キスで灯して

秋月 忍

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キスで灯して

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 私は居心地の悪さを感じて、下を向いた。
「婚約おめでとう、アービン」
 屈託のない笑顔で、サナデル皇子は祝辞を口にした。アービンは少し困ったように眉を寄せた。
「あの……わたしはこれで失礼します」
 私は慌てて頭を下げる。『お客様との接触は避けろ』と厳命されていたのだ。不可抗力とはいえ、これは私に非があるのだろう。
「リム――なぜ、君が皇子と?」
 アービンの眉が不機嫌に釣りあがった。
「へえ、リムって名前なの? 怒るなアービン。俺が勝手に声を掛けただけだから」
 サナデル皇子は突然、私の腰をぐいっと引き寄せ、「案内ご苦労様」と言って、私の耳にキスをした。
 相手が皇子様では、突き飛ばすわけにはいかない。私は、どうすることもできなくて固まった。
 アービンの緑色の目が私を睨む。かつてないほど、怖い。
「リム、下がれ。君がいていい場所じゃない」
 酷く冷たい声で、アービンがそう言った。
 ――そんなこと、最初からわかっているのに。
 呼んだのはあなたなのに。泣きたい気持ちになってきた。
「申し訳ございません」私は頭を下げる。
「何怒っているのさ、アービン、彼女は仕事をしただけだろう?」
「彼女の仕事は、『永久の輝き』の点灯だけです」
 アービンはイライラした気持ちを隠そうともしないでそう言った。
「皆様があまりにお忙しそうなので、私がルッカスさんにご無理を言い、こちらのお仕事をさせてもらったのです。非は私にあります」
 私はそっと頭を下げた。そう。確かに無理を言ったのは私。私の実力を考えたら、『永久の輝き』に集中すべきなのは間違いない。アービンにとっては、大切な女性へ捧げる点灯なのだ。それに集中してほしいと思うのは、当たり前のことだろう。
「ご心配おかけして申し訳ありませんでした……でも、私、必ず点灯させます。ご婚約に水を差すような真似は致しません。ご安心ください」
 それだけ言って無理やり微笑んで。一礼をしてから、踵を返した。
「リム、待て」
 アービンの声が私の背に投げられたけど。私は振り返ることはできなかった。いつの間にか、私の頬は濡れていて。例え嘘でも、今は笑えない……そう、思った。

 涙にぬれた顔を冷たい井戸の水で洗い、点灯師の控室に戻る。部屋には小さな魔道灯が灯されているほかは、誰もいない。他の点灯師たちは、とても忙しい。
 ふう。
 私は息をつく。涙で落ちてしまったので、化粧をやり直す。『仕事』として受けた限りは、きちんとこなさなければならない。アービンへの気持ちなど気づかなければよかった、と思う。胸の奥で膨らんだ気持ちが花開くことなくあっけなく散った今、点灯師としての矜持だけが私を支える。滅多と灯すことのできない『魔道灯』を点灯することが出来るというのは、この上もなく、栄誉なことだ。そして、私の灯す灯が、アービンの未来を照らすなら。失恋の散らしかたとして、これほど美しい散り方もないだろう。
「スタルジアさん、時間です」
 どれくらい時間が立ったのだろう。心の波が、少しだけ凪いできたころ。
 ルッカスさんが部屋に、私を呼びに来てくれた。
 私は、緊張しながらも、目立たぬように大きなダンスホールへと入っていく。豪華な食事。美しい音色を奏でる楽団。そして煌びやかな服をまとう人たちがにこやかに談笑している。誰も、私に目を止めない。
 やがて。ダンスホールの中央に設置された魔道灯のそばに私が立つと、楽団がファンファーレをかき鳴らした。
「みなさま。ただいまから、我がデュラーヌ家に伝わる、魔道灯を点灯いたします。しばし、お手を止めてご観覧を」
 グラードさんが大きな声でそう告げると、ふっと、ホールに設置されていた魔道灯の全てが消えた。
 辺りがしんと静まり返る。
 私は、ゆっくりと魔道灯に魔力を注ぎ始めた。
「うわぁ」
 誰かが、感嘆の声を漏らした。
 私の魔力に反応して、魔道灯はゆっくりと明滅を始める。柔らかな虹の七色の光をはなった。
「暖かい」
 誰かがそう呟く。そう。この光はとても暖かい。アービンの温もりと同じだ、と私は思った。とたんに、私の身体に彼の温もりが蘇った。そして、同時に、それは自分が得てはいけない温もりだと気づき、胸が苦しくなる。
 眩しい、そして強い光がぐるんとホールを一周した。
「リム」
 耳元でアービンの声がする。残酷な幻だと思う。魔道灯の魔光石にアービンの想いがこもっているからアービンの温もりがするのは不思議じゃない。私は、他の誰かに向けられた想いを間接的に感じているだけなのだ。
「好きだ」
 力を注ぐ私の身体を愛しい人が支えてくれているような、そんな錯覚。その幻の幸せに私は身を委ねながら、魔力を注ぐことに集中する。
「見て、星よ」
 魔道灯から天井に向かって光が放たれて。暗闇に、まさしく満天の星がきらめいて、そして、流れ落ちた。美しい光が私に降り注ぐ。
 ――そして。
 私は魔道灯にすがりつく様に崩れ落ち……意識を失った。

 硬いこの感触に覚えがある、と思った。
「気が付いた?」
 目を開けると、心配そうな緑色の瞳がそこにあった。
「無理をさせてしまった。本当にごめん」
 私は、アービンの腕の中に倒れるようにソファに腰かけていた。部屋には魔道灯が煌めいている。
「ここは?」
「迎賓館で俺が借りている部屋」
 ぼんやりとした私をアービンは抱きしめるように支えていた。
「私、うまくできましたか?」
「ああ。このうえもなく」
 アービンが優しく頷く。先ほどの幻のような幸せなぬくもり……でも。
「ごめんなさい。もう大丈夫ですから」 私は、慌てて、身を離そうとしたが、アービンはギュッとさらに拘束する様に腕を強くする。意味がわからない。
「あの、こんなところ、婚約者様に見られたら、誤解されます」
「見られて困るような相手などいない。俺はまだ婚約などしていないから」
 アービンはそう言って、私の髪をなでた。
「でも……」
「欲しいのは君だけだ……好きだ、リム」
 緑の瞳に捕らわれて、私は息を飲んだ。
「初めて会ったあの日、きみは俺の心に火をつけた。俺と結婚して欲しい」
「で、でも。私はただの点灯師で……」
 あなたとは世界が違うといいかけた私の唇を指先で制して。
「君は俺が嫌いか?」
 私は首を振る。
「俺の気持ちは夜会にいた人間はみんな知ってる。反対などさせはしない」
「強引なのですね」
 私の言葉に、「そうだな」と、アービンは苦笑して。そのまま私にキスをした。
「好きだ、リム」
「私も……」
 再び彼の唇が重なり……私の心に熱いものが灯された。

 了
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