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2学年 後期

第137話

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「どうした? 攻めて来ないのか?」

「くっ! このっ!」

 伸の挑発を受けて、奈津希は道場の床を蹴る。
 そして、間合いを詰めると、限の脳天へ木製の薙刀を振り下ろした。

「踏み込みが甘いぞ」

「そんな事言われても……」

 奈津希の攻撃を、伸は難なく受け止める。
 そして、その攻撃の問題点を注意する。
 踏み込みが甘いと言われても、伸を目の前にするとどうしても攻めることが躊躇われる。
 そのせいで、半歩ほど踏み込みが鈍くなってしまう。
 伸が自分に合わせて手を抜いているのは分かるが、それでも実力差があるからこそこうなってしまうのだ。

「踏み込みが甘いから防がれて……」

「くっ!」

 攻撃を止められた奈津希は、すぐさま伸から距離を取ろうとバックステップを計る。
 しかし、それを読んでいたように、伸は奈津希との距離を詰めた。

「……隙ができるんだ」

“カンッ!!”

「あっ!」

 距離を詰めた伸は、下から斬り上げて奈津希の持つ薙刀を弾き飛ばした。

「……参りました」

 武器を飛ばされた奈津希は、すぐに降参した。 
 何度目になるか分からない敗北に、意気消沈といった感じだ。

「武器の特性上、お前の方が間合いが遠いんだから、思い切って攻めることもしないとな」

「分かった」

 伸は、奈津希に先程の仕合の改善点を上げる。
 その指摘に、奈津希は素直に頷いた。

「ちょっと!」

「「んっ?」」

 そんな2人に、綾愛が不機嫌そうに話しかける。
 伸と奈津希は、声を揃えて綾愛に顔を向けた。

「新田君は私のセコンドでしょ! 奈津希の相手してないで、私の相手もしてよ!」

「……あぁ、そうだな……」

 セコンドの役割は色々あるが、伸が綾愛のセコンドに付いたのは、何も偽装恋人のためだけではない。
 柊家は、伸にとって鷹藤家の手が伸びてきた時の後ろ盾となってくれる存在。
 その跡継ぎいうことで、昔誘拐未遂に遭ったことからも分かるように、綾愛は相応の実力を有していてもらわないと困る。
 去年は文康が欠場することになり、綾愛は運よく優勝することができた。
 魔力身体操作をおこなったことで、綾愛もかなり強くなっていることはたしかだが、中身はともかく、文康には才能があるため、今年も綾愛が優勝出来るとは限らない。
 同じ学園の代表に選ばれたのだからと奈津希の練習に付き合っていたが、そろそろ綾愛の相手をした方が良いだろうと、伸は綾愛の提案を受け入れた。

「おや? 嫉妬ですか? 綾愛ちゃん」

「なっ! そ、そんなんじゃないわよ!」

 話しかけて来た綾愛に、奈津希は揶揄うように問いかける。
 その言葉に、綾愛は顔を真っ赤にした。

「真っ赤になって言われてもね……」

「ちょ、ちょっと! 奈津希!」

 綾愛の反応を見て、奈津希は更に追い打ちをかける。
 自分の気持ちを分かっていての揶揄いに、綾家は抗議の声を上げた。

「揶揄うのもほどほどにしておけよ」

「決勝で負けた腹いせよ」

 これ以上怒らせると、手が出そうだ。
 そうならないように、伸は奈津希が揶揄うのを止める。
 あんまり見たことない2人の光景だったが、どうやら校内戦で負けたことの腹いせで揶揄っていたいたようだ。

「私も新田君に操作されればもっと強くなれるかもしれないのに、綾愛ちゃんが止めるから……」

「だって、あんなの……」

 伸が魔力で身体操作したことにより、操られた綾愛は魔力の操作技術が向上した。
 身体操作を受けた時の、全身を触られるような感覚を思いだしたのだろう。
 綾愛は頬を染めてモジモジしながら反論する。

「俺も練習のために多くの人間を操作したいんだけどな」

「女性相手に使っちゃ駄目! 下手したら変態扱いされるわよ!」

「へいへい……」

 綾愛が言うには、女性に身体操作をした場合、伸がセクハラ扱いされると、頑なに使用を禁止していた。
 別に本当に体を触っている訳でもないのだから、文句を言われる筋合いはないと思うが、一応伸も高校生。
 女性に嫌われると分かっているのにやりたいとは思わない。
 そのため、伸は綾愛の言うことに従うことにした。

「仕方ない。いつものようにピモで練習するか……」

「キッ!」

 魔力を使用しての身体操作は、最初は従魔のピモを実験台にしてできるようになった。
 ピモのようなピグミーモンキーは、手のひらサイズの大きさのため、精密な魔力操作技術がないと失敗する。
 今でも気を使わないとならないため、練習台になってもらっている。
 人それぞれ魔力の流れが微妙に違う。
 身体操作を上達するために、多くの人を相手にしたいのだが、綾愛が止めるのでなかなか練習できない。
 人を相手にできないのなら、人よりも難しいピモで練習することにした。
 柊家の道場の端で大人しくしていたピモは、主人の伸に名前を言われて、すぐに駆けよってきた。

「何でそんなに操作したいの?」

「俺が成長するためだ」

 魔力の操作速度が上達すれば、戦闘時に魔力を無駄なく使用することができる。
 戦闘時において重要なファクターとなり得るその技術は、僅かとはいえ鍛えれば鍛えるほどに成長する。
 それは伸でもそうだ。
 そのため、綾愛の問いに対し、伸はすぐに返答した。

「今でも強いのに、まだ強くなりたいの?」

「ここ数年の魔人の行動が気になる。もしも、これまで出現した以上の魔人がいると考えると、今のままでいるわけにはいかないからな」

「なるほど……」

 今でもかなりの強者でありながら、それでも成長を求めている。
 その理由が知りたくて、綾愛は伸に問いかける。
 それに対し、伸は自分の考えを述べた。
 今までの魔人は、弱いのもいれば、なかなかの強さの者もいた。
 人類にとって脅威となる魔人が、この程度で終わりとも思えない。
 これまで以上の強さの魔人が存在すると仮定して、準備をしておいて損はないはず。
 そのため、伸は成長のために練習を怠らないのだ。

「……あっ! ピモちゃんの相手は後にして、さっきも言ったように私の相手してよ!」

 身体操作の練習のために、ピモの相手をしようとした伸を見た綾愛は、思い出したように声を上げる。
 さっきも言ったように、奈津希の相手の後は自分の番だ。
 小さくてかわいいピモを放置しているのはかわいそうだが、従魔ならいつでも相手できる。
 そのため、綾愛はまたも強く自分の相手をするように求めて来た。

「……分かったよ」

 そう言えばそうだと内心で思い出し、伸はその求めに応じ、綾愛の相手をすることにした。

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