彼と彼女の十月十日 ~冷徹社長は初恋に溺れる~

幸村真桜

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結婚生活のはじまり

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「だから……食事だけはと思ってたんです。ごめんなさい。こんなことで泣いて……困らせてしまって」

「いや、その気持ちはとても嬉しい。俺も、秋良が作ってくれたご飯は好きだ。だが、絶対に無理はしてほしくない。逆の立場でも、秋良は俺と同じことを言うと思う」

 想像してみたら、その通りだ。どんなに自分のためを思ってしてくれたとしても、彼に辛い思いはさせてしまったらとても悲しい。

「……はい。これからは、ちゃんと辛いときは報告します」

「俺も、もう少し気を配れるようにする。それから、今度から横になるときはソファーじゃなくてベッド寝てほしい。ただでさえ今の時期は免疫力が落ちているんだ。風邪でも引いたら大変だ」

「はい」

 コクリとうなずくと、満足そうに笑った冬磨が秋良の頭を撫でる。それから頬にキスをした。

「素直なところも、とても好きだ。今日は、なにか外で買ってくるから待っていて」

「あ、待ってください」

 立ち上がろうとした冬磨の服の袖を引っ張って引き留める。

「あの……都合がいい日に、ご両親に挨拶に行かせてもらえませんか」

「もちろん、それは構わないが……まだ体調が安定しないだろう? 無理はしなくても、入籍を先にしてもいいと許可をとっているから気にしなくていいんだよ」

「いえ、そこはきちんとしたいです。本当は……怖かったんです。ご両親に会うことが」
 
 挨拶に行くのは、いろいろ落ち着いてからで構わないと言われ、正直安堵していた自分がいる。彼の両親に受け入れてもらえるのか、不安でたまらなかったのだ。

 だが、もう逃げるのはやめにしたい。なによりどんな秋良でも受け入れてくれる優しい彼と早く本当の家族になりたい。そんな気持ちが秋良の中に芽生えていた。

「だって……いきなり私みたいなのが現れたら、財産目当てだと思われませんか。お付き合いしていたわけでもないし、子どもを盾に結婚を迫った悪い女だって思われてるかも。湊家に相応しくないと拒絶されたらと思うと怖くて。冬磨さんだって、もしかしたら勘当とか言われてしまうかもしれないし、だから……」

 黙って秋良の話を聞いていた冬磨が、耐え切れなくなったようにプッと吹き出した。そのまま声を上げて笑う彼を、なにがそんなにおかしいのかと呆然と見つめる。

「秋良は意外と想像力がたくましいんだな。新しい発見だ。まさかそんな心配をしているなんて思わなかった」

 笑いながらそう言われて、頬が熱くなる。涙が出るほど笑っていた彼が、目尻を拭いながら秋良の頭を撫でた。

「大丈夫だよ。むしろ秋良に会うのを楽しみにしてる。両親も秋良の体調を気にしていて、だから安定期に入ってからで構わないと言っていたんだ。それに……むしろ子どものことを盾に結婚を迫ったのは俺の方だろう」

「そんなことは……」

「いや、どうしても逃したくなくて強引に事を進めた自覚はある。だから、入籍は秋良の心の準備ができるまで待とうと思っていた」

 思いがけない言葉に驚いて目を見開く。秋良に迷いがあったのを、冬磨は見抜いていたのだ。

「冬磨さんは、このまま私と結婚していいんですか? 私……初めて会った男の人とホテルに行くような女なんですよ」

「それを言ったら俺は心の弱った女性につけ込んだ悪い男だよ。何度でも言うが、一目惚れなんだ。先に身体を求めてしまったから説得力がないかもしれないが……俺は秋良を心の底から愛しているよ。だから君と結婚したい」

 迷うことなくそう言った冬磨に秋良は赤面した。この人の言葉には嘘がない。だからその気持ちが真っすぐに秋良の心に響く。

 彼への負い目が完全に消えたわけではないが、秋良は冬磨の傍にいたいと思っている。彼もそれを望んでいてくれるのだから、それでいいではないか。

「私も、冬磨さんと……夫婦になりたいです」

 同じ熱量を返すのはまだ気恥ずかしくて、それだけ口にすると冬磨が顔を綻ばせた。それから唇が重なって、舌がぬるりと口の中に入ってくる。

「んん……んっ」

 口蓋を舌で擦られると、艶めかしい声が口から漏れる。すると、秋良を抱きしめる冬磨の腕の力が強まった。二ヶ月振りの深いキスにゾクゾクする。尻に硬いなにかが当たっていること気づいて、ビクリと身体を震わせるとハッとしたように冬磨が唇を離した。

「す、すまない。つい……夕飯を買ってくるから、秋良は風呂に入っていてくれ」

 彼にしては珍しく慌てた様子でリビングを出ていく姿を呆然と見送る。それから熱くなった頬を両手で押さえた。心臓の音が早い。尻に当たっていたもの……あれは冬磨の欲望だった。

 妊娠中でも性行為は可能だが、まだ不安定な時期だ。不安な気持ちが少しでもあるなら避けるのが無難だろう。だが、彼に抱かれたいという気持ちが自分の中にあることに秋良は驚く。

 あんなにセックスが苦痛で、一生しなくても構わないと思っていたのに。まるで一夜で彼に身体を作り替えられてしまったようだ。でも、それがすごく嬉しい。

 冬磨も同じ気持ちだったのだろうか。そういえば、彼は欲を発散できているのだろうか。外で処理してきているとは思えないし、もしそうだったらとても悲しい。

 なにかできることはないだろうか。だけどそれを自分から言い出すのは勇気がいる。とりあえず冬磨が帰ってくるまでに入浴を済ませなければ。悶々とした気持ちを抱えながら、秋良はバスルームに向かうのだった。

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