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1学年 後期

第60話

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「……なぁ?」

「んっ?」

 夏休み後におこなわれた魔術の授業。
 的当てを終えて他の生徒の様子を見ていた伸へ、終えたばかりの吉井が話しかけてきた。
 伸に話しかけてはいるが、吉井の視線は了へと向いている。

「了の奴魔力操作上手くなってないか?」

「……そうだな」

 的へ手を向け、体内の魔力を操作する了。
 夏休み前の了は、手に魔力を集めるのにもう少し時間がかかっていたのだが、今日はかなりスムーズにできている。
 それを見て、吉井は驚きと感心が混じったような様子で伸へ問いかけた。
 伸も同じことを感じていたので、それに同意の返事をする。

「ハッ!!」

「「っ!!」」

 吉井と共にジッと了のことを見ていると、了の手の平から魔力の球が発射された。
 魔術学園に入学できるような者なら当たり前にできることだが、了ができたことに伸たちは驚きの表情へと変わった。
 驚いたのは、了と仲のいい伸たちだけでない。
 了の側にいた他の生徒たちも、了の魔力球に驚いている。

「おいおい、あいつ魔力飛ばすのできなかったはずなのに……」

「威力はたいしたことないし的から外れたけど、ちゃんと飛ばせるようになってんじゃん!」

 了の的当てを見ていた伸と吉井の所へ、少し離れた場所で的当てしていた石塚も来きた。
 放たれた魔力球は的から外れたが、それだけでも了ができたとなると驚きの出来事だ。 
 他の生徒たちが火や水などの属性を付与した的当てをおこなっている中、了は夏休み前になっても魔力をまともに飛ばすようなことができなかった。
 身体強化のみの戦闘しかできず、魔力を体から離すという行為において、了は完全に落ちこぼれの状態だった。
 それが、夏休みが終了するとちゃんとした魔力球を飛ばせるようになっているのだから、とんでもなく急成長したということだ。
 みんなが驚くのも仕方がないと言ったところだろう。

「おい、了! おまえ夏休み中どんだけ成長してんだよ!」

「…………」

「んっ? どうした?」

 的当てを終了した了に、吉井が声をかける。
 しかし、了は自分の手を見るだけで、吉井の声に反応しない。
 無反応でいる了に、伸は不思議そうに問いかけた。

「やっぱり、あの時からかも……」

「何が?」

 少しの間黙っていた了が、何か思いだしたかのように呟く。
 何か自己完結しているようだが、伸たちは全然何のことだか分からない。
 そのため、伸は了へ説明を求めるように声をかける。

「巨大イカの魔物倒してから、何となく魔力操作がスムーズにできるようになったんだ! だからもしかしたらと思ってやってみたら上手くいったよ!」

「……いや、落ち着けって」

 堰を切ったように話し出す了。
 伸はテンションが上がって止まらない了を、何とか抑えようと落ち着くように言葉と共にジェスチャーをする。
 この反応を見る限り、了が黙っていたのはどうやら自分でも驚いていたからのようだ。
 魔力が飛ばせないことは半分諦めていた感じだったが、了の中でもやはりできた方が良いという思いがあったのだろう。

「頭部にダメージを受けたきっかけで才能が開花したのかな!?」

「……そうだといても、あの時みたいに攻撃を受けるなよ」

「あぁ!」

 出来るようになったきっかけを考えると、夏休みに巨大イカを倒した時からだと思い出し、了はまたも感情が高ぶっているようだ。
 どうやって巨大イカを倒したかは今でも分からないが、頭部にダメージを受けたことが魔力球が上達するきっかけになったのかもしれないと了は予想した。
 きっかけは何であろうと、ずっと悩みの種だった魔力球の上達が嬉しくて仕方ないようだ。
 感情の高ぶりが治まらない了に、伸はわざと頭部に攻撃を受けないように注意することしかできなかった。

『……やっぱりな』

 実は、了がこうなることは伸の中では予想できていた。
 そのため、伸は内心では原因がわかりつつも、了に伝えるようなことをせず、テンションの上がっている了に困惑したような態度で対応したのだった。





「えっ?」

「操作したことによって金井君の魔力操作能力が向上した?」

「あぁ……」

 了の魔力操作の原因に心当たりのあった伸は、その原因をいつもの料亭で待ち受けた綾愛に伝えた。
 夏休みが終わっても、魔物の出現に終わりはない。
 大小問わなければ、柊家としては頼みたい仕事はいくつもあるらしく、伸は毎週末バイトとしてこき使われている。
 それもここの料理を食べられると思えば何とも思わない。
 完全にここの料理に胃袋を掴まれたと言ったところだ。
 今週の土曜も魔物の退治を頼むためにここに呼ばれた伸は、今日の出来事の1つとして了の変化ことを話した。
 伸のその話に、綾愛と一緒にいる奈津希も驚きの声をあげた。

「金井君本人の努力によるものじゃないの?」

「……その可能性もないわけではないが、多分俺が操作したからだと思う」

 たしかに、伸から了が魔力を飛ばすことを苦手としていることは聞いていた。
 それが急にできるようになったことは驚きだが、それが伸によることだと結論付けることはできない。
 了本人が頑張った結果のように思えた綾愛が問いかけるが、伸は自信ありげに返答を返してきた。

「どうしてそう思うの?」

「それは……、ここって従魔出していいか?」

「……暴れないならいいわよ」

 従魔とは、魔術によって従えた魔物のことを言う。
 魔術師の中には、自分ではなく従魔に戦闘をさせる者もいる。
 しかし、人間に従うような魔物は得てして弱いため、多くの魔術師は従魔を持つようなことはしない。
 完全にペットとして魔物を従えている人間の方が多いだろう。
 了の変化の理由を問いているのに、綾愛は「何故従魔?」と思うが、説明のためだと理解して従魔を出すことを了承した。

「ピモ!」

「キッ!」

 魔術によって魔法陣が浮かび上がると、そこから小さい生物が浮き上がってきた。
 伸が話しかけて右手を出すと、その生物は嬉しそうにその手に乗った。

「召喚!? あぁ、転移ね……」

「それにしても……」

 従魔を召喚させるような魔術に心当たりがなく、どこにもいなかった従魔が突然現れたことに綾愛は驚きの声をあげる。
 しかし、それが転移させてきたのだとすぐに分かって納得した。
 それより、綾愛と奈津希には気になることがある。

「「可愛い!!」」

「キッ?」

 その従魔を見て、綾愛と奈津希は黄色い声をあげた。
 2人の顔が近付き、従魔は小さい声と共に首を傾げる。

「この子ピグミーモンキーよね?」

「あぁ」

 奈津希の問いに伸は頷く。
 伸が出した従魔は、手のひらサイズの超小型猿の魔物で、種類名をピグミーモンキーという。

「よく見つけたわね?」

「操作の魔術の実験に、猿系の魔物を使おうと思ったんだが、たまたま他の魔物に襲われているところを見つけた」

 ピグミーモンキーは、魔物とは言っても弱くて小さい。
 倒して魔石を得ても全然役に立たないため、見つけても相手にするだけ無駄だ。
 しかし、その可愛らしさから、ペットとして人気の種だ。
 ただ、弱いからこそ他の魔物の餌として狙われることも多く、見つけるのはかなり難しいことで有名だ。
 夏休み中、放置状態の実家の清掃をしに行った時、たまたま近くで襲われているこのピモを見つけた。
 操作魔術を検討するために、猿型の魔物を実験体にしようと考えていたが、小さくても猿は猿。
 このピモを操作魔術の実験体として使うために従魔契約をした。
 襲ってきた魔物から救ってもらったことで、ピモは伸に敵意を見せることなくあっさり従った。

「「ちょっと触らせて!」」

「……あぁ」

 綾愛と奈津希もピモの可愛さにやられたらしく、伸に触らせろと詰め寄ってくる。
 了の変化の説明のために呼び出したというのに、綾愛と奈津希は説明そっちのけでピモに集中してしまった。

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