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2学年 後期

第160話

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「くたばれ!!」

 怒りの表情と共に、伸へと接近する兎の魔人。
 両手に持った短刀で、斬りつけてきた。

「…………」

 迫る攻撃を、伸はギリギリのところで躱す。
 無言で、全く脅威に感じている様子はない。

「このっ!!」

 華麗なステップを踏んで攻撃を回避する伸。
 余裕すら感じるその動きに、兎の魔人は尚更怒りが沸き上がる。
 そして、動き回る伸を必死に追いかけ、攻撃を続ける。

「オラララ……!!」

 回避され続けながらも、兎の魔人は両手の短剣を振り回す。 
 当たりさえすればとでも考えているのか、その攻撃は段々と大降りになっていった。

“ガキン!!”

「っ!?」

 兎の魔人がようやく攻撃が当たったと思ったところで、硬質な音が響く。
 伸が刀で受け止めた音だ。

「このっ……!!」

「…………」

 お互い片手による押し合いになり、兎の魔人は力いっぱい押し込む。
 歯を食いしばって力を込める兎の魔人に対し、伸の腕は全くブレる様子はない。
 力勝負では伸の方が上ということだ。
 しかも、表情一つ変えていない所を見ると、歴然とした差ということだ。

「おのれっ!!」

 否が応でも力の差を感じ取った兎の魔人は、無駄な押し合いはやめ、もう片方の短剣で斬りかかる。
 しかし、またも伸はギリギリのところで躱し、至近距離で振り回す兎の魔人の息が乱れて行くだけだった。

「ふんっ!」

「うごっ!?」

 当たらないため、またも段々と大振りになっていく兎の魔人の攻撃。
 その中の1つに合わせるように、伸は左拳を腹へと打ち込む。
 直撃をくらい、兎の魔人は呻き声と共に体をくの字にする。
 鳩尾に入ったのか、苦悶の表情だ。

「双剣使いになったからって、勝てると思ったか?」

「うぅ……、バカな……、俺が無名のガキなんかに……」

 動き回っても汗1つ掻かず、伸は兎の魔人へと尋ねる。
 綾愛と戦っていた時は、言葉の通り楽しんでいたのだろう。
 移動速度は上がり、双剣になったことで手数は倍に増えている。
 自分が全力を出しても全く歯が立たないことに、兎の魔人は怯えの混じった表情で呟いた。

「……認めん」

「んっ?」

「認めんぞーーー!!」

 人間の子供にいいようにやられている。
 そんな自分の状況が信じられないのか、兎の魔人は心が折れかかっている様子だ。
 しかし、このままではナタニエルに恥をかかせることに繋がる。
 そんな最後に残ったプライドにより、兎の魔人は無理やり自分を奮い立たせ、伸の存在を否定するように怒鳴り声を上げた。

「別にお前に認められなくても構わないけど……」

 伸はと言うと、怒り喚く兎の魔人のことなど気にする様子はなく、適当に受け流す。

「んっ?」

「ガァーーーッ!!」

 先程の怒鳴り声と共に、兎の魔人に変化が起きる。
 身体強化として全身に纏う魔力量を、どんどん増やしているようだ。
 伸を殺すために、多くの魔力を纏うことで更なる強化を図るつもりなのだろう。
 たしかに、纏う魔力を増やせばその分身体強化することはできる。
 しかし、それを動き回りながらコントロールできなければ、戦闘においてはたいした意味がない。
 今の兎の魔人を見てみると、とてもそれができる様子はない。
 それどころか、このままだと体が強化に耐えられず、自滅する可能性すら出てきた。

「ガアッ!!」

“ドンッ!!”

「速……」

 放っておけば自滅する。
 そう思われていた兎の魔人だったが、ゆっくりと腰を落とすと思いっきり地面を蹴る。
 地面を陥没させて、まるで消えるように伸へと迫った兎の魔人を見て、観戦側になった綾愛は思わず感想をこぼした。

「っっっ!!」

 綾愛が次に兎の魔人を見たのは、一直線に伸に近付き、通り過ぎた所で立っている姿だった。
 あまりにも速すぎて、綾愛の目には何が起きたのか分からない。
 しかし、伸と兎の魔人が交錯する一瞬、何かしらの攻防が起きたことは察することができる。
 どうなったのか理解できない綾愛は、刀を構えたまま動いていないような伸と、通り過ぎた場所で立っている兎の魔人へと交互に視線を往復させた。

「フッ!」

「……ぅ、がっ……」

 軽く息を吐き、刀を振る伸。
 よく見ると、着いていた血を振り払ったようだ。
 それを合図にしたように、兎の魔人の腹から出血が生じる。
 足下に血だまりができた所で、立っていることができなくなったのか兎の魔人は呻き声と共に前のめりに倒れる。

「……バ、バカな……」

 腹を斬り裂かれて大量の出血状態。
 普通の人間なら、もう死んでいてもおかしくないというのに、兎の魔人はまだ事切れていないようだ。
 しかし、当然身動きもできず、残り僅かな時間と言ったところだろう。

「……や、やった……」

 倒れて動かなくなった兎の魔人を見て、綾愛は沸き上がってくる安堵の思いと共に笑みを浮かべた。
 戦いに絶対はない。
 それは分かっていても、思っていた通り、この程度の魔人相手に伸が負けるはずがなかった。
 昔、誘拐された自分を救ってくれた時のように、またも自分の窮地を救ってくれた伸に、綾愛は自然と視線が移った。

「柊!」

「っ! は、はい!」

 綾愛の視線に反応するように、伸が綾愛の名前を呼ぶ。 
 見つめていたことが気付かれたのかと思い、綾愛は慌てて返事をした。

「そいつの止めは任せた」

「えっ? でも……」

 兎の魔人は放っておいてもすぐに死ぬ。
 ならば、わざわざ止めを刺す意味がないため、綾愛は伸の言葉に首を傾げた。

「いいから早く」

「う、うん……」

 伸が言うのだから、何か理由があるのかもしれない。
 そう考えた綾愛は、伸に急かされるように刀を手にし、倒れている兎の魔人の所へ向かった。

「……ぅ、……ぅぅ」

「……今楽にしてあげるわ」

 綾愛が駆け寄ると、兎の魔人はもうほとんど声も出せない様子だ。
 そんな状態だと確認した綾愛は、兎の魔人に構えた刀を一気に振り上げる。

「うっ……」

 魔人だからと言って、無駄に苦しめて甚振る趣味は綾愛にはない。
 むしろ、これ以上苦しまないようにためにも、躊躇うことなく心臓目掛けて刀を振り下ろす。
 刀は抵抗なく突き刺さり、兎の魔人は小さく呻くと動かなくなった。

「よしっ。これで柊が倒したって言えるな……」

「えっ!?」

 兎の魔人が死んだことを確認すると、伸は頷きと共に呟く。
 まるで、止めを刺しただけの綾愛が、兎の魔人を倒したと言っているようにも思えるその言葉に、綾愛は思わず声を上げた。

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