私は部屋に閉じ込められた。 新たに当主となった継子は言う。 外へ出れば君は利用され奪われる、と。 それが保護であり、同時に支配なのだと理解したとき、 私はその庇護を条件付きの契約に変えることを選ぶ。 短いお話です。

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

可愛らしい人

はるきりょう
恋愛
「でも、ライアン様には、エレナ様がいらっしゃるのでは?」 「ああ、エレナね。よく勘違いされるんだけど、エレナとは婚約者でも何でもないんだ。ただの幼馴染み」 「それにあいつはひとりで生きていけるから」 女性ながらに剣術を学ぶエレナは可愛げがないという理由で、ほとんど婚約者同然の幼馴染から捨てられる。 けれど、 「エレナ嬢」 「なんでしょうか?」 「今日の夜会のパートナーはお決まりですか?」  その言葉でパートナー同伴の夜会に招待されていたことを思い出した。いつものとおりライアンと一緒に行くと思っていたので参加の返事を出していたのだ。 「……いいえ」  当日の欠席は著しく評価を下げる。今後、家庭教師として仕事をしていきたいと考えるのであれば、父親か兄に頼んででも行った方がいいだろう。 「よければ僕と一緒に行きませんか?」

【完結】結婚式前~婚約者の王太子に「最愛の女が別にいるので、お前を愛することはない」と言われました~

黒塔真実
恋愛
挙式が迫るなか婚約者の王太子に「結婚しても俺の最愛の女は別にいる。お前を愛することはない」とはっきり言い切られた公爵令嬢アデル。しかしどんなに婚約者としてないがしろにされても女性としての誇りを傷つけられても彼女は平気だった。なぜなら大切な「心の拠り所」があるから……。しかし、王立学園の卒業ダンスパーティーの夜、アデルはかつてない、世にも酷い仕打ちを受けるのだった―― ※神視点。■なろうにも別タイトルで重複投稿←【ジャンル日間4位】。

処理中です...